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22:夜が過ぎたら朝は来るもので その2

「いっ、いて!?───っ、染みるぞ、お嬢!」

「そう。良薬は口に苦しって言うくらいだし、染みる薬も利くよ」

「本当か」

「多分」



傷口に当てるとしゅわしゅわと泡が立つのが面白く、ピンセットで摘んだ綿をちょんちょんと当てる。

ちなみに綿には消毒液になる、真紫の、本当にこれは消毒液と問いたくなるようなフローラルな香りの液体を思い切り染みこませてあった。

最初はこれを使うとラルゴの肌も紫になるのだろうかという純粋な好奇心から、説明を聞いて量を含んでも安全だと理解して実行に移してみたのだが。



「紫にならないね」

「そりゃ、単なる消毒液で染料じゃないからな」

「ふーん」

「・・・残念そうな顔するなよ、反応に困るだろ」



傷口がしゅわしゅわとなるのを見ながら、またたっぷりと消毒液をしみこませた綿を、腕の傷に押し付けた。

一番大きい箇所を残しておいたのだが、イテテと呟く割に彼は表情は綻んだまま。

そもそもこの薬が本当に『消毒液』なのかどうかすら凪は知らない。ラルゴに手渡された薬を何も考えず使っているからだ。

知識は持っていても、活用しなければ意味がない。わかっているが、差し出されたものを疑う必要も感じなかった。

なんだかんだ言っても異世界で一番付き合いが長いのも、信頼してるのも、目の前の一風変わった龍だ。彼が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。

そう、凪は無条件にラルゴを信用している。もしかするとこの『消毒液』の使い方も違うかもしれないが、指摘されない限り大丈夫だと信じてる。



「お嬢、布」

「こっちは布で押さえるの?」

「ああ。絆創膏は小さいからな。このガーゼを巻いて、テープで張れば大丈夫だ」

「包帯は?それだけだと取れない?」

「大丈夫だ。この程度の傷、本来なら消毒液をつけるだけで十分だしな」

「わかった」



素直に頷いて、救急箱の中に収められていたガーゼらしき布を手に取る。

驚いたことにこの世界には、絆創膏やテープなど、なんとなくないだろうと思い込んでいたものがきちんと揃っていた。

顔の小さな傷には絆創膏を貼り付けたラルゴの腕にガーゼを当てて、空いた手でテープを切ってつける。

手先はそこそこ器用な方なので、さして不恰好にはならなかった。

肘を跨いで伸縮性のガーゼが当ててあるものの、曲げ伸ばししても特に不都合はなかったらしい。ラルゴの尻尾が嬉しげにぱたりと揺れる。



「器用だな、お嬢」

「ありがとう」

「そう言えば、なんだかんだで料理も洗濯も掃除も出来るな、運動神経悪いけど」

「うん。料理にも洗濯にも掃除にも運動神経あんまり関係ないからね。要領と慣れじゃない、家事は」

「んじゃ、慣れてるのか?」

「人並みに、お手伝い程度なら」

「それで十分だろ。そういや会った時の野宿もそんなに気にしてなかったよな。あっちも慣れてるのか?」

「いや・・・アウトドアを好みそうなタイプに見える?私が?」

「・・・そうだな」



そろりと視線を逸らして頷いたラルゴは、居心地悪そうに肩を竦めた。

別に特に悪いことを言ったわけじゃないと思うのだが、何をそんなに気まずく思うのだろうか。

凪がアウトドアを特に好んでいないのは事実で、おそらく彼の脳裏を過ぎった『運動神経皆無』や『非力』という言葉も事実だというのに。



「でもあんなに綺麗な格好をしてたのに野宿を気にした様子はなかっただろ?どうしてだ?」

「どうしてって・・・何か理由が要るの?」

「いや、理由は要らないけど疑問が沸いただけだ」

「疑問、ね」



手当てを終えた腕をぐるぐると回しながら立ち上がったラルゴを、座ったまま見上げる。

かなり鋭角なので首は痛い。昨日ウィルに抱きかかえられていた状況で振り返ったときと同じか、それ以上に。

こちらを見下ろしてくる龍は、改めて巨漢なのだと実感した。

仰瞻ぎょうせんという言葉が脳裏を過ぎった。俯瞰ふかんの反対語になるのだが、誰かに対して仰ぎ見る行為をこちらの世界に来てもう何度繰り返したか。

ちなみにもう一つの意味の方は特に関係ない。いや、ある意味で尊敬してるけど。



「あえて言うなら野宿しても危険がなかったからだね。神様の加護(?)もあるし、食料だって、森の中なら知識を使って搾取すればいいし、たんぱく質は無理でも果物類ならなんとかなるだろうし、道は───うん、歩いていればどこかにつくだろうって思ってたし。とりあえず死ななければ大丈夫って考えてたから」

