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閑話【わが道を歩くひとたち】

*リュール視点です。

「くっそ、ガキが。どうして俺のお嬢と手を繋いで歩いてるんだよ」



ぎりぎりと、ハンカチの端っこを噛み締めそうな勢いで子供っぽい嫉妬心を燃やす龍に瞳を細める。

龍のラルゴ。数年前、リュールが住む大陸で王族から直々の依頼を受けた有数の実力を持つ冒険者。

龍の一族は獣人の中でも並外れたポテンシャルを持っているが、彼のそれは龍の中でも飛び抜けているだろう。

生まれから外部と接触が少なくても取引で冒険者をしている龍と何度か接触をしたことがあるが、彼以上に実力がある龍を見たことはない。

身体的能力に優れる龍は基本的に大雑把であっけらかんとした性格のものが多い。

雑な計算でも大抵のことは自らの裁量で帳尻あわせが効くからだ。もっともそれもまた本人の性質による。

隣に並んで歩く巨漢の龍の場合は、上辺だけ掬い取れば物事を深く考えない浅慮でその場凌ぎな性格に見えるが、その実物凄く慎重で常に周囲の様子を把握している獣人だった。

笑顔を作る表情の下で瞳は欠片も笑っていない。気付く獣人がどれだけいるかわからないが、油断ならない男だったはずだ。

それなのに。



「つか、微笑ましそうに見てんじゃねぇよ。誰でもいいから止めろ。お嬢の手が汚される。匂いが移る。潰れる」

「失礼ですよ、その言い草。そんなに気に食わないならあなたが間に入ればいいじゃないですか」

「もう邪魔した。そうしたら『別に今更気にならないからいい』って言われた」

「ならばいいでしょう。ナギ様は気にしていらっしゃらないのでしょう?微笑ましい図じゃないですか。可愛らしい子供のじゃれあいです」

「子供でも男は男だろ。お嬢はただでさえ可愛いんだからすぐに目を付けられるんだ。俺がしっかりしねえと」

「・・・・・・」



しっかりすると言うより、普通に焼もちを妬いてるようにしか見えない。

半眼になりつつ、借りた眼鏡を指の腹で押し上げる。どうやらこれもラルゴが凪にあげた品らしいが、リュールですら微妙にサイズがあわないのに、何を考えて贈ったのだと疑問を感じずにいられない。

