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23:どこの世界でも曲げたくないもの その7

びくびくと身体を震わせながら前を歩くのは、茶色のモフモフした耳を垂らした兎の女性。

中肉中背で顔立ちも、大きな赤い目とそばかすが特徴的なくらいでさして目立つものではない。

黒のシャツと同色のホットパンツを身に着けた彼女は、凪より2、3歳は年上に見えた。

彼女は先ほどラルゴの投網で捕獲された人物で、おっかないやりとりの始終を見物してたらしく、リュールとラルゴに挟まれて生まれたての小鹿の如く震えている。兎だけど。



「さっさと案内しろよ」

「───ラルゴ、女性相手に威嚇はおよしなさい。ナギ様の手が握れなくなった程度で大人げない」

「程度!?程度って言ったか、お前!俺がなんでお嬢の手を握ってたと思うんだよ!」

「ナギ様の心を落ち着け、いざという時お守りするためでは?」

「ばっか、違うつーの!お嬢は俺がちょっと目を放すと姿を消すからその防止策に決まってるだろ!手を握ってりゃ嫌でも俺もおまけでついていく!」

「・・・おまけ。それはまた随分と目障・・・巨大なおまけですね」

「そう、これは俺の経験から学んだ次善の策だったのに・・・、ついでにお嬢の柔らかな手の感触も堪能できる、幸せの一石二鳥!なのにこのクソガキがお嬢の手を握ったままで、なんで俺が色気もへったくれもない蜥蜴男なんて持って歩か」

「もうあなたお黙りなさいな」



ずるずると片手で投網にくるまれたままの蜥蜴の男を引きずりながら熱弁する龍の頭を、柳眉をひそめた狐がはたく。

言葉途中での目にも止まらぬ早業だ。スパンと景気のいい音を立てたラルゴは、殴られた部分を掌でさすりつつ唇を尖らせた。

さりげなく『目障り』と口にしかけて言い直したのを突っ込む隙もない。

リュールの睥睨の眼差しにむぐっと喉を鳴らしたラルゴは、口をすぼませて片手に握っていた紐ごと蜥蜴の男を振り回す。

凧のように宙に舞う仲間の姿に、慌てた兎の女性がぴょこぴょこと飛びながらラルゴに静止の声を上げた。

その様子を呆れを隠さず眺めていたリュールは、嘆息して小首を傾げる。



「ガーヴ君、そこな不埒な龍と違い、ナギ様をきちんと守って差し上げてくださいね?」

「お、おう!」

「いいお返事です」



咄嗟にピンと背筋を伸ばしていい子のお返事をしたガーヴは、繋いだままの手をぶんと振り上げた。

年下の癖に凪より身長が高いので、振り上げた手に釣られて凪の身体も引っ張られる。

びんと勢いよく伸びた腕に痛みを感じ生理的な涙がじんわりと浮かびそうになり、慌ててせわしなく瞬きを繰り返した。

ここで涙を零したまたひと騒動起こってしまう。元の世界では笑い話で済む程度の内容でも騒ぎ立てるほど、こちらの世界での護衛は過保護なのだから。

眦から零れる前に空を見上げて、こくりと喉を鳴らした。



「───ナギ様、これを」

「え?」

「花のかんばせに涙の雫など似合いませんもの。粗忽な龍が気づく前に、晴れやかな笑顔を見せてくださませ」



差し出された布は、リュールが故郷から持ってきたものだろう。

萌黄の地に薄桃色の淡い小花が描かれている。桜によくにているが、桜よりも丸っこい花弁をして美しいというより可愛らしい印象の花だ。

受け取ろうと動く前になんともスマートな仕草で手早く、かつ痛みなど感じぬよう目じりが拭われ、華麗なウィンクまでおまけでもらった。

もし同じことをラルゴがしてもリュールと同じには絶対にならない。見た目もそうだが漂う生まれながらの品性の違いと言えばいいのだろうか。人となり、いや、獣人となりの差というべきだろうか。

