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21:現実は割とファンキーだ その5

「お嬢ー!ちゃんと服着てきたぜ、新しいの買ったんだけど似合うか?おっかさんが俺のために誂えてくれたんだけど、お嬢のも色違いのお揃いであるんだぜ。あ、お嬢のはスカートで、『ぷりーつ』?っていうひらひらが可愛いんだ。丈は中が見えると困るから膝小僧が見えるかどうかだけどセットで靴下と靴も購入してるし、絶対に可愛いぞ」



張り詰めた空気を打ち破るように隣接する風呂場のドアを開けた龍は、びたんびたんと太い尻尾で上機嫌に床を打った。

彼が身につけているのはワインレッドのタンクトップと濃い灰色のフード付パーカー。鍛えられた身体の線が出ているが窮屈な印象はない。ズボンは黒で太目のベルトで腰元を締めている。

一見すると強面でも、よくよく見ると端整な顔つきをしている彼に似合うワイルドなファッションだったが、これとお揃いなら結構ハードファッションになるけれど、本当に凪に似合うのだろうか。

じゃらじゃらと首や手に付けられたアクセサリーも含めて、ちょっとしたチャラ男だとこっそりと感想を抱いたものの、チャラ男を説明するのが面倒で無言を貫いた。


しかも気を読まないある意味凄い龍の男は、蒼白な顔で固まっているリュールの前をさっさと横切り、端に備え付けのクローゼットを開ける。

中には見覚えのないぶりぶりレースが施されたドレス系の服や、飾り気はないもののシックで高級そうな素材の服、ボーイッシュで可愛い雰囲気のものや、靴も何種類か増えているようで、あれのお金は誰が払うのか咄嗟に眉間に皺が寄った。



「ほら、お嬢のはこっちだ。可愛いだろ?」



差し出されたのは、ラルゴと同じ色合いのタンクトップとフード付パーカー。黒のプリーツスカートの端とパーカーのいたるところに繊細なレースがあしらってあり、お揃いの服装でも随分と印象は違う。

付属なのか、トップスの首部分にはネックレスも付いていた。ハート型のペンダントトップには可愛らしい羽が一対。

木で作られたハンガーに掛けた一式をぶんぶん振り回して照れくさそうに訴える彼は、きらきらと何かを期待するような眼差しを向けてくる。

まさか、自分が着替えたのだから、今、凪にも服を着替えろと訴えたいのだろうか。


ちらり、と視線を彼の背後に視線を向ける。

相変わらず美貌の狐は顔色を失ったままで、なんて収拾がつかない状況なんだろうと頭が痛くなってきた。

機嫌がいいふりをして絶対零度の苛立ちを宿したままの神様に、彼に半分八つ当たり状態で苛立ちをぶつけられた男嫌いの狐。そして空気を読まない龍の男。

現場は不協和音どころじゃない。これを調律できる人間がいるなら、否、獣人がいるならお目にかかりたい。



「駄龍が。俺の目が黒い内にはお揃いなんて許さん」

「目は黒くねえだろうが。テメェの許可なんて請うてねぇよ、この服は絶対にお嬢に似合う」

「諺だ、馬鹿。確かに俺の凪ならその服も着こなすだろうが、お前と同類に扱われるのは我慢ならない。いいか、凪は上下わかれてるよりワンピースタイプの方が似合うんだよ」

「何だとっ!?」

「レースで飾られてるのもいいが、ストイックなデザインのものも捨て難い。そう、たとえばこんな感じだ」



挑戦的に唇を持ち上げたウィルは、人差し指で宙に円を描くように回す。

すると何もなかった空間からあざとくないデザインの飾り気ないシンプルな、凪が今まで身につけたこともない大人っぽい雰囲気の肩紐なしのワンピースを取り出した。

床に落ちないよう空中でキャッチしたラルゴは、まじまじとそれを見詰めている。

どうだと言わんばかりのウィルの胸の張りように、何故に唇を噛み締めるか。

そこから子供みたいな口論が始まって、緩んだ腕の中からするりと抜け出しても、小学生並の口喧嘩をしている二人は特に気にしない。

ころころと興味の矛先が移る様は幼い子供そのもので、独占欲の発揮の仕方も本当にそれ並だ。

なのに巻き込まれてとことん追い詰められた狐の青年には本当に同情の念が沸く。しかも言いたいことだけ言ったあと、まさかの放置プレイだ。

風呂場から出てきたラルゴも立ち尽くす知人を視界に納めてるはずなのに、鮮やか過ぎるくらいに鮮やかにスルーしていた。

慰めるという単語が彼らの脳には記されていないのだろうか。この状況であるがままに振る舞う自由さと図太さにいっそ感心しながら、そこまで図太くもなく自由に振る舞う根性もない凪は、顔色の悪いリュールに近づいた。



