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閑話【純情な感情】

ラルゴ視点です。

「あれに想いを向けても無駄だぞ」



主の居なくなったベッドの上で、名残を探すように転がっていた男───信じたくないが、この世界の神らしい───の発言に、ラルゴはすっと眉を持ち上げた。

ちなみに本来のベッドの使用主である凪は、自分をべたべたと触る神の手から逃れ、隣接されている浴槽へと向かった。

着替えはどうするのかと思ったが、過保護な神がいそいそと用意し、貴族どころか王族が夜会に着そうなごてごてと宝飾がついたドレスから、シンプルなワンピースになったところで彼女は受け取った。

ちなみに駄目だしされること両手の数で足りず、よくもまあと感心するくらいの衣装が取り出された。

少しの時間を共に過ごしただけで、凪を溺愛しているのが知れる神が出すだけに、どれも彼女によく似合いそうなデザインだったが、飾り気ない生成りのワンピースはシンプルゆえに素材の良さを活かすだろう。


風呂が隣接されるこの宿屋は、ダランでも一流に数えられる場所で、内装や雰囲気の愛らしい感じがまた凪によく似合う。

値段は手ごろとは言い難いが、こっそりとラルゴが半値を出していた。

何しろ自覚していないようだが凪の容姿は酷く目立つ。神の愛し子と言われ、簡単に納得できるくらいに、単純に綺麗で可愛かった。

そんな彼女が冒険者が集う手ごろな宿に行ったら、どうなるか目に見えている。

種族関係なくやることはやれるし、誰がどう見ても美しいものは美しいのだから。


今までの人生で気に入った女は口説いたりして精に奔放だったラルゴだが、彼女はおいそれと手出しできないくらいの神聖さがある。

愛想が無いわけじゃないのに人を寄せ付けない空気とか、守ってやりたいと思わせるのにしっかりと自分の足で立つ潔さとか、傷だらけになって今にも倒れそうなのに愚痴一つ吐かない頑固さとか、見た目といい意味でギャップがある。

種族が違う相手にこんなに惹かれるのは初めてだと感じ、それ以前に根本的に欲望以外で誰かに惹かれたのが初めてなのだと気付かされた。


たった五日。

たった五日しか共に過ごしていないのに、凪はするするとラルゴの心の奥深くまで入ってくる。

望んでも触れられないもどかしさが一層心を飢えさせ、存在を求めさせるのかもしれない。

一目惚れに近かったとしても、初めは確かに好奇心だった。

けれど今は、好奇心だけでは引き下がれない感情が根ざしている。

大人しそうでいて意外ときつい性格。無駄に喋り過ぎないでしゃばりじゃないところや、当たり前だとばかりにする先を行く気遣い。繊細そうなのに意外と図太く、小心そうなのに存外に肝が据わっているところなど、ラルゴは見た目ではなく凪の中身にも惹かれている。

だからこそ、保護者のように甲斐甲斐しく世話をする目の前の神の発言は、聞き捨てならなかった。



「どういう意味だ?」

「お前、凪の前では初心だけど、本来なら女慣れしてる手合いだろ?名声や見た目、もしくは金に群がる女が多く、放っておいても困らないはずだ。違うか?」

「・・・お嬢に言うつもりか?」

「言う必要ねえだろうが。言ったところで気にするとも思わねえけどな」



小馬鹿にしたような発言に、否定できないのが悲しいところだ。

ラルゴが凪をどう見ようとも、凪はラルゴを異性として意識していないのは痛いくらいわかる。

五日の間に少しだけ凪の世界の話を聞いたが、元の世界には獣人自体が存在せず、初めて見る生き物だと淡々と語った。

しかも珍しい標本を観察するような目で。



「それでも俺がお嬢に対してどんな感情を抱こうとあんたには関係ねえだろ?それとも、そこまでお嬢を束縛するつもりか?」

「いいや、凪が欲しいと望むのなら、得ればいいと思ってる。俺は自分の大切なものが大事に扱われるのは好きだ。共有するのは好きじゃないがな」

「餓鬼みてぇな発言だな。なら俺がお嬢に粉かけたって構わねぇだろ。種族が違うなら普通は問題になるが、お嬢は『人間』だ。番にだってなれるし、子供も生まれる。・・・違うか?」

「違わない。俺がそうしたんだからな。俺の勝手で異界に飛ばされ、家族も持てねば可哀想だ。今までこちらに呼んだ誰もが家族を作り、愛し愛され魂に還った」

「なら問題はなんもねえだろ」



神らしいことを嘯く輩にうんざりと言えば、凪が使っていた枕を抱いたまま瞳を眇める。

子供っぽく感じた雰囲気が一変し、平伏したくなるような何かが部屋を満たした。

そこで漸く実感する。目の前の存在は、比喩でもなんでもなく、本当に神なのだと。



「お前じゃあいつは満たせない」

「・・・どういう意味だ」

「そのままの意味だ。あいつの器には初めから穴が開いてる。だからどれだけ注いでも、注いだ分だけ零れ落ちる。綺麗に歪んで壊れた器。だがだからこそ繊細で美しい」



うっとりと呟く神は、完璧な美貌を淡く染めた。

女性的じゃないし、むしろ格好いい部類なのに、放たれる色気に見惚れかけ慌てて首を振る。

優しく柔らかな口調で愛を囁くように告げた内容は、けれどとても狂気的だった。



「凪の器は壊れている。だから何人にどれだけ注がれても平気だが、完全に満ちることはない。それを理解して手を出すなら、覚悟位するんだな。あいつは俺の愛し子だ。万一にでも傷つけたら、凪の記憶ごと存在から消してやる」



凄絶な笑みを浮かべた神に、ごくりと喉を鳴らす。

どれだけレベルの低い言い争いをしても、目の前の相手は口先だけじゃなく自分を消す力を持った存在だ。

今までのどんな修羅場でも感じたことが無い、魂を震わせるような恐怖に冷や汗を流し固まるラルゴに、一変してとても人に近い嘲りを浮かべた彼は鼻で笑った。



「もっとも、それ以前に触れれないお前じゃ問題外だけどな」



はっはっはと声高に笑う神に、びしりと額に青筋が浮かぶ。

牽制以前の問題だとか、お前ごとき龍に凪が靡くか、だとかその後も色々と続く言葉に、スケベ野郎に言われたくないとか、鬱陶しいと言われたくせにとか、子供レベルの喧嘩を仕掛けたのは、絶対にラルゴが悪いはずがない。

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