7:賑やか家族 その2
暴走していたラルゴを引きとめ床に下りると、また両側から子兎たちに引っ付かれた。
どうやら懐かれてしまったらしい。左右を眺めればスカートを穿いた女の子二人組み。
見た目で判断が難しい子が二人いたけれど、それは服装で推測させてもらう。
両手に掛かる重みに苦笑しながら廊下を歩き、少し汚れたクリーム色の壁に目をやる。
途中扉がない部屋の入り口があり、引き摺られているので一瞬しか見れなかったが、厨房と思しきそこは綺麗に片付けられていた。
そう言えば先ほどからこの子兎たちはダイナスを『パパ』と呼んでいるが、これは英語じゃないのだろうか。
食材に関してもバターやミルクで普通に通じたし、どうなっているのだろう。
次にウィルが来たときにでも聞いてみようと、脳内でつらつらと考える。
さして長い間ではなかったが、よそ事を考えている内に目的地に着いたらしい。
「ママ、ここに座って!」
「あたしがママの隣!」
「っ、俺はパパの隣でいい!」
「私もママの隣ー」
「じゃあ、僕はママの上」
「くぉら、クソガキども!お嬢はママじゃねえっつってんだろ!あと最後の一言言ったやつ!俺が膝かしてやるからこっち来いや!」
「おっさんはいや。おっさんはだめ」
「んだと!?二回もおっさん言いやがったな!?」
案内された部屋は、随分とかわいらしい素朴なものだった。
お金は掛かっていなさそうでも、暖色のカーテンは優しい色合いで部屋を明るくし、机やそこかしこに小さな花が飾られている。
手作りの温もりを感じる小物や、床に敷いてある絨毯もとてもファンシーな柄をしていた。
真新しくはなかったが、キルトが繋ぎ合わされた可愛いカバーの掛かったソファーに案内され腰掛ければ、すかさず子兎たちが陣取り合戦を始めた。
サイズからして二人がけのものが対面して二つ、正面に足の低い机を挟んで一人がけも二つある。
ちなみに凪が座ったのは奥にある二人がけで、子兎が両サイドを埋めてもまだ若干余っている。
子供たちのはしゃぎっぷりに苦笑したダイナスは、頭を掻きながら凪の正面に座り、やんちゃそうな顔立ちの男の子が彼の隣に陣取った。
ちなみに凪の上に座ろうとした男の子は、ラルゴが猫の子を持つように掴み本当に自分の膝の上に乗せている。
「あー・・・すまないな、お嬢さん。何しろ女を家に連れてくること自体がないから、こいつらすっかり勘違いしちまって」
「あんたがちゃんとはっきり説明しないからガキも勘違いするんだろうが!ほら、今、さっさと説明しやがれ!お嬢はあんたの嫁じゃねえってな!」
「違う!ママはママよ!だってさっき『ママよ』って言ったもん」
「私も聞いた!ママはママ!」
「でもママは虎なのにパパと結婚できるの?」
「パパくらい格好いい獅子なら、虎も惚れるんだよ!───って言っても、俺はまだ認めたわけじゃないからな!」
「だから違うっての!お嬢が余計なこと言うから拗れるんだぞ!」
ぐりぐりと膝の上に乗ってる子兎を押さえ込みながら、きりきりと眉を吊り上げたラルゴが鋭い眼差しを向けてくる。
両隣にいた子兎たちがびくりと震え、凪の身体に一層強く抱きついた。
ダイナスのような父を持っても、今のラルゴは怖いらしい。確かに子供に向ける表情とは思えない。
瞳孔の開いた金目や、むき出しの犬歯、喉から聞こえる警戒音など物騒この上なかった。
「まあまあ、みんな落ち着いて」
「ややこしくしてる一端が落ち着きすぎだ!」
「叫んでも喚いても状況は一変しないよ。とりあえず、まあ、自己紹介でも」
「・・・お嬢さん、お前さんは結構な大物だ」
「お褒めに預かり光栄です。では、僭越ながら改めて私から自己紹介をしますね。私は凪です。あなたたちの『パパ』とはついさっきお客さんとして知り合ったばかりです」