過保護ではあるのだろうがあくまで小さな子供を見守る大人のようなスタンスも併せ、やることなすこと卒がない。



「ガーヴ君も、ナギ様と身長差があるのですから腕を上げるときは気を付けねばなりませんよ?女性は繊細なのですから扱いに気を付けねば」

「お、おう。ナギ、ごめんな?」

「ん、大丈夫だから、そんなに気にしないで」



心配げにこちらを見つめる琥珀色の瞳に安心させるよう微笑を浮かべれば、ぷわぁという音が聞こえそうな勢いで顔を明るくした狼は、握ったままの手をぶんぶんと上下に振り出す。

全然学習してない。遠慮がない力で握られた掌が、みしみしと音を立てている気がする。普通に痛い。

ガーヴ的には加減をしてくれてるのかもしれないけれど、年下でも男の力。さらに言うなら人ではなく獣人の持つ力でぎゅっと握りこまれれば、貧弱代表を名乗り出れる勢いで惰弱な凪など簡単に仕留めれる。

折角引っ込んだばかりの生理的な涙がまたじわじわと溢れてくる気がして奥歯をぐっとかみしめれば、呆れ交じりに嘆息したリュールがぽむぽむとガーヴの頭を撫でて意識を引き、その三角の耳をきゅっと摘み上げた。

ひゃいんと情けない、犬によく似た悲鳴が上がる。

咄嗟に両手を放して耳に手をやった狼は、涙目になりつつ抓られた耳を必死にさすった。



「い・・・痛い・・・」

「ナギ様の方が繊細にできている分、痛みを強く感じられたと思いますよ。人にされて嫌なことは自分もしてはいけません」

「う・・・はーい」



どこのおかんだ。完全無欠の麗人は、最早しつけにうるさい近所のおかんにしか見えない。

彼は一応兄弟の下だったと思うが、一体どこでこんな子育てスキルを身に着けたのだろう。

リュールの身近には二人の子狐のキィとミィしか見受けられなかったはずだし、彼女たちは子供っぽかったけれどなんやかんやで要領もよかった。

しかしお役目の割にはどこまでが本当かわからないけど爛漫な部分もあったようだったし、彼女たちの面倒を見るうちに子供の面倒見がよくなったのだろうか。

きちんと返事をした狼の頭を緩く撫で、聖母のごとき笑顔を浮かべている青年を観察していると、背後から面白くなさげな声が凪を呼んだ。



「お嬢、そんな狐の顔見てても一文の得にもなんねえぞ」

「・・・そういうあなたの顔を見れば何か得でもあるというのです?」

「まあな。お前が遊んでる間に近道を聞きだした。ほれ、こっちの壁はそのまま突き抜けて進むらしい」



こっち、と言いながら投網を持っていた方の腕を無造作に方向転換させれば、当然のことだが括られていた蜥蜴の男も放物線を描いた。

すっかり無抵抗になった兎の口から悲鳴が上がる。

両腕どころか四肢を拘束されたままの蜥蜴は顔から石畳の道に叩きつけられ、蛙が潰れたような声を漏らした。

駆け寄る兎を静止するでもなく、さりとてフォローするでもなく倒れ伏した背中に遠慮なくブーツの踵を食い込ませた龍は、そのまま壁にしか見えない赤レンガの塀に手を伸ばす。



「幻?」

「ここだけな。獣人一人分だから横に行くとぶつかるぞ。お前はこっち持ってろ。お嬢は俺が抱っこして入るからな。何しろ、何があるかわかんねぇし!」



凪の手を握っていたガーヴの手首を手刀で叩き、痛みにうめいた狼が離れたところで解放された手を引いて抱き上げられた。

太い尻尾がびたんびたんと上機嫌に道に叩きつけられ、結構なほこりが立って眉をしかめた。足元で寝ころんでいる蜥蜴は呼吸も難しかろう。

腕に座らせるように横抱きにされ、ラルゴ自身は持っていた投網の先をリュールに投げつける。

投げ出されたものを咄嗟に受け取ったリュールは、ラルゴの足の下で凪の体重も増えてうめき声すらあげれない蜥蜴と、その横で埃にせき込みながら半分恐慌状態に陥っている兎を視線で撫でてため息を吐き出した。



