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閑話【箱入りの野生】

*ラルゴ視点です。

「・・・それにしても、随分と世間を知らない狼でしたね」



緩く癖の付いた金髪を掻きあげたゼントは、無駄にそういう仕草が様になる。

場末の冒険者が集う地域の酒場なんて一月ぶりくらいになるが、相変わらずウェイトレスに人気が高いらしい。

いくらゼントが行き着けの常連だとしても、彼の周りにばかりサービス品が増えていった。

どんどんと置かれる皿をさくさくと消化しつつ、結構美味いなと脳内で感想を呟く。

少しばかり纏わり付く視線が鬱陶しいが、喧嘩を吹っかけるような物騒なものも無いので気にしない。

さり気無く周囲を窺えば見知った顔も片手で数え切れない程度にあるものの、虎と龍の組み合わせは珍しいのか、いきずりの冒険者たちの視線もあからさまではなくともいくつか突き刺さる。

だがそんなのはこの街に居を構える前から経験してきているものなので、無視するのに労力はない。

ラルゴ一人の時は視線も分散されないが、粗野な冒険者の起こす喧騒の中でも上品さを崩さない一際異質な雰囲気のゼントが居てくれるだけで随分と面倒も減った。

何しろラルゴが一人で飲んでいると集まってくるのは野郎が大半だ。男に慕われるといえば聞こえがいいが、むさ苦しい上に暑苦しい。

友好的な獣人ならまだいいけれど、腕試しとばかりに食事中に喧嘩を吹っかけてくる輩も少なくない。

伸した後に有り金全部奪って驕らせればいいと、ニヒルな笑顔で陰険な鷹は言うが、ラルゴとしては食事を中断されることがそもそも好ましくないのだ。

その点見目がスマートで瀟洒なゼントがいれば、それだけで何故か売られる喧嘩が減るし、誘蛾灯に群がる虫の如く女性が寄ってくる。鬱陶しければ粉をかけられた本人が上手くあしらうし、前提として気位が高く容姿端麗な虎に声を掛けてくる獣人なんて美人が多いので大抵は歓迎だった。

ラルゴが別にもてないわけじゃないのだが、彼が居るだけで人数と確率が跳ね上がるのは事実である。

もっとも、ここ最近はそういう遊びにも手を出していなければ、場末の印象が深い酒場自体が久し振りなのだが。



「まーな。あれでいて村長の子供で地元じゃもう少し野生あったんだが、環境の違いにまだ慣れてねえんだろ」

「言葉や態度の割には甘口じゃないですか。情でも移ったんですか?」

「・・・まあ、自活できる手助けをするってお嬢が決めたからな」

「その『お嬢』がこの場にいないのに、随分と従順ですね。『龍のラルゴ』ともあろう獣人ひとが」



嘲るように口角を持ち上げて赤ワインを口に含んだ虎は、面白がる様子を隠しもせずに尻尾を揺らした。

嘗て師匠と仰いだ相手のあからさまな弱点を握り、機嫌がいいのだろう。

彼自身も随分と『お嬢』を気に入っているふうに見えたが、個人としての『凪』を見ているのではなく、『龍のラルゴが執着する娘』として好奇心を抱いているらしい。

それはラルゴにとっては好都合だ。この街では、『白虎』のフリをして生活している凪に言い寄る男は多い。

同族の『虎』、近い種族の『獅子』だけならともかく、ラーリィの店の手伝いでモデルの仕事をしている彼女の繊細な美貌に骨抜きになってとち狂う男は種族を選ばない。

そうなると本来の種族である『人間』というのは益々誰にも漏らせない───というか、漏らしたくない『真実』だ。

もし『凪』が『人間』だとばれれば、他種族だからと諦めていた男共が奮起するのは目に見えているし、付属品・・・の『神の愛し子』というブランド名・・・・・を聞けば王侯貴族も黙っていないだろう。

