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20:自由の中で不自由な獣 その8

視界の両端には、鏡に映ったようにそっくりな顔立ちの白い狐が二人。

片や背筋を伸ばして正座をしつつ、たおやかな仕草で着物の裾で口元を隠し、ころころと。

此方豪快に座布団の上に胡坐を掻いて、奔放な仕草で白い肌を曝しながら、からからと。

間違い探しをしたくなるくらい似ている『姉妹』は、どうやら極めて良好な関係を築いているらしい。

姉妹の仲が麗しいのは何よりで、良いことだと思う。たとえ会話に混じれなくとも、ベースが特別な話好きでもないので気にならない。

この一週間の中でもっとも楽しげに喜怒哀楽を露にするリュールを観察するのは厭きないし、嫌じゃない。

むしろ美人は何をしても美人だと感心すると共に、華やかな様子を見て、表情には出なくとも釣られて心は踊りそうになる。

だが───。


きゅるきゅるきゅるり~


会話する二人を前に、酷く物悲しい音が虚しく響く。

控え目ながらしっかりと主張した腹を摩り、情けなく眉尻を下げて歓談中の『白狐』を見上げた。

二人とも凪より身長が高いので、その分座高も上になる。

正座しているリュールに対し、現れた豪胆な雰囲気の白狐のほうが少し視線が低いのは、凪の右前に座るリュールと違い、左前に腰掛ける彼女が胡坐を掻いているからだ。

足の低い膳が用意されていたので男がくるかと先入観が入ったけれど、女性で、しかもリュールとほとんど同じ格好の彼女はどこまでも豪快だった。

着物の前が肌蹴るほど足をかっ開いているわけじゃないが、時代劇に出てくる浪人と比べても堂々とした態度は遜色がない気がする。

それでいて気品は目の前の彼女から隠しようがない。箸使いも流れるように細やかで、沿えた手の動きも女性らしく気遣いの行き届いた繊細なものだった。

観察してると結構な勢いで食事が消えていくのに、がっついている印象がない。

これが生まれの違いかとしみじみ感じながら、くるくるり~ともう一度腹が哀しく音色を立てるのを聞いた。

口内に唾液が滲み出てごくりと喉を鳴らして飲み込む。お腹が空いた。

嗅覚を刺激する美味しそうな香りは、ダランでは味わえなかった和風のもので、嗅げば嗅ぐほど腹が減る。



「っ」



文字通り視線が釘付けになり、餌を待つツバメの雛のようにぱくぱくと口を動かしていると、いきなり視界に綺麗な白が広がった。

ウィルの、侵食する色を許さないとばかりに傲慢な白とは違い、優しく受け入れる柔らかさを持つ白は、凪の視界を遮るようにさらりと流れる。

今更ながら異界の神であるウィルとかなり色彩が被っていると再認識した。色の種類は違えど、眩いばかりの白い髪や、ひと括りにするには勿体無い輝きの赤系等の瞳。

ウィルのそれがピジョンブラッドなら、リュールの緋色の瞳はさしずめ神社の鳥居のようだった。

もしかすると似た色彩には何か意味があり、彼らの間にはなんらかの関連があるのかもしれないが、まあ、どうでもいい。

凪の人生において大した重要性はないだろうし、知らなくても生きていける。そんなものより目の前で湯気を立てている食事のほうが、余程重要だ。



「どうかしたのか?」

「いえ・・・私としたことが、うっかりしておりました」

「小皿?空き皿などなんに使うのだ?」

「食事を分けます」

「食事を分ける?」



手早く箸を掴んで、膳の片隅に置いてあった小皿に、料理の一部を少しずつ乗せて行くリュールは、向かい合わせの白狐の問いにさらりと答えた。

眉間に皺を刻んだ彼女に視線もやらず、一心不乱とおかずやお新香、ついでに野菜も盛り分けてくれる。

どうせばらばらに腹に入るのだが、綺麗に仕分けてくれると見た目も美味しそうで嬉しい。

量が入るわけじゃなくとも、食事が大好きな凪にとって、幸せなひと時だ。芸術センスが優れてるのか、リュールの盛り付けはとても食欲をそそる。

汁物は小鉢に数口分注いでくれるのだけど、今日は料理の品数が多い所為か小鉢がなかった。



「・・・よし、イリア。正直に申せ」

「え?」

「お前、誰を連れ込んだ」

「つ、連れ込む!?」



