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20:自由の中で不自由な獣 その7

いつも通りに朝風呂に入った後、いつも通りにリュールの部屋へと戻る。

ぺたぺたと素足の裏の木目の廊下が心地よい。

頬を擽る風が少しだけ寒いかもしれないと小首を傾げながら考えつつ、雲の隙間から零れ落ちた光が照らす庭を眺めて歩くのが日課だ。

はっきり言って贅沢な旅館で一日を過ごしているような気分にすらなる。

凪は存在していても認識できるのはリュールだけ。認識されないなら、気を使われることもない。

基本はあの姦しい痩身の『狐』のカーミアや、可愛らしいキイとミイがきゃあきゃあと騒がしくしている時以外はずっとリュールと二人きりだ。

そしてそれは一日の目を覚ましている時間の大半と同意でもある。


この屋敷にお世話になってからの一週間。

のんびりまったりのってりと優雅に自堕落な生活を送らせて頂いていた凪は、口に出さないだけで、当たり前だがリュールの置かれた特殊な環境に気付いていた。


一週間。それは決して短い時間ではないと思う。

なのに彼女の周りに現れる人物はこの三人だけ。例外はなく、この三人だけだった。

リュールと凪が離れている時間はトイレと風呂の時間くらいだ。その短い間に逢瀬はおそらくないだろう。

眠ってしまえば気付かないけれど、夜半に誰かが来たら夜這いだ。

流石に第三者の凪がいるところでいたすような性癖はないと思うし、いくらなんでもそんな環境が隣であれば気付く───と思う。

そして追加するなら、態々存在を認識できない凪に隠してまで誰かに会う必要はないだろう。

常に凪の存在を認識したがるのはリュールの方で、なるべく片時も離したくないとばかりに傍にいる。

その彼女が凪を偽って得る利得が見当たらなかった。

そう前提が出来ると普通に生活を送るならこの接触人数は少な過ぎる。

こちらの世界に来て一月と少しばかりの凪ですら、トラブル体質というのを抜きにしても色々とインパクトの強い相手と接触しているのに、だ。


『狐のリュール』。

彼女は白を纏う自らを王族と名乗ったも同然なのに、生活も質素で世界から浮いている。

まるで───そう、まるで隔離されているかのように。

リュールの生活範囲にはカーミアとキイとミイ以外、凪しかいない。

行動範囲だけでも想像できるほど広い屋敷を管理するなら、少なくとも十数人単位で人が居るだろうに、誰の姿も見ないのだ。

偶然の一言で片付けるにはあまりにも怪し過ぎる。

だからと言って首を突っ込むほど興味も関心もない。

よって最終的に凪は結論を出すのを止めて、一日の大半を独りで過ごすリュールの話し相手兼遊び相手としてだらだらと毎日を過ごしていた。



ぺたぺたと廊下を歩きながら庭が一際鮮やかに見渡せるリュールの持つ部屋の一室の襖に手を掛け、ふと眉を顰める。

いつも通りの日常が過ぎるのかと思ったけれど、どうやら今日は普段とは違うらしい。

ここに来てから毎日室内には一膳だけ、しかも女性用に脚が高い膳を使って食事を並べてあるのに、向かって上座にもう一膳セットで並んでいた。

乗っている料理は同じ内容だが、心持ちこちらは膳の脚が低い。

膳の使用については色々と種類があるけれど、一般的な理論で行くとあれは男性用だろう。

女性は正座をして背筋を伸ばして食事を取るのを前提に脚が高くなっているのに対して、足を崩して食べるから男性用の膳は脚が低いものだ。

そう考えて思わず眉間に皺が寄る。この一週間、一度も誰かと同席して食事を取ることはなかった。

たとえ一番親しく見えている、あの愛くるしい双子の子狐が相手だとしても。

ならば一体誰がと考えて隣を仰ぎ見ると、僅かに頬を紅潮させたリュールが目尻を下げて微笑んでいた。



「・・・どなたか同席されるのですか?」

「ええ。ナギ様にも是非紹介させて頂きたいお方です。私ごとき存在と違い貴き方でありますが、お時間を割いてくださったようです」

「貴き方・・・」



聞けば聞くほど大して会いたいと思えなくなるのはどうしてだろう。

そもそも王族らしいリュールより『貴き方』とはどんな身分だ。

正直面倒な敬称がつく相手とのかかわりを増やすと、単純論法で面倒が増える気がして嫌なのだけれどどうしたものか。

立ったままの彼女の隣でちらりと視線を室内に戻す。

珍しく湯気の立ったままの食事は、凪の鼻腔に炊き立てのご飯やお新香や干物などの和食らしい美味しそうな薫りを運んできた。

毎日毎日冷や飯をかっ食らっていた昨日までの料理も美味だったけれど、やはり食事は暖かな方がさぞかし美味しかろう。

ダランでは決して味わえない味噌汁を視界に映してしまえば、もう凪は敗北したも同意だった。

『どうせ姿が見えないならば相席くらいいいじゃないか』と心の中の悪魔が囁く。

小さな天使は『面倒ごとの匂いもするよ』と忠告しているけれど、単純に食欲に負けた。

いや、正確には、負ける直前に第三者によってシンキングタイムは破られた。



「息災か、イリア!久方ぶりだのう」

「殿下!」

「殿下?」



凪の位置からは丁度リュールが壁となって見えないところから声が聞こえる。

少しだけ身体をずらせば、痩身の彼女の横から艶やかな羽織が見えた。

見事な紅梅色の羽織は白糸で今まさに咲き綻ばんとする花が描かれている。

重ねられた着物は薄い色から濃い色へとグラデーションしているが、やはり記憶する十二単の着物とは違って枚数が極端に少ない。

凪自身元々着物の知識が中途半端なのもあるけれど、だからこそ地味に重なる知識が先入観となり違和感を生み出した。

一応元居た世界では、淡い色から濃い色に上掛けが変化して行く重ねの総称は『裾濃すそご』と呼ばれる組み合わせだったと思う。

若干現実逃避気味に着物について考察してしまう自分を知りつつ、ふむ、と真正面から相手を見据えた。

こうなると元来表に感情が出にくい顔をしていて良かった。心底驚いていても、周りに気付かれ難い。

もっとも、現在凪を認識できる獣人はこの場でリュールのみだし、それ以前に彼女の視界に自分は映っていないだろう。

何故ならリュールは絶賛『ジャパニーズ土下座スタイル』を実行中なのだから。



「ご尊顔を拝謁───」

「よい、止せ」

「ですが」

「この場には私とお前しかおらん。どうして体面を繕う必要があろうか」



いやいやいや、見えてなくて感じないだけで一応もう一人いますよとささやかながら心の中でツッコミを入れてみる。

しかし声に出さなかったのは、凪の動揺が地味に継続中だったからだろう。

何しろ男前な口調で男前に話す『殿下』と呼ばれた相手の顔は。



「私たちは魂の片割れだ。偽りなどいらぬ」

「・・・ありがたき幸せに存じます、殿下」

「だから止せと言っているだろうに」



しっかりと眉間に刻まれた皺や、喜怒哀楽に乗じて大きく変化する表情こそ違うものの、立ち居地を変えた凪の前で土下座するリュールと瓜二つな顔立ちで、むしろドッペルゲンガーと呼びたくなるくらいにそっくり似ていた。


頭の片隅で天使が呆れ混じりに呟く声が聞こえてくる。

『だから厄介ごとの匂いがするって言ったじゃない』と。

今更遅すぎる警告に、風に煽られて乾いた髪をかき上げて、胸に溜まったもやもやを、息と一緒に長くゆっくり吐き出した。

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