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6:閑古鳥が鳴くパン屋

ダウスフォートの首都ダランは、テレビで見たヴェネチアを髣髴とさせる水の都だ。

昨日は歩くのに必死で回りの風景を確認する余裕は無かったが、改めて朝の陽の中眺める町並みは素直に美しい。

目立つからと再び着せられただぼだぼのマントを身に纏いつつ、大きすぎるフードを少しだけ持ち上げて様子を眺める。

中に着ている服はウィルから貰ったワンピースだが、このマントはラルゴのものだ。

汗を流すために風呂に入ったのだが、出てきたときには彼の姿は消えていた。

嫌に爽やかな笑顔を浮かべたラルゴの『帰った』の一言で、何となく状況が察せられた自分が悲しい。

折角風呂に入って確認した鏡に映った姿に、変えられた瞳の色について思い出し文句を言ってやろうと息巻いていただけに、なんとなく脱力してしまった。

もっとも鏡を見なければ思い出さない程度のことなので、次に会ったとききちんと彼を叱れるか自信はなかったけれど。

成長した体は十七歳の自分が大きくなればこんな感じだろうな、と思わせるもので、どうやら本当に基礎は弄っていないらしい。

伸びた髪と身長、膨らんだ胸以外に違和感は無く、あっさり自分だと納得できた。

納得できる部分にウィルが壊れていると称する『何か』があるのだろうが、それを気にしていたら今凪は生きていない・・・・・・



「どうした、お嬢?」



鼻歌を歌いながら緩く尻尾を振っているラルゴは、現在とても機嫌がいい。

どうやら天敵と───神様相手にその認定をするラルゴもラルゴだが───認めたウィルが姿を消し、とても爽やかな気分らしい。

さっきから足に軽く尻尾が当たって地味に気になる。痛みは感じないので、なんとなく注意できないが、気づいて欲しいところだ。



「綺麗な町並みだな、って思って」



ウィルのことを考えていた、とは素直に言えず、咄嗟に別の言葉が口をつく。

だがあながち嘘でもない。

凪が落ちた場所は山だったので、ダランにも山側の入り口から入ったのだが、そちらから入ってなければ森が近いなんて考えられないくらい水で溢れている。

何でもダランは海に面していて、山から流れる川の終着点でもあるらしい。

宿屋から出てそれほど時間は経っていないが、目に付く限りでは街中のあらゆるところに運河が流れ、普通に渡し舟が走っているし、橋の数もうやたらと多い。

高台にある建物に木で出来た建築物はちらほら見られるが、石造りのものが圧倒的に多いのも、湿気で気が痛むのが早いとか、そういった理由があるからだろう。

海側には大きな港もあるらしく、流通も栄え人も多く、色々な種類の人種で溢れかえっていた。

広い運河の中心には島があり、そこには大聖堂があるそうで、時間があれば観てみたい。

西欧風の建築物は見ているだけで飽きないし、日本には無い趣があってとても楽しい。


マントで顔は隠れているが、上機嫌な空気が伝わったのだろう。

強面を綻ばせたラルゴは、凪に手を伸ばすとぐりぐりと頭を撫でた。

ついさっきまではすり抜けていた掌は、マント越しでも判るくらい固くて力強い。

遠慮ない力に首ががくがくと揺れ、視界が回り始める。

ふらふらし始めた凪に気づいたらしいラルゴが慌てて手を放し、大丈夫かと聞いてきた。



「・・・大丈夫。だけどもう少し加減して。その内、首が落ちそう」

「悪い悪い!どうも、お嬢に触れれるのが嬉しくてな。次からはもうちょっと加減する」

「そうして」



嘆息し、ずり下がってきたフードを指で直す。

街に出かけるにあたり、故意ではなくぶつかった相手や呼び止めるために肩を叩いた瞬間にすり抜けたら問題だとラルゴに言われ、悪意や害意を持たない接触は触れれるよう望んだ・・・