「これではどちらが悪役かわかったものではありませんね」

「はっ、俺に手向かったんだから最初から覚悟の上だろ。中途半端なことして逆らわれるより徹底して潰したほうが面倒がなくていい」

「同意はしますが、弱い者いじめは過ぎるとみっともないですよ」



眉を八の字に下げたリュールは、兎の女性を流石に哀れに思ったのか、手を差し伸べないまでも眉根を寄せた。

優男風で実際に優しい麗人ではあるが、予想よりも線引きはきっちりしているらしい。

初対面で親切にしてもらえたのは同族だったからかと内心で小首を傾げる。不運ではあるが不幸ではない己はやはりラッキーだ。

太い腕で身じろぎすれば、逃げだすように感じたのかしっかりと抱え直された。

こちらを見下ろすけぶる金目と視線か絡み、逃げるつもりはないという言葉の代わりに緩く首を振る。

それに納得したのか視線を己の足元に移したラルゴは、もう一度おまけとばかりに足を持ち上げて蜥蜴を踏んだ。



「そりゃ弱い者いじめなら格好悪いな。けど狸に化かされるなんて間抜けた経験、一度すりゃ十分だからな」

「・・・狸?」

「ああ。この間抜けっぷりは弟の方だな」



間抜けな弟との単語に無表情のままリュールの眉がついっと持ち上がる。

しかしそんな麗人の反応などまるまると無視した龍は、踏みつけていた蜥蜴の襟元にあった小さく黒光りする石を蹴り割った。

ぱきんと甲高い音が響いて舞い散った欠片が風に解けて消えるのが、薄暗い路地の中でもわかる。

石の行方に釣られて逸れた視線を戻すと、そこには蜥蜴の男はもういなかった。

ぴくぴくと動く丸い耳。ふさっとした濃い茶色の尻尾。濃いと言ってもラーリィのものよりも薄い気がする。



「・・・蜥蜴の獣人、こんなに太ってたっけ?」

「いや、もっと細かった。具体的には半分くらい。なんだこいつ、変なもんでも食ったのか?」

「お二人とも他に疑問はないのですか・・・?蜥蜴が狸になったのですよ?」

「蜥蜴も狸も似たようなもんだよな。なー、ナギ?」

「いや、全然違うと思う。似てはない。似てると思えない」

「そーか?まあ、どっちも食えるよな」

「狸も蜥蜴も食べたことはないけど、ガーヴの判断基準はわかった」



狸も蜥蜴もガーヴの中では食料として分類されるらしい。

凪自身は食べたことはないが、美味なのだろうか。ちょっとだけ興味がある。

興味をそそられた凪の様子に気が付いたガーヴに今度森に狩りに行こうと誘われ、素早く却下しておいた。

興味はあるが、明らかに過剰な肉体労働を経てまで食べたいと思わない。

野生児どころか、半野生の狼のガーヴのお供などごめんだ。行かなくても結果が分かる。

絶対連れまわされる。しかも翌日、下手すれば当日から生まれたての小鹿のごとくなる筋肉痛に苛まれるに決まってる。

二人のコントのようなやり取りに眉尻を下げて笑ったリュールは、ラルゴの足の下に敷かれたままの蜥蜴───改め狸の栗色の髪を無造作に持ち上げてしげしげと覗き込んだ。

立ち位置的に凪からは顔立ちは見えないが、おそらく種族だけでなく顔も変化していたのだろう。

眉間の皺を深めて袖で口元を覆った。表情を隠すような仕草は彼が着物を身に着けていた時よくしていたものだ。



「さて、さっさと用事を片付けちまおうぜ。早くしねえと昼になっちまう」



そういえば昼から約束があった。極上のオムライスを食べるのだ。

街の真ん中の時計塔の鐘が十二回鳴る時に待ち合わせだから、急がないと遅れてしまうかもしれない。それは困る。



「いきましょう、リュールさん」



立ち上がった美麗な狐が、何気にラルゴと同じように蜥蜴───ではなく狸を引きずるのを視界の隅に収めつつ、壁と思っていた場所をすり抜けて、美味しい食事への一歩を進めた。

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