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22:夜が過ぎたら朝は来るもので その4

数週間ぶりに歩いた街並みは相変わらず活気に溢れていて賑々しい。

ラルゴ曰くダランの街は特別早起きというわけではないらしいが、それでも朝早くから開いている食事処は他と比べて多いらしい。

ダウスフォートは異界の中でも穏やかな性質の獣人が暮らす大陸で、首都のダランは海を解して他大陸との貿易も盛んだが出入りが激しい割りに平和なのは、実力主義の警邏隊けいらたいが導入されているからだ。

精鋭揃いの警邏隊には実は密かに凪も何度かお世話になっていた。

警邏隊の主な仕事はダランの街の平和を守ること。どこぞのヒーローのモットーみたいな内容だが、助けてもらうと有り難さが身に染みる。

何しろここは平和ボケしているといわれる日本ではなく、普通に冒険者なんて職業が成り立つ異世界だ。

武器を片手に歩く屈強な男たちがとりしまわれるわけでもないので、絡まれたらとても面倒である。

凪は見るからにとろくさそうで貧弱なのか、ラルゴが隣にいてもふと視線を横に逸らしただけで何度か因縁を売られた。

こんなに大人しく地味に存在感なくしてもふもふと串焼き食べてるだけなのに、と内心で呟きながら、『付き合え』だの『ついてこい』だの『遊ぼう』だのしつこくする輩を見て、例外なく凪の隣の人物は不機嫌なオーラを放ち、あわや血の雨が降る大惨事一歩手前で計ったように仲裁に入ってくれるのが警邏隊だった。

ダウスフォートの首都、ダランを守護する警邏隊は徹底した実力主義で、年齢性差関係なく二人から三人で組んで行動をしている。

外から入ってくるごろつきなんて束でかかっても目ではない強さを持ち、自らの職務に誇りを持つ熱血漢が多い。

ダウスフォートの王族が首都ダランの平和維持のために作った組織なので上に権力者はおらず、東西南北に合わせて中央の部隊のそれぞれの力を合わせて街を守っているので結束力も高い。

ちなみにそれぞれ守るエリアによって手首につけるブレスレットの色が違い、北は赤、南は白、西は青、東は緑、中央は金色となっている。

凪が住むのは北西なので、もっぱらお世話になるのは奇遇にも瞳の色と同じ赤と青のブレスレットの持ち主ばかりだった。



「お嬢?どうした?」

「・・・どうした、じゃないよ。どうしたって聞きたいのは私の方だよ」

「あー、これか?こいつらそこの店で魚の串焼き買ってるお嬢に粉かけようとしてたんでな、ちょっと痛めつけた」

「いやいやいやいや・・・それがちょっとならラルゴの器の大きさに涙が出そうだよ、私」

「ははっ、そんなに感心されると照れるぜ」

「そのポジティブ思考、別けて欲しい。心の底から、本当に」



片手で鳥の男の襟首を掴んで軽がるとぶら下げたラルゴは、頭を描いて言葉通り照れくさそうにはにかんだ。

しかし当然ながら凪は断じて誉めたわけではないし、感心したわけでもない。

右足の下には猫科の、おそらく豹の男をしっかりと下敷きにしているし、右手で蛇の男の髪もがっちりと握りこんでいる。

しかも相手は戦意喪失状態。明らかに一度伸したとしか思えない傷や、青たんもあった。

ラルゴが凪からそんなに遠い距離を離れるわけもないので、近い距離でここまでされているのに気づかない自分が鈍すぎるのだろうか。それとも龍の腕前が見事すぎるのだろうか。

どうとも判断し難いけれど、やりすぎの感がむんむん漂っている。

せめて周囲の露店や通り過ぎる獣人が無事だったのは感謝するべきだろうか。袋に詰めてもらった魚の串焼きが十キロ以上重さを増した気がして、深く深くため息を吐き出した。

折角ほとんどの朝食を買い揃えたのに、もう暖かい内にはきっと口に出来ない。

ラルゴがボロボロにした獣人の怪我を心配するでもなく、買い占めた食料の行く末に内心で涙していた凪は、ばたばたと聞こえる足音に予想通りの展開になったと、もう一度ため息を吐き出した。



