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23:どこの世界でも曲げたくないもの その3

「それでお嬢さん、今日はこの後時間はあるのか?」

「え?」

「朝食の時に聞いたが、サバンナとの約束は昼なんだろ?もし時間があるなら、うちのチビどもに会っていってやって欲しいんだが」



ポリと太い指で頬を掻きながら問いかける獅子の男は、厳しい顔つきのわりに可愛らしいはにかんだ笑顔を見せた。

照れくさそうに目尻を赤く染め、視線をそわそわと凪から逸らしての誘いに、一瞬心が揺れる。

しかしその躊躇を打ち破るタイミングで、ラルゴが後ろから掴むようにして肩に触れた。首だけで振り返ると、少し困ったように眉尻を下げた金目がこちらをじっと見詰める。



「お嬢、これからあと二軒店を回るなら、今から行かねぇと昼の約束にはちょっと間に合わないかもしれないぜ」

「そうだね・・・」

「ナギ様、私のことでしたらお気になさらず。場所さえ教えてもらえれば一人でも目的は達せます」

「あのな、そこらを歩いてる女より箱入りの狐の癖に何言ってんだ。育ちの割りにしっかりしてんのはわかってるが、お前一人なら足元を見られるだけだぞ。それに場所も、お前みたいな綺麗どこが一人で行くにはちょっと面倒なところにあるし、案内もそうだが、俺みたいなやつが一緒にいる方が色々有利に働く」

「・・・・・・」

「お綺麗な顔が有利に働く場所もあれば、それだけじゃないってのも、お前はよく知ってるだろ?」

「ですがナギ様をそのような場所に連れて行くのも」

「・・・あのなぁ、お前は俺を誰だと思ってんだ」



深々と、これ見よがしにため息を吐き出したラルゴは、大きな掌を首の後ろに当てて呆れ混じりに首を振った。

太くて長い尻尾が不機嫌そうにゆらりと揺れて、地面にどしりと叩きつけられる。手加減してるようだがそれでも石畳に叩きつけられた尻尾は、埃と土煙を少しだけ立てた。



「俺は『龍のラルゴ』だぜ?」



びしりと突きつけられた台詞に、リュールは切れ長の瞳を微かに見開いた。

随分と自信に満ちた発言だが、それがとても彼らしい気がして喉奥で笑いを噛み殺す。

こちらに来てから数ヶ月の付き合いしかないけれど、ラルゴの強さは何度も目にしてきたし、幾度か『龍のラルゴ』についての噂も耳にした。

彼は赤龍の中でもトップクラスの実力を持つ冒険者。好戦的でありながら鷹揚とした懐の大きさも見せる、強い獣人。敵に回せばまず勝機はないと、鮮やかな笑顔で教えてくれたのは腹が黒そうな虎だったか。

魔力も体力も高い龍の中でも龍らしい気質の男は、いっそ傲慢にも聞こえる宣言でも似合ってしまっていて、それがとても凪のツボに入った。

こんな俺様な発言をしていて許されるほど実力が伴う人間───じゃなく、獣人なんて、きっと滅多にお目にかかれない。



「この俺がお嬢の護衛を勤めてるんだ、ダラン程度の危険区域で遅れをとる気はねえよ」

「・・・ダラン以外ならありえるという話ですか」

「・・・時と場合と相手による。絶対無敵なんて言うほど傲慢じゃねえからな」



面白く無さそうに瞼を閉じたラルゴの脳裏には、機嫌よさげに笑うウィルの姿でも浮かんでいるのだろうか。

それとも狼たちが住む村の近くで遭遇した羅刹の幼馴染の姿だろうか。

どちらにしても己の実力を正当に評価した上での発言は、下手に過剰修飾された薄っぺらい言葉より信頼性がある。

渋々、嫌々でもラルゴはウィルに実力で勝てないのを認めている。と言うか、普通の獣人は世界の神様に勝てると考えはしないだろう。どれだけウィルに突っかかっても、ラルゴは己の分を弁えているし、だからこそいきなり現れた羅刹を前にしても無謀な戦いを選ぶのではなく、凪を守るために全力で撤退を促した。



