3:一人目の彼 その4
「とりあえずそのマントは貸しといてやる。雨が上がったばかりで肌寒いだろ?俺は鍛えてるから大丈夫だが、あんたは見るからになよっちいからな」
「・・・なよっちい」
確かに筋肉はほとんどついてないし、運動神経はゼロだ。
しかし幼馴染にすらここまで直接的な言葉を言われたことはない。
あっけらかんとした表情と差し出されたマントで悪気が一切ないのは判るが、率直な言い分に思わず苦笑する。
するとこちらを見ていた金目がまん丸に見開かれ、またふいっと視線を逸らされた。
差し出されたマントはそのままで、両手を伸ばして受け取る。
さっきは座っていたので判らなかったが、防水処理がしてあるらしいこれは意外と重かった。
少しだけ苦労しながら身につけると、案の定長すぎて時代劇に出てくる殿様のようになっている。
「・・・俺のマントじゃでかすぎるな」
「そうですね。でも折り曲げて端を結べばなんとかなります」
「なあ」
「はい?」
「その話し方、どうにかならないか?どうも背筋がむずむずしてならねえ。俺は敬語とか丁寧語とか苦手なんだ」
「気になりますか」
「ああ」
「判りました。じゃあ、普通に話すことにする」
「頼む。あと、乾かしてやるから、ちょっと目を瞑れ」
「え?」
目の前の、先ほどラルゴと名乗った彼が凪に向けて大きな掌を開く。
幾度も潰れたようなたこが目の前にあり、どうするのかと瞬きせずにいると、周囲の植物が揺れた。
ちなみに現在凪が居る道は舗装はされてないが、一応道と呼んでも差し支えない程度に整備されている。
よく言えば大自然に囲まれた場所で起こった突風に驚いてると、短い赤髪をがしがしと掻いたラルゴは困ったようにため息を吐いた。
「やっぱこれも駄目かよ。ホントにあんたには干渉できないんだな。身体拭くっつっても、俺の持ってる布はんな綺麗じゃねえし」
「今の、何?」
「あん?風と火の魔法の応用だ。程よい熱風を当てて身体を乾かそうとしたんだが、すり抜けちまった。髪一つ揺れてねえもんな」
「火傷とか、そんな作用はないの?」
「加減してる。こんな真っ白な肌に、火傷なんか残せねえだろ。・・・まあ、それ以前の問題だったが」
「判った。それならもう一度お願いできる」
「意味ねえんじゃないか?」
「大丈夫」
異界の神は凪が望まない限り生きとし生けるものの干渉は一切受けないと言っていた。
つまり逆説で凪が望めば干渉は成されるということだ。
事実訝しげな顔で再び手を翳したラルゴの力が、今度こそ通り抜けずに身体に当たる。
熱すぎることない熱風が身体を包み、湿気っていた服が乾いた。
確かにこの術があれば布は最低限でいいかもしれない。
望まなければ他者からの干渉を受けないのはある種チートな能力だと思うが、凪としては普通にラルゴのような力がよかった。
熱風が通り過ぎ閉じていた瞼を開けると、驚愕していた彼と目が合う。
「何で今度はあんたの身体を突き抜けなかったんだ?」
「私が干渉を望んだから。ところで私の名前は今岡凪です」
「イマオカナギ?」
「凪が名前。今更だけど、自己紹介。好きに呼んでね。年齢は十七歳、こっちの世界に来るまで学生だったの。他に何か質問は?」
「・・・恋人とか、いねえのか?」
「いない。恋人いない暦イコール年齢。私、もてないから」
「あんたがもてない?嘘だろう?」
「本当。でも私の幼馴染は凄かったよ。身長は私とほとんど変わらないけどいつも凛と背筋伸ばして、綺麗で格好いいの。よく男子に呼び出しされてて、人気がありすぎて女子からは嫉妬の目で見られてた」
「そりゃ凄いな」
「うん」
強制的に成長させられ、実年齢プラスαになっているが、そこは気にしないでおいた。
服が乾いたので、風で乱れたマントを直す。
端を折っても幅が変わらず大きいのだが、それでも何もしないよりマシだ。