「お客さん!?」
「パパのお店のお客さん!?」
「マジで?パパの店でパンを買ったのか!?」
「───よほどお腹が空いてたんだね」
それぞれの感想に、思わず視線をダイナスへ向ける。
するときょときょとと落ち着かなげに瞳を彷徨わせ、がくりとわかりやすく肩を落とした。
子供は無邪気だが時にとても残酷だ。本人も三ヶ月間お客が来ていないのを気にしていたのに、抉るような言葉を投げつけている。
きらきらした目に悪気はなく、尚一層真実が浮き彫りになって憐れだった。
「でも今まで食べたパンの中で一番美味しかったよ」
「っ───お嬢さん!俺のパンを褒めてくれたのは、身内以外じゃお前さんだけだ!」
「そりゃ食う以前の話だろうからな。あんた、見た目が怖いし」
「おっさんが言うな!おっさんだって怖いだろ!パパはちょっと───顔立ちが凶悪なだけだ!」
「いやいやいや、それはあまりフォローになってないよ、子兎君」
「子兎って呼ぶな!俺にはフォルトって名前があるんだぞ!」
「そう、じゃあフォルト君。その言葉余計にパパの心を抉ってるみたいだし、もう止めてあげて。それを言うなら『漢らしく精悍な顔立ち』とか」
凪の言葉に、また尻尾と耳を立てたダイナスが赤面したのを見て、ラルゴが不機嫌そうに目を眇める。
器用にもソファに座り下敷きになっている部分を動かさず、尻尾の先だけで床を叩く姿に感心した。
どうやら凪が考えるよりずっと稼動域が多いらしい。
「なんでお嬢がこんな奴褒めるんだよ!?」
「別に褒めたわけじゃないよ。ものは言いようだよね、って話でしょ?」
「?───ああ、そういう意味か。確かにものは言いようだ」
「・・・放っておいてくれ」
へにゃりと耳を曲げたダイナスに、にたにたと性質の悪い笑みを浮かべるラルゴ。
対照的な姿を前に興味を失したらしい子兎たちは、凪のほうへ身を乗り出す。
「私はリリー。兎のリリーよ、ママ」
「あたしはアリサ。兄弟の二番目なの」
「僕はドナだよ、ママ。僕は四番目でリリーは三番目」
「じゃあ、フォルト君が長男ってこと?」
「俺は末っ子だ、バーカ!五番目が俺!」
素直な目をした三人に問いかければ、ダイナスの服を握ったフォルトが息も荒く訴えた。
女の子に暴言を吐くなとすかさずダイナスから指導を受けた彼は、頭を押さえて涙目で凪を睨み付ける。
明らかに自業自得だろうに、八つ当たりの仕方がとても子供だ。
言われてみると、確かにやんちゃでありながら甘えん坊っぽい彼は末っ子気質だろう。
そして彼が五番目と言うなら、一番目が別にいることになる。
やはり彼らと同じくらい小さくて可愛い子兎なのだろうかと想像し小首を傾げれば、同じくらいのタイミングで部屋に声が響いた。
「やーん!何これ、何この生き物!?これ、あたしへのプレゼント?そうよね、そうに違いないわ!神様ありがとうー!!」
驚くくらいの声量が響き、びくりと身体を強張らせた。
咄嗟に声がした方向を振り返ろうとし、全身に走る衝撃に阻まれる。
何かとんでもなく柔らかいものに強制的に顔を埋めさせられ、力強く締め上げられて一瞬意識が遠のいた。
「やだー!可愛いー!あたしのカワイコちゃん!」
んー、と甘ったるい声が耳に入り、次の瞬間、唇が何かに覆われた。
少し湿った感触に目を丸くし、焦点が合わないほどの近くにある顔に声なき声で悲鳴を上げる。
「こら、サバンナ!何してるんだ!?」
「お嬢、しっかりしろ、お嬢!?」
ちゅぽんと離れた感触に、嫌でもそれが何か実感させられる。
漸く少し距離が開いて、目の前の誰かが自分より体格がいいのは理解できた。
「ハーイ、あたしのハニーちゃん!愛してるわよ」
異世界に来て初の告白が同性からだろうとは、流石の凪も想像もしていなかった。