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5:神様と一緒 その3

ラルゴの動きは素人目に見ても凄かった。

一度持たせてもらったが、凪では一ミリも動かすことが出来なかった武器を、片手で軽々と操っている。

しかも両利きらしく、どちらに獲物を持っている状態か知らせぬ体勢で手首を返し、予想不可能な動きをしていた。

尻尾を使いバランスを変えながら動くのは、龍の人独自の戦い方なのだろうか。

時には体重を支え、時にはスプリング代わりにして、巨体からは想像できない羽の生えたような軽やかな動き。

だがぶんぶんとありえない音を響かす武器は、自分に向けられてなくとも恐怖以外は感じない。

例え、ウィルの力でラルゴの凶刃が届かなかったとしても、だ。



「なんだ、怖いのか?」

「あ、当たり前です」

「はははっ、なに少し待て。すぐに消してやる」

「消す?」

「そう、存在から消し去ってくれる。俺に武器を向け、可愛いお前を怖がらせなんて、あったら駄目だろ。違うか?」

「違うかって・・・半分以上はあなたの所為ですよね、この展開!」



思わず声を荒げて白い髪を思い切り引っつかむ。

痛いと眉を顰めても、どこか楽しそうな表情のウィルに、凪は髪を握る手に力を篭めた。

今にもラルゴに向かって何らかの力を放とうとしていた彼は、とろりとした甘ったるい笑顔で凪の頭に顎を擦り付ける。



「あと、私の名前はお前じゃなくて、凪です。あなたを名前で呼ばせるなら、私も名前で呼んでください」

「俺が?人を呼ぶのか?」

「・・・嫌ですか?」

「いいや、お前は俺の愛し子。その程度の望み、かなえてやる。なあ、『凪』」



心底嬉しそうに、子供みたいに無邪気に目を細めた彼には、もう目の前で武器を振るうラルゴは映っていない。

『消す』などという物騒な意識が削がれ、心底ほっとした。

何しろ、目の前の彼は、どれだけセクハラしても、悪戯っ子みたいな顔で笑っても、ペットを可愛がる飼い主馬鹿みたいな態度をしても、腐っても異界の神だ。

その力の一端を強制的に体験させられた凪には、ウィルの『消す』が比喩表現などではないのは察して有り余る。

何か意識を逸らせる話を、と考えたが、凪の名前は丁度いい話題だったらしい。

甘えたな猫なら喉をごろごろと鳴らしているだろう。

普通にしていればきつめな二重の瞳も、大切で仕方ない宝でも見るように輝いていた。


厄介なほうを宥めれたと、好き勝手に身体を弄り回すウィルを放置し、怒り心頭に発っしているラルゴに視線を送る。

漸く攻撃が無駄と気がついたのか、斧とも槍ともとれる不思議な武器を手が白くなるほど握り締め、ぎりぎりと眉を吊り上げていた。

元々強面な顔は、正直直視しがたいほど歪んでいる。

目つきは殺人光線が出そうな鋭さだし、額には青筋が浮かび、唇から分厚い肉も容易に食いちぎれそうな犬歯が覗き、警戒音なのか不思議な声が喉から漏れていた。


怖い。はっきり言って、それ以外の感想はない。

けれどここで仲裁しなければ、そろそろ部屋が崩壊しそうだ。

穴だらけの部屋は備え付けの家具も、天上も酷い有様で、窓に掛かるレースのカーテンや、昨日は気がつかなかったベッドの天蓋の無残な姿が目に痛い。



「・・・んでだ」

「え?」

「何で、そいつはお嬢に触れれるんだよ!」



血を吐き出すような声に、きょとんと瞬きをする。

とてもこの場に相応しくない言葉を聞いた気がした。

意味が理解できずすぐに返事が出来なかった凪に、ラルゴは苛立たしげに舌打ちする。

初めて森で会ってから今日で六日目。どれだけ足手纏いになっても、ここまであからさまな悪態は向けられなかった。

苛立ちを隠さず強い眼差しを向けるラルゴに見せ付けるよう凪の頬に指を滑らせたウィルは、くつくつと喉を振るわせる。



「当たり前だ。凪は俺の『愛し子』だ。俺が加護を与えたんだ、俺に通用するはずがないだろ。ま、それ以前に、こいつが俺を拒否する、なんてありえねえけどな」

「お嬢がテメェの『愛し子』だと・・・?んなら、テメェは」

「察しが悪いな、愚鈍な龍が。俺はこの世界の作り手だ。お前の牙が、この俺に届くはずがねえんだよ」



凪には絶対に向けない嘲るような口調で、ウィルはラルゴに言い放った。

その間も凪を撫でる手は決して止めず、想像すると相当に格好つかないと思うのだが、彼は気にならないらしい。



「ウィル、言い過ぎです」

「どこがだ。こいつは俺に牙を剥き、尚且つ凪にも武器を向けた。俺は俺のものを軽んじられるのは嫌いだ」

「ウィル」

「・・・神が愛するからこそ、異世界人をこちらに投じるってのはホントだったってわけか」



凪の髪を弄ぶウィルを忌々しげに睨み付けたラルゴは、どん、と音を立て武器を床に投げ捨てた。

漸く攻撃を諦めてくれたらしく、ほっと胸を撫で下ろす。

ラルゴには悪いが、彼が獣人の中でどれだけ強くとも、神であるウィルとは比べようがないはずだ。

瞳の警戒は解かぬまま、忌々しげに嘆息する彼に、二人の喧嘩の収束が感じられ身体の力をゆっくりと抜く。



「違うな。俺が『愛し子』と呼ぶのは長い年月で凪だけだ。巻き込んだ手前ある程度の祝福は与えたし、気にいらねえ奴は送ってねぇ。だがな、こいつ以外はお前らが勝手にそう称していたか、もしくはこちらに招いた人間が勝手に自称しただけの話。俺が真実愛でる・・・のは、この壊れた魂を抱える繊細な生き物だけだ」



顰めていた瞳を見開いたラルゴに、もしかして今、歴史の真実を垣間見えてしまったのかと、面倒な事態に眉根を寄せる。

ウィルの酷い執着はこの世界に送られた人間全てに注がれていると漠然と感じていたが、どうやら勝手な思い込みだったらしい。

嫌になるくらいの執着は、初めてだからこその突飛さと、意味が判らない加護へと繋がっていた。

勝手に人を成長させたり、おまけだと得点をつけてくれたり、ありがた迷惑な制約は、真実彼が愛した証だというのか。



「凪は俺の『愛し子』。凪だけが、俺の『愛し子』だ。そのこいつに、俺が触れれねえはずがない」



人の魂を壊れているだの歪んでるだの散々口にしていた彼こそが、どうやら最高に歪んでいる。

とんでもない神に魅入られてしまった自分の運のなさと、またふつふつと苛立ちを露にし始めたラルゴの姿に、朝から運がないと疲れたため息を吐き出した。

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