凪の髪より少し濃い色に染めた髪に指を通し、呆れのため息を吐く。

視線を少し前に向けると、仲良く手を繋いで歩く虎と狼。

狼は機嫌よく尻尾をぱたぱたと振っていて、子供ならではの豊かな感情表現は子供好きのリュールにとって可愛らしいと思える程度。

大人になれば感情をむやみに表に出すのは憚られるし、何をそこまで柳眉を吊り上げる必要があるのかと不思議なくらいだった。

再会してから一日程度しか経っていないが、薄々気付いていた事実に眉間に皺が寄る。



「・・・あなた、もしかしてナギ様が好きなのですか?」

「え!?」



リュールやガーヴと違い、ほとんど耳は動かないはずの龍の一族のラルゴは、小さな三角耳をぴくりと動かした。

色黒の肌でもはっきりわかるほど目尻が染まり、忙しなく瞳が動き回る。

そわそわと太い尻尾が落ち着きなく揺れて、こちらの居心地が悪くなりそうだ。



「・・・幼女趣味だったんですか?」

「違う!お嬢はあれで17歳だ!幼女じゃない」

「でもあなたは28でしょう?10以上も年下の子供じゃないですか」

「恋愛に年齢は関係ねぇ!そもそも俺の一族だと17は成人してる!」

「ですが私たちの一族では未成年です。あなたが17の頃ナギ様は6歳ですよ?そんな子供相手に何をするつもりですか」

「6歳の子供なら俺でも何もしねえよ!ちゃんと待つ!」

「待つ・・・待つ、ねぇ」



待つと宣言してる時点で惚れるのは前提なのか。

益々眉間の皺が深くなり、もやっと嫌な気分が広がる。

そしてえたいの知れない感情に小首を傾げ、体型の違いからまったくサイズのあわないシャツの胸の部分をくしゃりと握った。

自国の衣服しかまとったことはなかったが、違和感があるものの余裕があるこちらの服装もそんなに嫌いじゃない。

布の感触は慣れないものの、身につけているうちに違和感も薄らぐだろう。

胸の靄つきを無視してもう一度視線を前に向ける。

日に当たると金色に近い輝きを持つ不思議な髪が、駆け抜ける風にふわりと煽られる。

隣を歩くガーヴに手を引かれて向いた凪の横顔は、どこぞの名匠でも作り出せないくらい端整だった。

白く抜ける陶器のような滑らかな肌。澄んだ蒼い瞳は空よりも濃く、長い睫毛が陰影を作る。

ほとんど表情は動かないが、僅かに三日月形に持ち上がった口角が劇的に印象を変えていた。

無機物ではなく、生きているのだと実感させられる。淡く染まった頬や桃色の唇は甘く艶やかだ。

ただ道を歩いているだけなのに、すれ違いざまに何人もの獣人が足を止めて見惚れている。

リュールも他人の視線に慣れているほうだけど、凪のはもう無頓着に等しい。

誰にどんな眼差しを向けられても気にしていない。興味の対象があからさまな『人間』は、自分と世界の境界線を明確にしているようにも見えた。



「どちらにせよ年齢差は縮まりませんよ」

「気にしねぇよ、そんなの。ようはお嬢が俺を選んでくれればいいだけだ。年くってる分だけ積んだ経験値もあるし、悪いようにはさせねぇよ」

「無邪気な子供相手に邪まで穢れた思考を植え付けないでくださいね。純粋なナギ様があなたの色に染まったら目も当てられません」



確かにラルゴは年齢分の、いいやおそらくそれ以上の経験を積んでいるだろう。

世間知らずなリュールには考えられない体験も、その対処法も、知識も豊富に持っているに違いない。

けどそれを凪に植えつけると考えるだけで、腹の底からぞわぞわとした何かが込み上げるような気がした。

単純にラルゴのことは一人の獣人として尊敬している部分もある。性格も明るく闊達で、男女問わず獣人を惹き付ける魅力の持ち主だというのも知っている。

今回だって考えなしに飛び出してきたリュールに、機転を利かせて染め粉を買ってきたりしたし、服だって貸してくれた。

お陰でどこにでも居る狐の一人として大陸の首都を歩けているが、有り余る借りを天秤に掛けても、それでも凪が変わるのは嫌だった。

ひっそりと渋面を浮かべるリュールを他所に、ラルゴが大きなため息を吐く。

思わず視線を上げると、どこか照れくさそうにはにかんだ龍は、首の後ろを手で掻いた。



「そう簡単に俺の色に染まってくれたら楽だったんだけどな」



今までで一番手強い相手だと嬉しそうに微笑む様子すら胸がむかついて、くしゃりと髪を指ですく。

人生の分かれ目を零から選んだばかりというのに、悠長に落ち込ませてすらくれないなんて、まったく予想もしてなかった。

もっとじめじめ、めそめそとするかと思っていたが、感情の整理をする前に物事が回るため、考える前に割とはきはき、きびきび動いている。



「ナギー、俺様あれが食いたい!」

「ん」

「こら、お前!お嬢にたかるんじゃねぇよ!」

「あなたも子供相手に蹴りを放つんじゃありません!」



凪の手を引いて露店の食べ物を見ていた狼に、飛び掛るように龍が蹴りを放つ。

手加減はしてるだろうが当たれば吹っ飛ぶ程度の勢いがあったそれの力の流れを変えてやりながら、新しい日常は当分騒々しく落ち込めそうにないなと頭の隅で考える。

喜べばいいのか哀しめばいいのか判断が難しい内容に、とりあえずは現状の制圧をしようと頭を切り替えた。

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