「口先だけの言葉を並べるより、そっちの方が私は信用できるよ」

「お嬢・・・」

「ダイナスさん、すみません。折角お誘いいただいたのですが、今日は予定が少し詰まっているんです。また今度、お邪魔させてください」

「ははっ、お嬢さんの都合がいい時にいつでも遊びに来てくれ。チビたちも楽しみにしている」

「ナギ様、この龍の言葉など聞かずとも・・・。どうぞナギ様のご都合を優先してください」



ぺこりとお辞儀をして挨拶をした私に、リュールが慌てて間に入る。

少し慌てた様子で秀麗な顔を歪めた彼は、何故か必死に凪を止めようとした。しかしそんな彼に首を振り、ほんのちょっとだけ表情を和らげる。



「私は私の都合を優先させた結果、ダイナスさんのお誘いを断っただけです」

「ナギ様・・・」

「それに新しい服を着たリュールさん、ちょっと楽しみなんです。ラルゴの服はやっぱり身体に合っていないですし、折角素材がいいのに勿体無いです」

「・・・え?」



凪の言葉に一瞬虚を突かれたようにリュールは動きを止める。そしてじわじわとゆっくり、顔から首元までを紅潮させた。

リンゴと言うほどではないが、桜より色は濃い。肌が白いから余計に目立つんだなと観察していたら、言葉も出ない様子のリュールの頭を大きな掌でラルゴがどけた。

乱暴な仕草は、繊細な狐の首を追ってしまわないか心配になるくらいだったが、意外と頑丈らしい狐は眉根を顰めただけで転がりはしなかった。

首が落ちなくて良かった。脳裏を過ぎるホラーな展開を回避したことで胸を撫で下ろした凪の手を、ラルゴががしりと掴み取る。

咄嗟に手加減したのか痛みは感じないものの、それでも逃れることは出来ない程度の強さで拘束され、ひょいと眉を持ち上げた。



「お嬢!」

「なに?」

「お嬢はあんな陰険狐がいいのか?」

「・・・はぁ?」

「やめとけ!確かに顔のつくりはちょっとみないくらいに整ってるかもしれねぇが完全な女顔だし、優しそうに見えて人の傷口を踏みつけた後、更にダメージを加えるべく躊躇なく踏み躙るタイプの男だぞ。しかも尋常じゃないくらいの笑顔で、だ。口から零れ落ちる言葉の奔流は止め処ないし、良くも悪くも薄気味悪い。あいつ、ああ見えて絶対女癖悪いぞ?じゃなきゃ甘ったるい、砂糖を吐き出しそうな笑顔を誰彼構わず向けるはずないし、耳が解けそうなくどい表現も出るはずねぇ。騙されるなよ、お嬢。あいつのいいところは顔だけだ!」



滔々と流れるラルゴのリュールに対する説明(?)を右から左へ流しつつ、がくんがくんと身体を揺さぶられる。痛みはないが、視界がぐらぐらと揺れて酔ってしまいそうだ。

凪のささやかな抵抗ではよくわからないテンションになってるラルゴを止めるのは難しく、それ以上にこの状態のラルゴに口を挟むのも面倒なので、なすがままになってしまう。

ジェットコースターに乗ってる時より揺れる視界の片隅で、凪を助けようとしたらしいガーヴがラルゴに蹴られて呆気なく顔面から地面に倒れるのが見えた。

無防備な状態で叩きつけられたガーヴが鼻血を出してないか心配していると、綺麗に染められた黄色の髪を靡かせたリュールの、それはそれは綺麗に作られた笑顔が目に入る。

彼の額にくっきりと浮いた青筋を見つけ、この後の展開を想像した凪は、来るべき未来を想い神の試練を受け入れる従順な信者の如く、ゆっくり瞼を閉じて覚悟を決めた。

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