「あの、大丈夫ですか?」



正直、大丈夫かと問いかけるのも変だと思ったが、他に言葉が思い付かず若干視線を逸らしながらリュールの近くまで寄る。

放心状態で形のいい唇を薄く開けている彼の目の前で背伸びしながらひらひらと手を振れば、シャボン玉が弾けるようにぱちりと意識を取り戻したらしく、一重の緋色の瞳を瞬かせた。

その後数度口を動かしたものの、言葉が中々生まれない。喉が渇いているのだろうか。水でも持ってくるべきかと小首を傾げた瞬間、物凄い力で手首を掴まれた。



「・・・あの者は、───いいえ、あの方はどなたですか」

「あの方って、ウィルのことですか?」

「ウィル・・・?」

「おい、俺を愛称で呼ぶんじゃねぇ。それは凪用だ」

「っ」

「ああ、もう。いちいち話の腰を折らないでください。今はラルゴと議論中なんでしょう?」

「こんな駄龍と議論なんかしてない」

「俺だってこんな奴と同レベルの話なんてしてねえ!」

「・・・纏まったら、選んだ服を着ます」

『わかった』



喧々囂々とやりあっていた二人は、呆気ないくらい簡単に纏まりを見せた。

だが額がぶつからんばかりに顔を近づけて一見仲良さげでも、互いの主張は激しくぶつかり合っている。

彼らの間で真の意味で意見が纏まるにはまだまだ時間がかかるだろう。こうしてみると、やはり案外仲良しなのかもしれない。

地球の言葉にも『仲良し喧嘩』というものもあるくらいだし、子供じみた遣り取りも何故かラルゴは許容されている。

しかしあの関係を築く前にラルゴはボロボロに叩きのめされていたから、男の友情に発展させるためには傷だらけになる必要があるのだろうか。

少なくとも凪の手首を握り締めながら空いた手で喉を押さえて咳き込む麗人には似合ってないと、緩く息を吐き出して瞼を伏せた。



「喉、痛みますか?水を持ってきましょうか?」

「・・・・・・」



背中を丸めて何度も咳を繰り返すリュールに問いかけると、薄い涙の膜を張った瞳で一心にこちらを見詰めた彼は、必要ないと首を振る。

どうやら強制的に声を奪われた上、痛みを伴うやり方をされたらしく、背中をそっと掌で叩いた。

踏んだり蹴ったりというか、泣きっ面に蜂というか、ともかく色々な意味で彼の人生の中で今日という日は忘れられなくなったのではないだろうか。



「あの、もうお気づきかもしれないんですけど、私は獣人じゅうじんではありません。耳も尻尾もないですし、ましてや白狐じゃないんです。全てウィルに貰ったこの腕輪で操作していて、私が望めば一応触れる幻覚、とでもいうんでしょうか」

「ならば・・・ナギ様は、『何者』なのですか?」



掠れた声で必死に問いかける彼に、今更隠すのも意味がないと嘆息する。

ウィルが姿を現した時点で覚悟は決まってるし、短い付き合いでも口の堅さは肌身に染みていた。

ダランで過ごす間日常生活を営む上で、凪は『白狐』ではなく『白虎』として暮らすことになる。

何も知らずして共に暮らすことは出来ないし、こちらに連れて来た以上は知っていてもらった方が凪も楽だ。



「僭越ながら、こちらの世界では『神の愛し子』と呼ばれている存在らしいです」

「こら、凪。らしい・・・はいらない。お前だけが俺の唯一の『愛し子』だ」

「───つまり、あなた様が『神の愛し子』でいらっしゃるならば、そちらのお方は」

「平伏せ、狐。俺はこの世界の万物を統べる神なるぞ」

「!?」



いきなり間に入って抱きついてきた挙句、口調までそれっぽく変えて何を言ってるのかと呆れた眼差しを背後に向けようとしたら、それ以前に目の前で本日幾度目かのジャパニーズ・土下座スタイルが華麗に披露されていた。

真っ白な耳が伏せられて、尻尾がピルピルと震えている。それだけを見れば可愛いのに、どうしてこんなに空気は殺伐と乾いているのか。



「何だよ、とっととお嬢の服決めようぜ」

「お願いだから小心者の私のためにもう少し空気読んでください」



腰にしがみつかれてなければ、凪もジャパニーズ・土下座スタイルを決めていたかもしれない。

どっと押し寄せる疲労感に、この場をどう収拾つければいいのか、自らの裁量を遥かに越えた状況だとくらくらと眩暈がした。

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