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6:閑古鳥が鳴くパン屋 その6

「嘘つくんじゃねぇよ」

「嘘じゃねえって!」



先ほどから繰り返されるやりとりをぼうっと眺めながら、いつまでこの体勢なんだろうかと考える。

片手に持った武器を獅子の男の首に突きつけるラルゴは、凪を片腕に座らせているのすら忘れてそうだ。

元の世界でも平均以下だったが、一応人並みに体重はある。

彼の馬鹿力を垣間見た気がして、これからは行動には気をつけようと、人のふり見て我がふりを直すべくひっそり決意した。



「なあ、お嬢さんもちゃんと説明してくれよ!これじゃ俺は『変質者』確定だ!」



両手を挙げてホールドアップをする男に、この仕草は異世界でも共通なのかと感心する。

しかしながらまた徐々に周囲の視線を集めているのに気づいているので、そろそろ収集させるかと、手を伸ばしてラルゴの短い髪を引っ張った。



「ラルゴ、彼が言ってるのは嘘じゃないよ」

「はぁ?こんな見た目が怪しい『パン屋』なんて、俺は見たことねえぞ?」

「うん、私も初めてだったけど。でも、パン屋なのは本当だよ。ものすごく美味しかった」

「美味しかったって・・・こんな奴が作ったもんを食ったのか、お嬢?俺が店に連れてくって言ったのに?」

「うん。・・・面白かったから」

「面白いって、何が?」

「この獅子の人。お年寄りに話しかけて、全力で逃げられてた」



告げれば、ラルゴはきゅっと眉根を寄せて『益々怪しいじゃねえか』と呆れたため息を吐き出した。

反して獅子の男は、『見てたのか』と情けなく眉尻を下げて頭を掻く。

対照的な反応は面白く、ひょいと片眉を持ち上げる。

しかしこのままではラルゴの突きつけた武器が下ろされることは無さそうで、もう少し補足することにした。



「この人見た目はおっかないし、やばそうだし、とんでもなく強面な上に発する雰囲気が尋常じゃないけど」

「おいおい、俺を庇う気はあるのか。お嬢さん?」

「でも中身は素直で可愛くて面白いよ。ちょっと天然入ってるし。三ヶ月店を開いて、私が初めてのお客さんだったんだって。あんまり美味しいから、ちょっと販売のお手伝いしたら、あっという間になくなっちゃったけど」

「手伝い?どういうことだ」

「そこのエプロンを借りて、『パンはいかがですか?』って声を掛けただけ」

「声を掛けたって、お嬢が?」

「うん」

「その顔を曝して?」

「うん」



『その顔』と言う部分に色々な疑問が沸いたが、こくりと頷く。

すると苛立ちを瞳に過ぎらせたラルゴは、舌打ちしながら目の前の男を睨み付けた。



「その人、私を囲んだ男の人たちを追っ払ってくれたし、いい人だよ」

「・・・いい人。この顔で?」

「顔は関係ないよ。それにそれを言うならラルゴも強面だし」

「・・・・・・」



沈黙したラルゴの腕が緩んだので、ひょいとそこから飛び降りる。

着地でバランスを崩したが、咄嗟に伸びてきた手に支えられた。

顔を上げて腕の持ち主を見れば、困ったように眉を下げたままこちらを見ている。

思えば彼が一番貧乏くじを引いているだろう。

折角開店してから初のお客さんが来たと思えば、完売の喜びに浸っている間に喉元に武器を突きつけられ命を狙われている。

彼の人生がどんなものか知らないが、中々に波乱万丈な一日の幕開けに属するのではないだろうか。

凪を支えるために僅かに身を乗り出したため、ラルゴの武器の一部が喉を圧迫しているのに気づき、慌てて体を持ち直す。

そのまま顔を上げてラルゴの金目を一直線に見詰めた。



「ラルゴ、武器を退けて。私を心配してくれるのは嬉しいけど、やりすぎだと思う」

「こいつを、信じるのか?」

「何かあってもラルゴが守ってくれるって信じる。それじゃ駄目?」

「・・・はぁ」



凪の言葉に重い息を吐き出したラルゴは、やってられねえと呟きつつ武器を退けた。

がりがりと乱暴な仕草で短い赤髪を掻き毟りそっぽを向いてしまったが、尻尾は感情のままに揺れている。



「随分と過保護な保護者だな。まあ、気持ちもわからなくもないが」

「なら余計なちょっかいは止めてくれ。お嬢はどうも色々と常識と自覚が足りないんだ」

「みたいだな。・・・ところでお前さんの名を聞いてもいいか?」

「人の名を聞く前に自分から名乗るのが常識だろ」

「それもそうだ、失礼した。俺は獅子のダイナスだ。出身はナナンだが、今はここでしながいパン屋をしてる」

「ナナン?また随分と遠いとこから来たもんだな」



ナナンとはこの世界にある四つの大陸の内の一つだ。

ダランがある大陸、ダウスフォートとは神の島を挟んで対角線上にあるのがナナンで、普通の獣人は神の島に足を踏み入れることが出来ないのを考慮すれば、一番距離的には遠回りをしないと辿り着かない大陸になる。

