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23:どこの世界でも曲げたくないもの その5

握られた掌に痛みは感じない。しかし振り払おうとしても、凪の脆弱な力では無理であろう。

太く意志が強い眉が八の字に下げられ、ほんの少し居心地悪そうに口角を上げる。

普段は豪快な笑い声をあげるラルゴらしくない笑い方。

ぱちりとひとつ瞬きをして握られた手に軽く力を込めると、凪を一振りで吹っ飛ばせる威力を持つ尻尾がゆらりと揺れた。

その仕草と雰囲気で、大体の様子は察せられた。

普段のラルゴならこちらから手を握り返した時点で、破壊力抜群で耐久性のある大ぶりの尻尾をビタンビタンと振り回し地面を抉っている。

感情のままに動かすのは恥とされるのに、そんなものしったことないとばかりに振り回す。

だが今回のラルゴはそうしない。情けなくも見える微苦笑を浮かべ、凪の手を微かに握り返すにとどめた。



「お嬢、俺の手を放すんじゃねえぞ?」

「……うん」



唇を動かさぬようにして出された、凪の耳に辛うじて届くくらいの小さな声。聞き逃さずに前を見据えたまま頷けば、満足げに瞳をすがめる。

おそらくこの近辺はおおむね平和に見られるダランの中でも、ラルゴが凪を連れて歩きたくないと思えるような地域なのだろう。

しかし握った手を放さないのは、何があっても離れるつもりはないという言外の宣言かもしれないが、片手を使えないと周知してるも同意である。

ラルゴは強い。あのウイトィラリルが凪を託そうと思う程度に、実力はある。

凪自身彼の強さは目の当たりにしてきたが、それでも片手を封じるのは結構な戦力ダウンにつながるのではないだろうか。

ラルゴの武器のポールアームは、本人申告では軽いとのことだが凪にとっては両手で握っても持ち上げられない重量がある。

それを彼は怪力と、素人の凪にもわかるほどの技量を持って軽々と扱うのだ。

刺突や腕を振るだけの薙ぎ払いも数度目にしたけれど、一番印象深いのは手首を起点に回転させて威力を上乗せさせた一撃。

優美な虎でありながら細身でも引き締まった筋肉を持つゼントすら片腕で吹き飛ばす威力を持っていた。

しかしそれは振り回すだけの十分なスペースと、曲芸のように勢いを殺さず右手から左手へ、左手から右手へと回転させたまま武器を移して速度と遠心力を増す相当な技術を要する───のだと思う。

片手を凪に使ってしまえば、威力は半減、といかなくとも落ちるだろう。

そろりと繋がれた手に視線を走らせる。

すると無言の疑問を感じ取ったかのように悪戯を思いついた悪童みたいな表情で笑った龍は、くふりと喉を鳴らした。



「俺を誰だと思ってるんだ?」

「───ウィルと秀介に負けたラルゴ」

「ぐッ・・・それを言われると反論しようがねえじゃねえか・・・!」

「真実だもんね」

「あら・・・そこの粗忽者の龍、どなたかに土を付けられたのです?戦闘力以外にとりえがないような、その野蛮な龍が?」



おやまぁとばかりにサイズの合わない洋服の袖で口元を覆った麗人は、三日月形に瞳を細める。

ついっと持ち上がった眉。愉快な話を聞いたとばかりに声には笑いが含まれていた。

美人はどんな格好でも様になる。染めた黄色に近い金色の髪を揺らした狐の頭の上にある三角の耳がぴくりと揺れた。



「ふふふ、あなた敗北したのですか。力自慢で己の実力に絶対の自信を持つ、あながた?自分に自信を持ちすぎていて、言い寄って靡かない女はいないと勘違いしていたあなたが?」

「嫌味な言い方すんな。別に俺に靡かない女がいないとは思っちゃいねぇよ」

「でも言い寄られて相手が嫌な気分になるとも思ってなかったですよねぇ」

「・・・若気の至りだ。俺だって野郎に言い寄って心身ともにダメージ受けただろうが」

「私も好みじゃない男に言い寄られて心身ともにダメージを受けましたけどね」

「お前の場合は俺を殴りすぎて手の甲がちょっと擦りむけただけだろうが!あんだけ龍を殴っておいて、狐のお前が擦り傷だけ!?どんな体してんだ!」

「嫌ですねぇ、この言いがかり。聞きました、ナギ様?この野蛮な男は、襲われて身を守ろうとしただけの私の正当防衛をこのように悪しざまに罵倒するのですよ。力も魔力も上の龍に伸し掛かられた私が、恐慌状態に陥って必死になるのも当然のこと・・・それなのに、この龍は・・・」



よよよよと言葉が発されそうな雰囲気だ。桜子の趣味の時代劇の定番を思い出す。

手籠めにされそうな町で評判の小町と、よいではないかと笑う悪代官。

頭の中で想像を膨らませれば、予想以上にしっくりと嵌ってつい笑いがこみ上げる。

そんな凪を見て、リュールがラルゴをからかっていた時と比べようがない穏やかな笑みを浮かべた。

春の縁側で浴びる穏やかな日差しに似た眼差しはこちらを映し、慈愛に満ちた声を出す。



「ナギ様には笑顔の方が似合いますよ」

「・・・・・・」

「安心なさいませ、ナギ様。そこな龍は粗忽者で羞恥心と謙虚さと良心の角度がずれておりますが」

「・・・おい、普通にひでぇ評価すんな」

「それでも私が知る限りの中でも実力だけは折り紙付きです。盾にも矛にもなる器用な龍です。危険が迫った時は遠慮なく前面に押し出せばよろしいですよ。大丈夫、あなたの背後は私がお守りいたします」



