7:賑やか家族
案内されたのは、露店のすぐ裏側にあった石造りの家だった。
さして大きくはないが、目に見えて貧相でも小さくもないそれは、周りの建物を見渡しても一般的な部類に入るのだろう。
流石に入り口は石ではなく、木で出来た扉をダイナスが開ける。
促されて足を踏み入れると、複数の足音と気配が近づき、どん、と軽い衝撃が走った。
「お帰りなさい、パパー!」
「今日は早かったね」
「今日もパンは売れなかったのか?」
「パパの顔、怖いからなー」
バランスを崩した体を背後から支えられ、ほっと一息ついてから視線を下ろす。
凪の腰辺りにしがみ付いているのは、どうやら兎の子供たちらしい。
真っ白な髪を揺らす彼らの人数は四人。間の二人が女の子で、外側二人は男の子だろう。
抱きつけばダイナスとの違いなんて明らかだろうに、と鈍い彼らに呆れつつ観察していると、不意に真ん中の兎が顔を上げる。
「・・・パパ?」
「・・・違うよ、パパじゃない」
「ホントだ、こいつ虎だ!」
「じゃあ、ママ?」
「ママだー!」
何も言わない内に勝手に納得してくれたらしい。
やや、否、かなり斜め方向にずれまくっているが、否定する間もなく再び飛びつかれる。
獣人の彼らがどのような成長を遂げるのかしらないが、人間で言えば、中途半端だが8歳前後か。
結婚どころか恋人もいたためしがない凪にとって、いきなり大きすぎる子供が出来てしまった。
「ママ、綺麗ー!」
「ママ、若いー!」
「パパと並ぶと美女と野獣」
「ってか、パパと並べるのか?」
言いたい放題だ。最初のほうはともかく、後半は結構えげつない。
身内だからこその厳しい言葉に苦笑し、支えてくれていた掌をそっと退けると膝を曲げて視線を合わせる。
秀介の下に双子の弟妹がいたので年下の扱いは心得ているし、子供の相手は嫌いじゃない。
「ママよ」
「違うだろ!」
「あ、おい!」
つい乗ってしまったら、鋭い突込みがすかさず入れられた。
痛くなかったけれど頭に走った衝撃は結構なもので、少し視線が揺らぐ。
いきなりのことに目をまん丸に見開いた子供たちを放って、首を直角に近い角度で曲げて上を見る。
そこにはまさしく苦虫を噛み締めた表情をしたラルゴと、隻眼を責めるように細めたダイナスが対峙していた。
「女に手を上げるなんて最低だぞ」
「いや、つい・・・」
「ダイナスさん、今のはラルゴの行動は正しいです。ボケには突っ込みがなくてはいけません。絶妙でした」
「ボケ?突っ込み?」
「つまり、今の私の言葉は冗談です」
「冗談?」
「ったり前だろうが!お嬢があんたの嫁になるわけねえだろ!」
若干肩を落としたダイナスを、何故か憤慨したラルゴが攻め立てる。
彼の言葉にがっかりしたのはダイナスだけじゃないようで、目の前の兎たちも長い耳をへにょんと垂れさせた。
「ママはママじゃないの?」
一番真っ白な耳を持つ女の子が、明るい赤の瞳を潤ませてる。
白い巻き毛が頬に掛かり、ボブカットがとても可愛らしい。
「パパが嫌いなの?」
ショートカットの勝気そうな顔をした女の子が、凪の上着を掴んで首を傾げた。
「パパの何処に文句あるってんだよ!」
苛立ちも露に睨んできた男の子は、ベリーショートの髪を揺らして憤慨している。
「・・・やっぱり、美女と野獣」
長い髪を一本で結わえた子はユニセックスで性別が不明だ。
ついでに口にしている言葉も、何処までもマイペースで面白い。
そこから口々に必死に訴える子供たちを眺めていると、不意に体が浮いた。
「あのな、ガキども。はっきり言っておくが、お嬢とおっさんは初対面だ。ついでに年齢差も著しいし、種族だって違う。結婚はありえねえ」
「おっさん?おっさんって、パパのこと?」
「パパがおっさん?お前のほうがおっさんじゃん」
「おっさんがパパをおっさんって言うな!」
「どっちもおっさん」
「うるせえ!俺はまだ二十代だ!つまり、まだおっさんじゃねえ!」
「二十代なんて俺たちから見たらおっさんだ!」
「そうだそうだー!」
「おっさんおっさんー!」
「黙れ、クソガキ!」
凪を片手に抱えたまま走り出そうとするラルゴは、精神年齢で言えば彼らとさして違いはない。
数日前までは自分を気遣ってくれる大人だと感じていたのに、朝から順当に評価が下がっている。
ウィルを相手にしていたときも随分と子供っぽかったが、もしかしてこちらが彼の素の表情なのだろうか。
だとしたら喜怒哀楽が激しくて、ある意味とても大変そうだ。
少なくとも、ここまで忙しく感情表現するのは、面倒くさがりの凪には出来そうにない。
どたばたと子兎を追いかけて揺れる腕の上で体勢を整えつつ、初対面の相手の家で暴れる彼に心底呆れる。
不意に上げた視線がダイナスを捉え、驚くほど優しい表情で子供たちを眺める彼に小首を傾げた。
凪の中に植えつけられた知識が告げる。
獅子の親からはどうしたって兎は生まれたりしない、と。
どうやらわけありの愉快な家族ご一行に、そろそろラルゴを止めなければと、いつの間にか鬼ごっこに移行している彼の髪を強く引いた。