「・・・なんかさ、前から思ってたんだけどお嬢はいい意味でも悪い意味でも見た目を裏切る中身だよな」

「そう?」

「ああ。図太くて肝が据わってて、けど変に小心者で猪突猛進で、石橋を叩いて渡りそうでありながらその実ぶっ壊す」

「・・・それって微妙だね」

「まあ、俺も自分で言っててそう思う。でもそこが『好き』だ」



喜怒哀楽がはっきりしているラルゴがたまに見せるはにかんだ微笑み。

どこか年下の少年めいた幼い仕草に、凪も釣られて小さく笑った。

すると目を軽く見開いた彼は、瞳を三日月形に細めて益々嬉しそうに笑みを深める。

尻尾がゆらゆらとブランコみたいに揺れだして、風圧で髪がふわりと浮いた。



「ちなみに安心して野宿できたのは、ラルゴがいてくれたって言うのも理由の一つだよ。さすがに異世界初日から一人で夜明かしをしろって言われて平然と寝れるほど図太くないから」

「そうか」



尻尾がますます勢いを増した。本当にあの尻尾は顔以上に表情豊かで面白い。

だが面白くても一定距離以上は近づかないのが賢明だろう。戦闘時になればラルゴの巨漢を軽く支える力があるのだ、凪一人なら簡単に吹っ飛ぶに違いない。

ちなみに自分で口に出しておきながらも、まったく見ず知らずの赤の他人の前で爆睡するのもどうかと思う。

つまるところ幼馴染や異界の神に耳にたこができるくらい言われる程度に、警戒心がどこかで緩すぎるのだろう。

ともかく今のところは何とかなってるし、これからも何とかなる。何とかならなくても、時は流れていくのだしとりあえず流れるままに身を任すしかない。

ともかくあと僅かな期間生き残れば、凪は幼馴染たちと本当の意味で再会できる。

彼らを思うだけで口角が緩み、胸の奥から暖かな想いが沸いてきた。

こんなに長期間離れていたのは初めてだし、どれだけ彼らの存在が自分の中で重たいものか、再確認するにはいい機会だった。

落ち込みそうになる凪の機先を制して、ラルゴが明るく問いかける。



「朝食、どうする?」

「そうだね・・・リュールさんはまだ寝てるし、今日は買ってきてここで食べようか。あ、道すがらでガーヴの状況はちゃんと教えてね。一応私がこっちに連れてきちゃったんだし、のたれてたら大変だよ」

「ま、あっちに関しちゃ大丈夫だろ。そいつの服も必要なんじゃねえか?おっかさんとこにも行くか?」

「それは、ご飯の後にしよう。一人きりの部屋で目覚めてずっと一人ぼっちだと不安になるだろうからね」

「ま、妥当だな」



頷いたラルゴは、凪のものよりふたまわり以上大きな掌を差し出した。

それに躊躇なく掌を重ねると、痛くない程度の力で引っ張り起こされ、バランスを崩さないよう背中を支えられる。



「今日は何を食いたい?」

「・・・美味しいもの」

「ははっ、わかった。じゃあ、お嬢の好きなもん色々買ってくか」

「うん」



久し振りに訪れた異世界での日常に、にっこりと笑って頷く。

『お嬢は食事に関しては喜怒哀楽が大きいな』と頭をくしゃりと撫でられて、『美味しいものは正義だよ。安くて美味しいとなおいいよ』と拳を握って訴えたら、眉尻を下げて苦笑された。

ラルゴと共に過ごす時間は割りと心地よいものなのに、彼だってもう凪の中ではどこかにいる誰かじゃないのに、凪には秀介と桜子が必要で、どれだけ優しい人に囲まれていい環境で暮らすよりも、あの二人と一緒にいれるなら全てを置いてどこにでも行きたいと願ってしまう自分が居るのは、紛れもなく本心だ。

彼とあと共に過ごす時間も、もうカウントダウンが始まっている。別れはどう切り出すべきなのかなと今から少し悩みながら、とりあえずは目の前の美味しい朝食と、顔は洗ったものの服は着替えていなかったので、ラルゴが嬉々として選んだ衣装を片手に、服を着替えるべく男二人になった室内から風呂場へ移動すべくドアノブを捻った。

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