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5:神様と一緒 その5

それから気分が上向きになったウィルは、指先を一振りしあっという間に荒れた部屋を綺麗な状態に戻した。

ご満悦気味にベッドに腰掛け、膝の上に凪を乗せて髪を弄っている。

その正面に椅子を持ってきて座りなおしたラルゴは、最早呆れと哀れみを含んだ眼差しを隠そうともしていない。

普通なら自分の作った世界の生き物にそんな目で見られたら怒りそうなものだが、どこに怒りのスイッチがあるか判らないウィルは気にしてなかった。

勝手に伸ばした髪を三つ編みにしてくるりと回し、どこからともなく取り出した髪留めで結い上げる。

手馴れているのが少し嫌だ。



「いつまで人の髪を弄くるつもりですか」

「俺が満足するまで」

「いつ桜子と秀介の情報をくれるんですか」

「俺の気が向いたら」

「・・・・・・もういいです。これ以上あなたと居ても収穫がないですし、お腹も空きましたしお風呂に入りたいです。今日はラルゴと一緒にギルドに行って、買い物にも行くので予定が詰まってます。早急にお帰りください」

「俺も行く」

「邪魔です」

「なんでだ。俺はこの世界の神だぞ」



眉間と鼻の頭に皺が寄った。

神なんて職業についてるから仕方ないのかもしれないが、本当にウィルは俺様だ。

そのくせ凪以上に人付き合いが下手なのか、無駄に打たれ弱い。

今だって口調は強気でも、瞳は凪を伺い揺れている。



「神様だからなんですか。遠まわしに言っても通じないのではっきりと言いますが、ウィルは鬱陶しいです。朝から人のベッドでセクハラ三昧だし、目が覚めたと思ったらラルゴと喧嘩を始めるし、部屋は壊すし、桜子と秀介を故意に引き離すし、挙句何も情報はくれないし。気がついたんですけど、迷惑以外の何かを与えてくれてます?私は言ったはずですよね、桜子と秀介について情報を与えてくれるなら嫌わないって」

「・・・・・・」

「そうじゃないなら嫌わない理由はないって理解してます?私は怒ってるんですよ?」

「・・・・・・」



言葉を重ねると、また苛立ちが沸いたのか、瞳の色を濃くして睨み付けてきた。

それを真っ向から受け止める。

凪は自分を間違っていると思わない。やましいところも一つもない。

だからこそ視線を逸らさずに居たら、耐え切れなくなったらしいウィルは、嘆息して視線を逸らした。



「判った、教えればいいんだろ」

「ええ、教えればいいです」

「・・・女のほうは、ダランから一月程度の場所に居る。お前のために強くなりたいと望んだから、能力の一つでお前の居場所が判るようにしておいた。男のほうは、まだ時期じゃない。約束はいずれ果たされる」

「秀介に関しては放っておけば必ず会えて、桜子は移動したら一月以上会えない可能性があるってことですか?」

「ま、簡単に言うとその通りだな」



何故か胸を張るウィルを半眼で眺めつつ、油断している隙にとその膝から降りた。

彼の触れ方はペットを可愛がる飼い主そのものだが、気を緩めるとあっという間に服を乱される。

今だってスカートからブラウスの裾を引っ張り出され、ラルゴの視線が痛かった。

ちらりと正面に居る彼を睨めば、浅黒い頬を淡く染めたラルゴは、ぱっと勢いよく顔を逸らす。

今は彼に貰った腕輪をつけて猫科の生き物になっているはずなのに、発情しなくともスケベ心は向かうらしい。

元の世界で度重なる痴漢被害にあっていた凪は、その手の視線には敏感だ。

冷めた目で眺めていると、流石に居た堪れなかったのか、長い尻尾でびたびたと床を叩き始めた。

本来ならはた迷惑な話だろうが、この部屋はウィルが力を使って防音効果を発揮しているそうで、どれだけ暴れても宿の人は来ない。

どうりであれだけ暴れて穴だらけになっても人が集まらないはずだと、凪の髪を弄っている間に説明されて、手回しのよさに感心しつつ納得した。



「おい、そこの龍。俺の凪に如何わしい目を向けるな、汚らわしい」

「あのなぁ!テメェのがよっぽど汚らわしい行為してんだろ!どんだけべたべた触ってんだ!男なら、ちらちら肌が見えるなら目が行くだろ!」

「お前、龍だろうが。一応今の凪は中途半端だが虎だ。お前女日照りが長いのか?それとも異種族でも発情する変態か?」

「止めろよ!お嬢がドン引いてるだろ!!?見ろよ、あの目!ただ単に冷たかっただけだったのが、蔑みや嘲りが含まれてきただろ!なんか汚いもの見るような目になってんぞ!?あの年頃の女の子は、そういうの敏感なんだぞ!」