「こんな朝から何をしている!?」

「あたし家に帰るところだったんだけどなぁ~。パパの焼き立てのパン、残ってるかしら」

「お、俺様だって朝の仕込が終わって、今から食事だったんだぞ?何で俺様まで!?」



切羽詰った男性の声に続いて、暢気でマイペースな女性の声、そしてどこか幼さを残した声が続く。

最初の一つは聞き覚えがないものだったが、残りの二つにはすこぶる聞き覚えがあった。

凪より先に気配に気付いていたらしいラルゴが驚きもせずに視線を向かわせ、じとりと眉間の間に深い皺を刻む。



「・・・マジかよ」



うんざりとした、嫌そうな声。

持っていた鳥の男───よくよく見てみたら鷹だった───をぽいっと投げ捨て、凪の腕を引く。

そのまま庇うように自らの後ろに押しやり、自身は声の主と対面した。



「お前が主犯格か」

「主犯っつう言葉はいただけないな。俺はただ、連れを誘拐して売りさばく計画立ててた馬鹿どもを伸しただけだ」

「・・・誘拐計画?」

「ああ。俺の連れは二人といない美少女なんで、下らないこと考えるやつが多いんだよ」



僅かに嘲りを交えた口調は、凪に決して向けられないラルゴの一面だ。

それにしても、まさか誘拐計画を練られているとは思ってもみなかったのでさすがに驚く。

異世界は本当に物騒だ。凪が美少女かどうかはともかくとして、見た目的には珍しいオッドアイの白虎。

ナナンの虎の一族の村長も欲しがるくらいだし、やはりある程度希少価値はあるのだろう。

こうなると現金なものでラルゴの暴れっぷりにも感謝の念が芽生えた。

誰だって誘拐されたくないし、売りさばかれるのも嫌だ。どう考えてもいいフラグじゃない。売られるというなら立場は基本対等じゃないはずだ。いくらウィルの加護があっても許容したい未来じゃない。



「連れってことは、ナギが帰ってきてるのか!?どこ、どこ、どこだ!?」

「ぎゃあぎゃあ喚くな、うるさい」

「っ、喚く!ナギー、どこだー!?陰険な龍に苛められてないか!?俺様、ナギが帰ってくるのずっとずっと待ってたんだぞー」

「あ、ちょ、こっち来るな!」

「ここか、ナギー!」



ぼんやりと視線を伸された獣人に向けていた凪は、いきなり視界に入った銀色に驚いて目を瞬かせる。

そしてそのままぎゅうっと抱き込まれ、強い力に息を詰めた。



「ナギ、ナギ、ナギー。会いたかったぞー。俺様本当に大変だったんだからな」

「・・・・・・うんうん。何があったかとりあえず、涙を拭こうか。そしてラルゴが物騒な武器を振り上げるの止めて。危ないから」



ひしっと首に両腕を回して抱きついてきたガーヴは、琥珀色の瞳から滂沱の涙を流した。

泣きすぎて鼻水まで垂れてきて、べしゃりと濡れた肩口に色々と諦める。

とりあえず目が零れてしまうんじゃないかと思えるくらいに泣きつづけるガーヴに、上着のポケットから取り出したハンカチを差し出す。

片手を凪の首に回したまま器用にびびーっとハンカチで鼻をかんだ狼を見て、背後からラルゴが武器を構えたのに疲れたため息を吐いた。

このハンカチは、服とセットでラルゴがプレゼントしてくれた一品だ。鼻をかまれて怒るのも無理ないけれど、ハンカチは汚れるのが仕事だし、洗うので許してもらいたい。

怒りのオーラを全身から駄々漏らしする龍と、感情が爆発してしまっている狼に挟まれ、このまま取調べを受けるのは嫌だなと集まり始めた獣人の視線にうんざりと首を振った。

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