折って折って漸く納得できる形にしてから顔を上げる。
「その、さ」
「うん」
「ナ、ナギって呼び捨てにするのは、こっぱずかしいんだ。お嬢って呼んでもいいか?」
片手で口元を覆いながら問うラルゴに首を傾げる。
がすがす音が鳴るので視線を下げてみたら、立派な尻尾がくねって地面を叩いていた。
恥ずかしい名前ではないつもりだが、もしかしたら彼の常識と違うのかもしれない。
段々と地面が抉れていく様に尻尾は痛くないのか疑問を抱きつつ了承した。
「別に好きに呼んでくれればいいよ」
「おう。・・・名前は、まあおいおいな」
「もう質問はない?」
「俺にとって重要な部分はねえな」
「そう」
もっと他に色々と聞くべきことがある気がするが、本人がいいならいいのだろう。
ぽりぽりと指先で頬を掻くラルゴを促して歩きつつ、風景を観察する。
日本で最後に見た光景とほとんど変わらぬ森の深さに心のどこかで安堵した。
とりあえず凪の知る常識から多いに外れるような植物は今のところ見当たらない。
「私から質問してもいい?」
「勿論。ちなみに俺の年齢は二十八歳、独身、恋人募集中だ」
別にそんなことは聞いてない。
緩く口角を上げて金目を面白そうに輝かせた彼に若干呆れる。
秀介や桜子も凪の言葉を聞く前に暴走することがよくあったが、もしかしたら彼も同類かもしれない。
ちょっとだけ懐かしくてくすりと笑ったら、またラルゴは視線を逸らした。
もしかしたら年齢に反して初心で照れ屋なのかもしれない。
「それも中々いい情報だけど、他にも質問。一般の冒険者って幾らくらいで雇えるの?」
ポケットの中の財布を出して中身を確認しつつ問う。
二年間分のお金を用意すると言っていた異国の神は、凪が好きなときに取り出せるよう一番扱いなれた財布に次元を繋げ、使っても使っても中身が減らないようにしてくれた。
聞いてもないのに何故確信を得ているかと言うと、さっき天啓のように脳裏に浮かんだのだ。
呼び出す気はないので確認は出来ないけれど、どうやら彼は一応凪を見守ってくれているらしい。
通常の二年間のお金の消費量が幾らか判らないが、それでも目の前の彼を雇う程度は大丈夫、なはずだ。
「んー・・・一般的には難易度に寄るんだけどな。軍資金は幾らあるんだ?」
「どうだろ。一応二年は困らない程度に貰ってる」
「どの程度の生活ランクでだ?」
「さあ?」
首を傾げたら呆れたようにため息を吐かれた。
一応お金の単位などは判るのに、金銭感覚がない。
「そうだな、ここで適当な金額を言ってもいいが、お嬢は納得しなさそうだな」
「うん。金銭に関してはきっちりと線引きしたい」
「ならギルドでどのレベルがどの金額か確認するか?そっから俺の条件を飲んでくれればいい」
「判った、そうする」
冒険者として世界を回ってるだろうラルゴが言うならきっとそれが最良だろう。
何しろ凪はこちらの常識が欠落しているし、見ず知らずの他人にすら手を差し伸べるお人よしのラルゴなら、今更騙したりしないだろう。
今日会ったばかりでも裏表のない性格なのは何となく見て取れる。
ここまで強面で見上げる巨人だが、厳つい顔やあからさまに常人じゃないオーラを発してる姿とは相反し、とても優しく気遣いしてくれた。
「ダランに着いたらまずは宿を取って、んでその後ギルド行って買い物と食事だな」
「買い物?何か必要なの?」
「ああ。あんたの服買わねえとな。俺の知り合いにいい腕した職人がいるからそこで揃えようや。お嬢にぴったりの服、選んでやるよ!」
「・・・ありがとう」
にこにこと子供っぽい笑顔を浮かべたラルゴは、凪の頭に触れようとして、すり抜けてこけそうになった。
慌てて手をバタつかせてバランスを取る様子を目を細めて眺めながら、どうやらなんとかやって行けそうだと、この場に居ない幼馴染たちに想いを馳せた。