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6:閑古鳥が鳴くパン屋 その2

その光景が目に入ったのは本当に偶然だ。

多分、動きが大仰で、それ自体が大きかったからだろう。



「・・・ッ!?ッ!」



渋い色をした金髪が、太陽に当たりきらきらと光る。

それは随分と大柄な男で、屈強な身体をしゃがめて目の前の年寄り相手に何事か言っていた。

少し距離があるので何を話しているかまで聞き取れないが、身振り手振りの大袈裟な仕草が面白くて、つい足を止めてしまう。

立ち上がったら自分の腰ほどしかないのだろう、狸の老女を相手に必死になっていた彼が手を伸ばすと、老女はびくりと震え踵を返して全力で走り去った。

宙に浮いた手が物悲しく、暫く動きを止めた彼は、結局その手で肩を越す硬そうな髪をがしがしと掻く。

よっこらしょと聞こえそうな仕草で立ち上がると、近くにあった露店に足を向けた。


他の出店と同じように、簡易の布で屋根が作ってあり、前には商品を乗せる机が置いてあるが、そこの露天は一風変わっている。

どう変わっているかというと、他の出店が所狭しと並んでいるのに、何故かその店の周りには一つも出店が並んでないのだ。

机に置いてある商品はパンのようで、焼き立てなのか美味しそうな薫りが漂っているのに、どうしてなのだろう。

不思議に思い更に観察し、なんとなく理由を察した。


つまり、店番をしている男が、明らかに堅気じゃない風の空気を醸し出しているのだ。

襟足を超えた長さのショートカットの金髪はいいとして、まず容姿が怖い。

太目のきりりとした眉に、意志の強そうな鋭い隻眼の瞳。右目につけられた傷を隠すでもなくさらけ出し、ねじり鉢巻を巻いている。

よく見れば左手の人差し指だけ千切れた様に短いし、タンクトップから覗く身体も傷だらけだ。

顔立ち自体は悪くないが、発する雰囲気が只者じゃなさ過ぎて近寄りがたい。

しかも身につけるフリルつきのエプロンが途方もなく似合ってなかった。

凪より頭二つは高くがっしりした身体つきとその強面で、何故そこまで徹底した可愛いものを選んだのか、少しだけ好奇心が擽られる。


接客する気があるのかないのか判らない彼は、ぼうっと道の先を眺めて立っていた。

視線を辿ると、いつの間にか大分離れた場所に居たラルゴたちが、可愛らしい店に入っていくのが見える。

もう一度強面の彼に目をやり、少し思案してから近づいた。



「・・・おはようございます」

「あ?」



マントを目深に被り声を掛けると、接客業とは思えない声が返ってくる。

顔を上げたいが何とか堪え、目の前に並ぶパンを見詰めた。

置いてあるパンは飾り気ない真っ白なもので、ドイツのブレッツェンを髣髴とさせる。

近寄れば益々いい薫りのそれに、うっとりと目を細めた。



「これ、売り物ですか?」

「あ、ああ、そうだが」

「一つ下さい」

「は?」

「だから、一つ下さい」



何言ってるんだ、と言わんばかりの声に、顔を上げる。

マントのフードがずり下がって顔どころか辛うじて胸元が見えるだけだが、訝しげな表情をしてるんだろうな、と漠然と思った。



「お幾らですか?」

「・・・お前、俺の店で買い物する気か?」

「はい。売り物なんですよね?」

「そうだけどよ。本気か?自慢じゃないが、店を開いて三ヶ月、お前が初めての客だぞ?」

「それが?」

「いや、それがって言われると俺も困るんだけどよ」

「店を開店させたなら、いずれ初めての客は来るものでしょう?それでお幾らですか?」

「200ビルだ」



200ビルは、日本で言うと200円と同価値だ。

この世界の共通単位はビルで、元の世界と同じで硬貨と札が存在する。

冒険者は移動で濡れたり破れたりすると困るので基本は硬貨を使い、街の住民は重たい硬貨ではなく札を使う場合が多い。

一番小さい単位の1ビルはこげ茶色した硬貨で、100ビルは銀、500ビルは赤、1000ビルは青、5000ビルは緑、10000ビルは金色をしている。

ちなみに札は1000ビル、5000ビル、10000ビルで存在し、色は硬貨と同じだ。

日本とほぼ同じ感覚で札や硬貨が存在するので、とても覚えやすくて助かる。