彼女の存在は自分たちの身分に箔をつけるには十分で、伝承通りに『神の加護』を自分の一族に与えられるなんて考える馬鹿がいる確率は高い。

身分に縛られている獣人の考えることなんてラルゴには理解できないが、想像だけで胸糞悪くなるようなことを実行させられて・・・・・きたので経験から察すれる。

彼女には最強の、言葉通りの『守護神』がついているとわかっていても、自分自身の手で、守れるところまでは守りたいのだ。



「───本気、なんですか?」

「本気に見えないか?」

「気色悪く見えます」

「あぁ?」

「威嚇しないでください。しょうがないでしょう、本音なんですから。ほんの一ヶ月程度前までは、もうちょっと格好がつく人のはずだったんだけどなぁ」

「格好つけても意味がねえから仕方ないだろ」



ラルゴだっていい格好をしたいとは思う。だが『凪』がそれを求めていないからどうしようもない。

シリアスな空気を出そうとしても絶妙に流される。名のある名匠が作り上げた芸術品より精密な、生きた人形のような独特の雰囲気を持つ彼女は、触れれば折れてしまいそうな儚げな空気と違い案外図太い。

取り乱すときもあるけれど、基本的にテンションが低いというか、見た目から想像できないくらいノリはいいのだがどうにも掴み辛いというか、あらゆる意味でギャップがある。

彼女と居ると気を張る必要も無くて、自然体で腹の底から笑える。そのくせふとした瞬間に胸が痛いほど締め付けられて、世界の誰より虚弱な存在を守ってやらなくてはと思うのだ。

ラルゴ自身の初恋は遥か彼方に兄嫁に奪われて久しいが、あの頃の想いは彼女に向けるものと形が違う。

強いものに憧れる龍の本能そのままに、強さへの羨望と憧憬が前に立っていた。

兄嫁のようになりたいと、いつか認めて欲しいと幼き自分は努力したものだが、『凪』みたいになりたいとは思わない。

庇護欲を誘う彼女がでたらめな加護を溺愛する神から受けているのも知っている。自分の及びつかぬ存在が守護についてるのも知っている。

それでも気紛れな野良猫が気を許すように、稀に見せる笑顔を守りたいと感じて何が悪い。

好きになったのはラルゴの都合。見た目の麗しさに惹かれたのは切欠で、複雑怪奇な性格にこそどっぷり嵌った。

一目惚れした後に本気になるのも可笑しな話だが、岡惚れはラルゴの性じゃない。懸想している、という表現がぴったりな現状も、自分では中々気に入ってる。



「俺はあの子、面倒だと思いますよ。今まで見てきた誰よりも可愛くて綺麗ですけど、地に足がついていない気がします。大した名目が付いてますが厄介しか呼び込みそうにありませんし、事実振り回されてばかりじゃないですか。ラビウスさんはようやく喉が治って通常の生活に戻りましたけど、今でも根深くナギちゃんに苛立ってますよ」

「ありゃ自業自得だろ。溺愛者が居ると予想しつつもお嬢に手を出そうとしたんだ、あの程度で済んで良かったと感謝するべきだな。あの後、変わった様子は?」

「特にないですね。でも毎日変な儀式みたいのをしてます。薬品臭も絶えず漂っていて、家の中が臭くて堪りません。もう壁にも染み付いちゃってるんじゃないですか?下手に窓を開けて匂いを漏らすのも近所迷惑だから出来ませんし、風の魔法を使って匂いを閉じ込めつつ俺は宿屋で待機です」

「そうか。ま、その程度は予想の範囲内だな。『天罰』とやらが無作為に振るわれなくて良かったぜ」



何しろ凪を溺愛するあの男は本当に規格外なのだ。逆立ちしてもラルゴたちが敵う相手ではないし、そもそも逆らうこと自体が愚かでしかない。

『神様』なんてこの世の絶対者を敵に回して生きていられる今を奇跡と呼んだとしても、神官たちは異論を唱えないだろう。

蟻が月に向かって槍を突き出すくらい彼───この世界を司る神『ウイトィラリル』を敵に回す行為は意味がないものだった。



「・・・俺は一応無神論者だったんですけど、あれを見ちゃうと認めざるを得ないですよね。空間転移の魔法なんて、ラビウスさんたちみたいな特殊な一族でもなしえない、『存在しない魔法』ですもん。かと言って魔力の動きも感知できませんでしたし、力の種類も違うってラビウスさんは言ってました」

