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5:神様と一緒 その2

「本当にお前は可愛いな」



ちゅうちゅうと人に吸い付く彼の顔を、ほとんど朦朧とした意識の中で必死に遮る。

だが状況は圧倒的に劣勢で、万力のような腕で腰を締め付けるウィルに、身体は白旗を上げていた。

もう段々とどうでもよくなってきて、意識を失ったほうが楽じゃないかと力を抜いた瞬間、信じられない風切り音が響き、身体が軽くバウンドした。



「・・・・・・」

「お!目がまん丸になった。零れ落ちそうだな。おい、これ落ちないか?」

「・・・・・・」

「動かないぞ、固まったままだ。小動物が驚き過ぎるとこんな感じになるよな。やっぱり、可愛いなお前」

「・・・・・・」



最終的に『可愛い』に行き着いた駄目な神は、凪の髪に指を潜らす。

動けずにいる凪を慈しむように、楽しげに擦り寄ってきた。

目の前の起きた凶行に欠片も意識を向けぬウィルと違い、凪のほうは遠ざかっていた魂がきっちりと手元まで戻ってきていた。

心臓がばくばくと音を立て、嫌な汗が頬を伝う。



「す・・・みません」

「んん?どうした?」

「他に、言うことないんですか?」

「他?そうだな、小さくて腕にすっぽりしてて丁度いいサイズだな。俺は基本的に寝ないんだが、お前と一緒ならずっと寝てられそうだ」

「そうじゃなくて!他に言うことがあるでしょう!?凶器が身体突き抜けてますよ!!?」

「ああ?」



上機嫌だったのを訝しげに歪めた彼の顔からは、にょきりとどこかで見た武器が生えている。

あまりの光景に寝たままの状態で器用にも凪が腰を抜かしそうになっていると、上から低い声が降って来た。



「おい、そこの痴漢野郎。とっととお嬢から離れろ」



地を這うような、とはこういう声を言うのだろう。

雁字搦めにされた身体の中で唯一動く頭を横に向ければ、頭上から見下ろすようにして立っているラルゴがいた。

着ている服は昨日までのものよりも随分とラフで、胸元を覆っていた鎧やマントの代わりに、あっさりした生成りのシャツとゆったりした紺色のズボンを身につけている。

道を歩いてる一般人のような格好なのに、持っていたらしい武器を容赦なくウィルの頭に叩き付けた彼は、冷えた瞳を揺らがせもしない。

ウィルが神だからよかったものの、普通の人なら今の一撃を受けていたら確実に無事じゃすまないだろう。

腕に抱かれた凪にだって、肉体的にも精神的にも怪我を負っていただはずだ。



「何だ、お前。俺の心配してたのか?大丈夫、俺は強いからな」

「いえ、強いとかそんな問題じゃなく」

「聞こえなかったのか、この変態野郎。××して×××したあと、×××を××してやろうか」



怒りも露に淡々と言葉を続けるラルゴに、凪の額から汗が滲み出る。

それなのに空気を読まないウィルは、只管に凪を愛で続けている。

節くれだった細い指が頬に滑り顎から首へと移動する。

くるくると指先に髪を巻きつけては、リップ音を立てて口付けた。

その度にベッド脇に立つラルゴから発される重圧感が膨れ上がり、ぞくぞくと鳥肌が立ってくる。

凪は戦闘に対して素人だ。殴り合いの喧嘩など幼稚園以来していないし、秀介や桜子のように武道を習っていない。

それなのにあからさま過ぎる殺気がびりびりと肌を刺すのが判り、居た堪れなさから逃げ出したくなった。



「お嬢をいい加減に離しやがれ!」

「あの!ウィル、私もう目が覚めました!お腹空いたし、動きたいです!」

「腹が減った?ああ、それで腕の中でむずがってたのか。仕方ねえな、もっと早く言えよ」



どこまでも空気を読まない上から目線の言葉に、じわりと心の底で苛立ちが沸く。

それを何とか飲み下すと、漸く好転しそうな展開に気力で微笑らしきものを浮かべた。



「それに汗も掻いたからお風呂に入りたいし、今日はラルゴと買い物に行く約束もしてるんです」

「ラルゴ?ラルゴって誰だ?」

「テメェの前にいる、俺のことだ!」



もう一度耳に痛い音が響き、今度はベッドが沈み込んだ。

さっきはあの勢いでも手加減をしていたのだろう、だって今の一撃でベッドが中心から砕けている。

スプリングははみ出、土台だった木はへし折れて尖った切っ先が天上に向かう。

ふわふわだった布団からは羽毛が飛んで、空から羽が降っているような光景は綺麗だが、状況が酷すぎて感動は程遠い。

崩れたベッドと苛立ちも露に床を叩く立派過ぎるラルゴの尻尾を眺めていた凪は、急に変わった視界に呆然としていた。



「大丈夫か、俺の愛し子?傷一つ負っていないか?」

「・・・はい」

「ならいい。少しだけ大人しくしていろ。俺の可愛いお前を傷つけようとした愚か者を、少し痛めつけてやるからな」



瞬間移動なんて離れ業を披露したウィルは、いつかと同じように片腕に凪を座らせ、優しくも危険色が灯った色をした瞳を眇める。

言葉は柔らかいのに、先ほどのラルゴより何倍も恐怖を感じた。



「ふざけるな、俺がお嬢を傷つけるわけねえだろうが。お嬢には俺の行動は全部すり抜けるんだ、狙いはテメェだけに決まってんだろ」



金目に縦に走る瞳孔を縮ませたラルゴは、ウィルの言葉に怯むでもなく、持っていた武器を構えた。

図らずも彼らの間に挟まれた凪は、あまりの恐怖に泣きたくなる。

目覚めの一発目からこの状況とは、一体どうしてなんでしょう。

神様に問いかけようとして、すぐさま首を振って息を吐き出した。


この世界の神様はずれすぎていて助けにならない。

自分を守るように腕を回した力強さにちっとも心強さを感じない事実に、今この場に居ない幼馴染たちを想い、もう一度深いため息を長々と吐いた。

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