ボボボッと音が出そうな勢いで首筋から赤く染めたリュールに、ひょいと肩を竦めた。

確かに言葉は少し微妙な印象を受けるけど、いくら彼女が清楚系美女でも同性相手にそこまで意識する必要はないだろう。

言葉が出てこないのか、全身で熱を持った状態でぱくぱくと金魚のように口を動かすリュールを眺めていると、がっちりと視線が絡み合う。



「ち、ちち、違います!私は、そんなっ」

「・・・何をそんなに慌てておるのだ?冗談に決まっているだろう。お前にそれが出来ない・・・・ことなど、誰より私が知っておる」



呆れ交じりの言葉には険などない。ただ当たり前のことを当たり前に告げていると、凪の勘は教えてくれた。

太陽は東から昇るよと言葉にするのと同じ感覚で言われた言葉に、リュールは顔色を普通・・に戻す。

いつも通りの白い肌。滑らかで陶器のように染み一つない色合い。───けれど戻る勢いが良すぎる。

緩く口角を持ち上げて微笑みを浮かべると、持っていた箸と小皿を膳の上に置いた。

穏やかでたおやかな、凪の知るリュールらしい、いつも通りの振る舞い。

だけどこの反応は、平常に戻るというより、血の気が下がると表現するほうが適切じゃないだろうか。

和やかだった空気に包まれていた室内に、ぴんと伸びた糸が張り巡らされた気がした。

触れれば切れてしまいそうなくらい、鋭い空気。一体何が引き金になったか知らないけれど、圧し掛かる重さに、空気の読める日本人の凪は潰れてしまいそうだ。



「そうですね・・・仰るとおりです」

「なら」

姉上・・



言葉を続けようとした白狐に対し、初めてリュールが相手を呼んだ。

姉妹だと思っていたけれど、やはりあちらが『姉』だったらしい。

大凡態度から察しはついていても、言葉として口に出さないから確信は至ってなかった考えを肯定される。

だがそれもどうでもいい。推測が肯定されたとしても、腹は満たされない。

膳の片隅に置かれてしまった小皿を見詰め、一度は与えられると喜んだ胃が、再び物悲しい音を奏で始めた。

思うに、期待させられたあと突き落とされるのは結構辛い。ここの食事を舌が覚えてるので、余計に。

別にこの食事を取らなければすぐに飢え死にするわけじゃないけれど、普通にお腹が空いた。



「私、産まれてから初めて、姉上に秘密を持ちました」

「・・・ほう?」



面白そうに言葉尻を上げた『姉』は、水晶みたいに輝く緋色の瞳をリュールに向ける。

先ほどまで物凄く仲が良さそうに見えたのに、どうしてしまったのだろうか。

こうしている間にも腹は減るのだが、いつ満たされるのだろうか。

よくよく考えてみれば、小皿に分けて貰っても、目の前の『姉狐』が居る限り、食事は摂れないのではないだろうか。

凪が『視る』ことを認めている相手は、この国ではリュールだけである。

つまり、彼女の前で食事を摂ると、空中に浮かんだ料理がぱっと消えるというシュールかつ滑稽な展開が予想されるのだ。

腹が空きすぎていて気付かなかった盲点に、くくっと唇を噛み締める。

折角暖かな食事が用意されていても、今日はやはり、冷や飯を食べる運命にあったらしい。


涙を飲んで暖かな食事を諦めた凪は、なるべく美味しそうな料理を視界に入れないように、そっと視線を畳に向けた。

井草(?)が均等に編みこまれたそれを、指先でつつっと辿ってみる。

目に沿って縦に指を滑らすと擽ったくて、横に動かすとじゃらじゃらした感触が面白い。

食事から意識を逸らすために無駄に畳の目に集中しながら自分の世界に入り込む。



「秘密があると教えるのは構わんのか?」

「ええ。秘密があるとお教えしても、秘密が何かまでは辿り着くことは出来ないでしょう」



男前に問いかける白狐と、ころころと響く笑い声で華麗に躱した白狐。

鏡写しの美貌を持つ二人の狐は、どうやら見目は似ていても中身はまったく違うらしい。

世界に同じ人間は二人といないので、当たり前と言えば当たり前の結論だけど、と正座をしたまま腹に手を当てる。

静かに火花を散らすのはいいが、早めに終って欲しいとささやかに望んだ凪の心を代弁するよう、腹の虫がもう一度憐れに儚げな音を立てた。

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