視線が絡んだ瞬間、謀られたと悟った。

黙って抵抗するでもなく握られた掌を眺めていたのと、ラルゴの発した安心させるための言葉や、鈍感な凪にすらわかる裏通りの薄暗く雰囲気の悪さを鑑みて、怯えてると考えたのだろう。

安心させるために三文芝居をし───ラルゴの場合は素かもしれない───、凪の空気が緩んだのを見計らってのあの発言。

おそらく怯えと緊張で力が入ってるように見えた凪の心をほぐそうとしてくれたのだ。

ラルゴはウィルや秀介と戦って一方的に負けた。しかしそれは比較相手が悪すぎる。

世界に君臨する神様や、その神をして世界で最強種族と言わしめる相手に負けるのは普通だろう。

むしろ他の誰が勝てるのか候補がいるなら教えてほしい。

脳裏に浮かぶのはしゃんと背筋を伸ばした黒髪の整った顔立ちである桜子の姿。いかな彼女、ではなく今は彼でも、同族の秀介ならともかく、ウイトィラリルに勝つことはできない。

だって相手は神様だ。やることなすこと人智を超えてる。何をしても無駄と頭から理解させられる相手なのだから仕方ない。

けど上記の3人を抜けば、凪はラルゴが一方的にいびられている状況など見たことがない。

明らかに一定以上の実力を持つ相手でも、彼は軽々伸して対処していた。

リュールの攻撃もなんだかんだでいなしていたし、真っ向勝負なら実力はラルゴの方がおそらく、上。

だからダラン程度の危険地域で後れを取るはずがないとラルゴが宣言してるから、大丈夫なのだ。

よってラルゴの言葉への無条件の信頼で、凪はこの場所が現時点では一番安全と理解しているし恐ろしさも不安もない。

一応自分なりに警戒はしているけれど、何があってもなんとかしてくれるはずと最悪の場面は脳裏に描けなかった。


むしろ平和ボケしている日本人の凪にとって、もっと別のところで意識が向く。

美形は何を言ってもどんな表情でも格好がつくんだと、純粋に感動した。

日本では乙女ゲームのヒロインじゃなければ、ついぞ聞く機会はあまりないだろうさらりと出された甘い言葉。

『笑顔が似合いますよ』なんて、美形か、裏表と下心がない善人、もしくは意識するでもない本音としてつい零れてしまったときに様が付くのだ───すべて凪の偏見ではあるが。

コケティッシュな笑顔を浮かべる中性的なおもては、良くも悪くも人の視線を引き付ける魅力に満ち溢れている。

同じ台詞を同じ場面でラルゴが口にするのと、リュールが口にするのとではなんとなく印象が違う。

ラルゴも強面ではあるが顔立ちは整っているのに、凪の中ではどうしてもお笑い担当の三枚目のイメージが払拭できない。

なんだかんだとこの世界で一番心を許している獣人だが、それ故に知らなくてもいい部分まで曝け出されてしまった。そう、色々な意味で。

正直は美徳だ。しかし何でもかんでも真正直に隠さずにいればいいかと問われれば、そういうものじゃない。

獣人ひととして、男として、女性の前で、それも未婚で恋人でもない相手の前に、曝け出していけないものはあると思う。

思い出したいと思えない記憶を無理やり片隅にやり、美しいものの補充にリュールを眺めた。



「イケメンて凄い」



感嘆の言葉が無意識の零れる。

手を握っていたラルゴがびくりとあからさまに体を震わせ、くわっと目を見開いた。



「お嬢、騙されんな!そいつは顔だけの陰険狐だ!女みてぇな優男風の顔してるが、その実そこらの野郎より全然気が強いし肝も据わってるし実力もある。笑顔で体格差がある相手を捻じ伏せるような男だぞ!?」

「私の実力を認めてくださってありがとうございます」

「褒めてんじゃねえよ!性格の悪さを露見させてんだ!お嬢が変な男に引っかかったら、俺は俺を許せねぇ!」

「変な男とは、私のことですか・・・?私はあなたのその発言からして許容できそうにないのですけれど」



目が潰れてしまいそうなほど輝かしい笑顔を浮かべたリュールの拳が、長すぎる袖の中で握られたのが視界に入る。

仄かに染まる頬は艶やかで、ラルゴを見つめる瞳は強い意志できらきらとしている。ラルゴ的には、ぎらぎららしいが。

今の彼は、生きている・・・・・。狐の郷にいた頃のリュールは凪に対しては喜怒哀楽を見せてくれたが、出来のいい人形めいた雰囲気だった。

透明な、否、半透明な壁の向こうで佇んでこちらを観察する、とでも言えばいいのだろうか。

野生の狐をあちらの世界で見る機会がなかったから比較できないので他の動物で例えると、躾と手入れが行き届いた警戒心が強い家猫。

別に気性が荒いのではなく、一定距離を置いてこちらをじっと見つめる、そんな猫。



「リュールさんは」

「?」

「ラルゴと本当に仲がいいですね」



ぽろりと口から零れ落ちた本心に強い衝撃を受け、美麗な狐は鮮やかに血の気をなくして儚げによろめいた。

膝から崩れ落ちないのが不思議なくらい顔色が悪い。



「・・・・・・わかりやすく態度に出してるんじゃねえぞ、コラ。繊細な俺の心が傷つくだろうが」



ぼそりと呟かれた声に覇気はなく、意外と地味に傷ついたっぽかった龍が情けなく眉尻を下げる。

本当に仲がいい二人の様子に、ツンデレとはこういう手合いなのかと、漫画でもアニメでも小説でもない現実で新しい扉を開けてしまった。

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