「凪、あんな年中発情期のけだものを同伴者に選ぶのは止めておけ。寝ているときに荒い息とか聞こえたら嫌だろ?」

「だから止めろって!お嬢、俺はそんなことしねぇよ!?濡れ衣だ!」



焦れば焦るほど、否定すればするほど嘘くさい。

あわあわと両手を振るラルゴは、額から滝のような汗を流している。



「まあ、冗談はさておき、この中途半端な変化じゃ、同族じゃなくてもお前に発情する輩はいるだろうな」

「・・・発情」



あからさまな言葉に眉根が寄る。自分で口にする分にはいいが、人に言われると威力が半端ないと改めて納得した。

ラルゴが言っていた言葉がずんと重く圧し掛かる。

『人間の女』は種族関係なしに『女』。

ウィルから望まない干渉を受け付けない加護を受けていたので意識していなかったが、あからさまな目で見られるのは嫌だ。

じとりと眉根を寄せて黙り込んだ凪をもう一度抱き上げ膝に戻したウィルは、ラルゴから受け取った腕輪をあっさりと砕いた。



「っ、何を」

「黙ってろ。こんな半端物じゃなく、もっといいものに変えてやる。いくら触れれないとはいえ、無駄に面倒ごとに巻き込まれたくねえだろ?」

「それは勿論そうですけど」



こくりと頷けば、ウィルは満足げに目を細めた。

節くれだった、けれど男にしては長い指で凪の手首をなぞると、そこには赤が混じった半透明な腕輪が嵌められていた。

ガラスのような素材に見えるが、何となく違う気がする。

触れてみればひやりと冷たくて固い感触が指先に伝わった。



「いいか、凪。これに触れて願えば、お前はこの世界のどの種族にも擬態できる」

「擬態・・・ですか?」

「ああ。見た目もフェロモンも同族にしか効果ない。可愛いな、と思われても、ちょっかいは出されないはずだ。お前の場合見た目が特別だから声は掛けられるだろうけどな」

「へぇ・・・」

「元々こいつをやろうと思ってきたんだが、変態の乱入で少しばかり脱線した。どうだ?見直したか?」

「おい、変態って誰だ」

「見直しました」

「お嬢も突っ込め」



嫌そうな声を出すラルゴを無視し、嵌った腕輪に願ってみる。

すると瞬きする間に変化は起きた。

尻の下に違和感が生まれ、身体がぐんと持ち上がる。

股の間から生えた真っ赤な尻尾に意識を流せば、ゆらゆらと揺れた。



「龍、か?」

「はい、サンプルが他にいないので」

「すぐに戻れ。いや、戻っても変わらねえか。ちょっと貸せ、凪」

「え?」

「白虎に戻す。なんでわざわざ同族には発情するって教えてやってんのに、龍に化けるんだ?襲われてえのか?言っておくが、あんな龍は俺は認めねえぞ」

「───本気で好き勝手言ってくれるな!?俺が見境なく女に襲い掛かるって言いたいのか?」

「違うのか?凪を前にして目を見たまま断言できるなら信じてやってもいいぞ」

「うっ」

「衝動を抑えきる自信がねえなら、初めから大口を叩くな」



ふん、と鼻を鳴らしたウィルの言葉と同時に、生えていた尻尾がしゅるりと細く白いものになった。

昨日は疲れすぎて意識を向けていなかったが、滑らかな白くて黒の縞が入った尻尾は白虎のものだったのか。

艶々とそれ自体が輝くような毛並みに思わず手を伸ばすと、おおっと声が出てしまうほど触れ心地がいい。

音が聞こえる位置が高くなったので頭に手をやれば、先が丸い小さな何かが手に触れた。

思わず普段耳がある顔の横に手をやるが、そこにはあるべきものがない。



「・・・凄いですね。ウィル、本当に神様みたいです」

「そうだろう、そうだろう。もっと褒めろ」

「いいか、お嬢は褒めてねえぞ。むしろ貶してる」

「五月蝿い、獣」

「だから獣じゃねえっつってんだろ!」

「この姿でラルゴは発情する?」

「だから───っ、もういい!流石に種族が別だと、可愛いと思っても発情はしねえよ!やろうと思えばやれるが、それだけだ!」



やけくそ気味に叫んだラルゴに、真面目な顔で『男はみんな獣だ』と、性欲なんてありませんといった顔でウィルが滔々と語った。

そう言えば神には性欲はあるのだろうか。

種の保存に関してどうなっているのか微かに興味は沸いたが、墓穴を掘るのはごめんだったのでその疑問は心の奥深くに沈めておいた。


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