マントの中でごそごそと財布を探ると、求めた分だけ硬貨が現れた。お釣りいらずの機能は万能で、とても楽だ。



「はい、200ビル」

「・・・いいのか?」

「だから売り物なんですよね?買ったら駄目なんですか?」

「いや!・・・いや、いいんだけどよ。毎日店開けて初めての客だもんで、ちょっと戸惑ってる」

「そうですか。まあ、いいです。じゃあ、いただきます」

「へ!!?」

「・・・まだ何かあるんですか?」

「こ、ここで食うのか!?」

「私が買ったんです、どこで食べてもいいでしょうが」

「そうだけどよ、その、俺の作ったもんを食ってくれる客も初めてで」



うー、だの、あーだの続ける男に、鬱陶しいと瞳を眇める。

止め処なく続く言葉を無視し、がぶりと目の前のパンに齧り付いた。



「・・・・・・」

「あ、本当に食った!!?」

「・・・・・・」

「なあ、おい、食ったのか?」

「・・・・・・」

「なあってば、おい」

「・・・五月蝿い、静かにしてください」

「・・・・・・」



一喝し、五月蝿い男を黙らせる。

それでもそわそわとした空気は伝わってきて、どうなんだ、と全身で語りかけられていた。



「感想、聞きたいですか?」

「ッ、そ、そりゃ、その」

「・・・聞きたいんですか、聞きたくないんですか?」

「聞きたい!・・・です」

「そうですか」



最後の一口を口に入れ、もぐもぐもぐと租借する。

固唾を呑んで痛いくらいにじっと見守る男に身体を向けて、パンを包んでいた紙を返した。



「美味しいです」

「・・・・・・」

「食べた瞬間、ミルクの薫りがして、ふんわりもちもちの食感とバターの滑らかさが口に残ります。甘く感じましたが、砂糖じゃないですよね。蜂蜜とか、そんな優しい甘みです。焼き立てもいいですが、少し時間を置いて、何かを挟んで食べるのも味が落ち着いて美味しいかと思います」

「・・・美味い?」

「はい。もう一つ食べたいくらいに」

「───~ッ、よっしゃああ!!マジか!おい、チビ、もっと食え!俺がサービスしてやる!!」



ガッツポーズをとったかと思うと、いきなり台の上に置いてあったパンを片っ端から手渡そうとする男に嘆息する。

どうやら本気で喜んでるらしいが、それでは商売にならないだろう。

彼の話が本当なら、この三ヶ月閑古鳥が鳴いてた筈で、それでもこの味を維持しているなら、それなりの手間と時間が素材が掛かっているはずだ。



「いりません」

「え?」

「ですから、結構です、と申し上げました」

「・・・・・・美味いって言ったのは、リップサービスか?」



明らかに落ち込んだ声に苦笑する。

見た目は怖いがとても素直な心根らしい。

先ほど老女に話しかけて逃げられていたが、もしかしなくとも親切心から何かしようとし逃げられたのだろう。

喜怒哀楽が真っ直ぐで、彼には腹芸は向いてない。

判り易過ぎて好感が持てるし、何よりパンは本当に美味しかった。

だから。



「こんなに美味しいんです。ちゃんと売りましょう」

「っつっても、言ったろ?この三ヶ月でお前が初めての客なんだよ。どいつもこいつも俺の顔見ただけでそそくさと逃げちまうんだ、売れやしねえ」

「売りたくないんですか?それとも商品に自信がないんですか?」

「売りてえし、自信はある!けどよ、俺が売り子だと」

「お手伝いします」

「は?」

「私がお手伝いします。アルバイト代は、焼き立てのパンでお願いします」



そう告げて纏っていたマントをするりと脱ぎ捨てる。

邪魔なそれを適当に畳んで腕にかけてから、顎を上げた。

改めて至近距離で見上げると、彼の耳は右側が掛けている。きっとこれも彼から客が逃げる要因の一つだろう。

翠の隻眼をまん丸に見開いた彼は、どうやら獅子の人らしい。




「とりあえずその超可愛いフリルつきのエプロンは私に下さい。正直に言って、あなたには欠片も似合ってません」

「ッ!!!?」



びびびっと尻尾と耳の毛を逆立てた彼に小首を傾げ、視界の暴力とも言えるエプロンを奪おうと手を差し出した。

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