「だろうな。あいつがその気になったら赤子の手を捻るどころか、瞬きするより簡単に俺たちなんか消されちまうぜ」

「───そんな強大な存在を前に、『あいつ』呼ばわりできるあつかましさは尊敬に値するんですけどね」

「なら俺を敬え。もっと恭しく接しろ」

「無理です」



笑顔できっぱりと拒絶したゼントを軽くねめつけ、発泡酒を口に運ぶ。しゅわしゅわと弾ける炭酸が喉を通り越す感覚は心地よく、瞳を眇めた。

そう言えば酒を飲むのも久し振りだ。凪が居る間は離れたくなくて夜の街にも散策に出かけなかったから酒を飲む機会もなかった。

彼女が姿を消してからも保護者が必要なお子様が居たので夜は宿にいたし、出かけるときもなるべく連れ歩いた。

ラルゴだけではなく、ゼントやラビウスも付き合わせたのは、この街でそこそこ知名度があるから。

自分たちが保護する相手だと知ってまで手を出そうとする輩は、少なくともこの周辺ではいない。

それぞれ顔が利く分野もあるし、ガーヴの顔を広めたので、何か厄介ごとがあっても手を差し伸べてくれる相手はいるだろう。

実力差を見せ付けるように威圧していたのも、ある程度の経験で尻尾を巻いて逃げようとさせないためだ。

最初に最悪だと思わせておけば、少しばかり大変でもラルゴたちに頼りたくないという意地も働いて、根性も座るだろう。

何しろ相手は村育ちの御曹司だ。戦闘において才能はあるものの、坊ちゃん育ちでどこか甘さが残るのは仕方ない。

ナナンにある閉鎖された村での暮らしと、都会での暮らしはまったく違う。経験を積めば、彼もそれを理解するはずだ。

一応、顔見知りで、子供が好きそうな相手に面倒を見てもらえるよう交渉したし、『彼』の手の内にいるなら大丈夫だろう。

パン屋の癖に無駄に腕っ節が強そうだった上に、凪に対して微妙な罪悪感を持っているので頼まれごとは二つ返事で受け入れてくれた。

大家族の一員になるがガーヴ自身も元々大家族出身で、今はラルゴたちの所為で萎縮しているけど本来は明るく人見知りしない性格なので馴染むのも早いと思う。

交換条件で凪が戻ってきたら一度顔を出すと勝手に約束したものの、彼女も特に異論無く同意してくれるに違いない。

美味しいものが大好きな凪は、彼の作る白いパンも気に入っていたし、付いてきてしまった狼の子を気にしていた様子だったから。


追加でドン、と大盛りの皿に盛られた唐揚げがテーブルに並ぶ。

これも注文した記憶はないが、露出の激しい猫のウェイトレスからの差し入れだろう。

釣り上がった瞳がウィンクした先の狙いは完全に自分じゃないけれど、どうせゼントはラルゴほど食べないのだから、さくっと租借して胃の中に流し込む。

最近開拓した美味しい店リストの露店の唐揚げほどではなくても、これも中々ジューシーで肉の旨みが広がって美味だ。

ばくばくと料理を飲むようにして食べるラルゴに呆れ交じりの視線を向けた虎は、優雅にワイングラスを摘んで口に持っていくと一口飲み込んだ。



「ともあれ、俺としてはお前がお嬢に恋愛感情を持ってないのは何よりだ。勝手に恋敵と思い込んでたが、『面倒な相手』を狙うほど酔狂じゃないもんな」

「あははは、どうでしょう?今はまだラルゴさんのお気に入りだからって理由でからかってるだけですけど、将来は誰にもわかりませんよ?酔狂な虎になるのも厭きが来なくて面白そうです」



くすくすと笑って猫目を油断無く光らせたゼントの表情は、お前こそ厄介者だと言いたくなる位物騒だった。

獲物を前にした虎は、猫科の生き物らしく獲物を甚振る残忍な性質も持っている。

ゼントの本質を見た目に騙されず見抜いた凪の怯えようから、突いて遊ぶ楽しさに味を占めてしまいそうだ。

気分屋で気紛れだが、彼らは一度気に入ると厭きるまで構い倒す。獲物が衰弱しようと自分の楽しみを優先し、相思相愛の恋人でもない限り、片想いされるには面倒な手合いだとラルゴは個人的に考えていた。

愉快気に喉を震わせて上機嫌でワイングラスを転がす虎を半眼で睥睨しつつ、『早くお嬢が帰ってきますように』と、神様ではない何者かにこっそりと祈る。

とりあえず彼女が帰ってきたときのためにもっと新しい味覚を発掘しておくかと、今日の酒場も脳内のメモに書き記した。

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