もしかすると欠けた耳や指は、旅の途中で何かハプニングがあったからなのだろうか。

凪を守る腕はあるらしいけれど、しがないパン屋が大陸を越えるのは大変だろう。



「それでお前さんの名は?まさか、『シュウスケ』か?」

「はぁ?『シュウスケ』って誰だよ?俺の名は龍のラルゴだ」

「ラルゴ・・・じゃあ、お嬢さんが言ってた幼馴染ではないってことか」

「幼馴染?お嬢の幼馴染がどうかしたのか?」

「いや、知らないならいい。それでお嬢さんの名前は?」

「私ですか?私は凪です」

「ナギ?可愛い名前だな、お嬢さんによく似合う」

「・・・口説くの止めろ、気安く触るな」

「く、口説いてなんかねえよ!」



ダイナスが伸ばした手を払いのけ、そのままラルゴは凪を抱え込む。

危険人物じゃないとまだ納得していないのだろうか。不機嫌そうに揺れる尻尾は幾度も地面の上を叩いた。

反して顔を赤くしたダイナスは、あわあわと両手を顔の前で振って否定している。

必死すぎる姿が余計に怪しいのだと、突っ込んであげたほうがいいんだろうか。



「そう言えば、ダイナスさんはお幾つですか?」

「あ?俺の年?一応、32だけど」

「32?おっさんじゃねえか。益々犯罪臭ぇ。おい、これからは半径2メル以上お嬢に近づくなよ」

「・・・ラルゴ、子供じゃないんだから」



小学生みたいなことを言うラルゴに、さすがに呆れる。過保護もここまでくれば大したものだ。

ちなみに1メルは1メートルと同じくらいの距離になる。つまり顔を合わせて会話するなら結構広い距離だ。

体格のいいラルゴやダイナスでも腕を伸ばしても届かないだろう。



「ラルゴだって28でしょ?私からみたらそんなに変わりないし」

「全然違う!30代と20代には深い溝があんだよ!」

「ないよ。ラルゴも私と11歳違うし、そう考えたらおじさんじゃない」

「違う!いいか、20代なら恋愛も守備範囲だろうが、15違えば無理だろ!」

「そうかな?人によるんじゃない?」

「お嬢はこんないかにもやばそうな男がいいのか!?顔だって俺のがいいし、若さだってあるんだぜ?」



必死になるラルゴを半眼で見詰める。

心配してくれるのは嬉しいけれど、もう色々と脱線している気がした。

凪を腕に抱え込んだ格好のまま必死に訴える内容は、まるで恋人の浮気を責めているようにも聞こえる。

凪が口にした年齢に対する守備範囲もあくまで一般論のつもりなのに、何をそこまで一生懸命になっているのか。

ラルゴの言葉を右から左に流しつつ、いつの間にやら当事者から傍観者へ変わったダイナスへ視線を上げた。



「あー・・・仲がいいのは結構だがな、ここは公道でちょいとばかしそのやり取りは目立ってるぞ」

「元はと言えばあんたが」

「ラルゴ、もう本当に堂々巡りだから止めて。別にダイナスさんと何があったって訳じゃないんだから。ただ一緒に暮らそうって誘われただけで」

「だからそれが駄目なんだろうが!」

「どうして?宿代も掛からないし、いい条件だったんだけど」

「よくねぇよ!あんた男と二人きりで生活する気か!?危機感ってもんがねえのかよ!いいか、男ってのは性欲の塊で」

「ちょ、人聞きが悪いことを言うな!もう、ここで騒いでも人の視線集めるだけだし、俺の家に来い!せめて人目がないとこでやってくれ!」



滔々と男についてどこかで聞いたことがあるような内容を語り始めようとしたラルゴを制し、顔を赤らめながらダイナスが仲裁する。

胡乱な眼差しを向けたラルゴは、凪を抱く腕に力を篭めた。

まるで宝物を奪われまいとするような仕草に、きゅっと眉根を寄せて身を捩る。



「ほら、お嬢さんも痛がってるだろ?俺んちはここにあるしお前さんも招待するからさ。俺はそこのお嬢さんに焼きたてパンをご馳走する約束もしてるし、お前さんもどうだ?」

「そうだよ、ラルゴ。朝ごはんまだ食べてないでしょう?ダイナスさんのパン本当に美味しかったし、ラルゴにも食べて欲しいな」

「・・・はぁ、言っとくが食事が終わったらすぐに退散するぞ。服を買わなきゃいけねえし、ギルドにも顔出すんだろ?」

「うん、約束する」



こくり、と頷けば、仕方ねえと嘯いて、本当に渋々ながらも凪の体を離したラルゴは嘆息一つで妥協した。

ダイナスに対してまだ警戒しているようで、やれやれと首を振る。

本来は気が合いそうな二人なのに、何故ここまで警戒心も露なのか理解しがたい。

背中を向けたダイナスに続こうと足を進め、体が引っ張られて足が止まる。

その原因に視線を向ければ、そ知らぬ顔で凪の手を一回り以上大きな掌で握り締めていた。

ぶんぶんと縦横に振ってみるが、吸い付くようして放れない。

瞳を細めて睨んでも効果なしで、深く息を吐き出した。

遠まわしな妥協に機嫌を良くしたラルゴのにへらとした笑顔に、働いたとき以上の疲れを感じ、早くひと心地尽きたいと待っている背中を足早に追いかけた。

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