お陰でラルゴの体もすり抜けないようになったが、予想外に激しくなったスキンシップに戸惑っている。

気を抜けばウィルのように片手に乗せて運ぼうとするので、自分で歩けるとその度に断っていた。

どうやらズタボロになりながら歩き続けた印象から、少し過保護になっているらしい。

好意はありがたいが、年相応に異性から無闇に触れられるのは嫌な凪としては辟易する現状だ。

ちなみにウィルに関しては色々と拒否しても無駄なので諦めに移行している。



「それで、目的のカフェはどの辺り?お腹空いてきたんだけど」

「もうちょっとだ。お嬢にぴったりの店だぜ。内装はいかにも女が好みそうな雰囲気だし、メニューも豊富で値段も手ごろだ」



凪にぴったりな店とはどんなところか想像がつきにくいが、後半の言葉からなんとなく想像はできた。

女が好みそうな雰囲気と言うことは、きっと随分と可愛らしいのだろう。

美食文化が栄える日本から来た凪にとって、味と店の概観ではどちらに天秤が傾くかと問われれば、圧倒的に前者になる。

いかにも屈強な男たちが勢ぞろいの酒場に連れて行かれるの絡まれそうで嫌だが、そうでなければある程度の安全があればぼろい店でも気にしない。


実際日本ではアルバイト先のレストランではなく、近所のぼろくて安くて美味い店に通っていた。

凪が時給に釣られた勤め先は、制服が可愛くて女の子にアルバイト先として人気だったし、制服に見合う女の子が揃っていたが、中は結構ドロドロだった。

アルバイトチーフは店長と不倫関係にあったし、人気の女の子たちは逆に来店する男の子たちに点数をつけていた。

しかもその日一番高得点の子にナンパされたら、他のアルバイトの子達から店のケーキを奢ってもらえるという賭けまでするという徹底振り。

女の意地も掛かった戦いらしく、彼女たちの自分への手入れに余念はなかったが、戦いに参戦していなかった凪には理解しがたい世界だった。

別に女の子だけでもそんな職場ばかりじゃないと思うが、偏見に満ちた考えはどかりと根付いている。



「私はそこらの出店で立ち食いでもいいけど」

「それもいいけどな。折角だし、落ち着ける場所で朝飯くらい食いたいだろ?それにちゃんと一人でも行ける店があると、何かと便利だろうしな」

「・・・うん」



確かにそれはそうなので頷く。

しかし予想外にラルゴがきちんと考えてくれていたのには驚いた。

一人で行ける店は、教えてもらえたらありがたい。

一見すると平和そうなダランだが、平和ボケしていると世界中で言われた日本ほどではないだろう。

事実腰に武器を指した人と普通にすれ違っているし、制服のようなものを着た体格のいい男たちが見回りするよう歩いているのも見かける。

安全だと言われても、きっと安全の基準が凪と違う。



「・・・あの、ラルゴさん?」

「あ?」

「やっぱり!戻ってきてらしたんですね」



思案してる中響いた声に後ろを向くと、凪より頭一つは軽く身長が高そうな少女が居た。

取り立てて美人ではないが、優しげな顔立ちや穏やかな雰囲気、両手で荷物を抱える細い腕など、いかにも庇護欲をそそりそうだ。

真っ白な髪に瞳孔が縦に開いた赤い眼をした彼女は、真っ白な尻尾が生えていた。

直感的に龍の人だと悟り、ラルゴに向ける潤んだ瞳や赤らめた頬はまさに恋する乙女で、苦手なタイプに思わず眉間に皺が寄る。



「買出し中か?丁度店まで行くところだったんだ、荷物持ってやる」

「え?でも・・・」

「気にするな。いつもサービスしてもらってるしな」

「ありがとうございます、ラルゴさん!いつも優しくしてくださって、本当に私感謝の念に絶えません」

「はは、気にするなって」



ちらり、と寄越された視線に、苦手からウザイに感情がシフトチェンジした。

ラルゴはともかく、あちらの少女は凪の存在をわざと無視している。

しかも故意かどうか知らないが、向けられた視線は明らかに優越感が混じっていた。

どうやら今から行く店の店員らしいが、彼女が居るなら常連にはならないだろう。



「ああ、そうだ。こいつも紹介しなきゃな。こいつはナギっつって、暫く俺が面倒みることになった奴だ。お前の店にも顔を出すと思うから、よろしく頼む」

「面倒を見るって、護衛対象か何かですか?」

「ま、そんなもんだ。あとこれは個人的に受けてる依頼だから、他の奴らには内緒にしてくれ」

「ふふ、私とラルゴさんだけの秘密ですね。判りました」



会話を聞き、ウザイからいやだにさらにシフトチェンジした。

彼女にとっては初対面の凪との自己紹介よりも、恋するラルゴとの秘密のほうが重要らしい。

名前を教えてもらったが、聞き流す。どうせ彼女の名を呼ぶこともないだろう。

さっきまでラルゴと並んで歩いていたけれど、反対隣に彼女が並んだので通行の邪魔かと二人の後ろに下がる。



「どうした?」

「うん、こっち側の出店に興味があって。大丈夫、ちゃんとついてくから」



不思議そうに首を傾げるラルゴと、彼の隣で頬を染めて微笑む彼女から尻尾分プラスアルファの距離を取り、出店を見て歩く。

言葉に嘘はないのでラルゴもあっさりと納得し、隣の彼女の荷物を軽々と持ちながら世間話を始めた。

しきりに凪のことを頼んでいる彼に、徐々に機嫌が悪く彼女。

これは別に好みの店を見つけるしかないなと考えながら周囲に視線を走らせ、ふと見つけた光景に目をとめた。

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