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閑話【その頃の彼は】

*ガーヴ視点です。

苛々と忙しなくテーブルを指先で叩く音に体が竦みそうになる。

全身から威圧的なオーラが駄々漏れで、結局ガーヴは尻尾を丸めて小さくなった。



「ったく、マジでクソ腹立つ」

「・・・・・・」

「どこぞの陰険陰湿根暗盲目性格極悪鷹のお陰で、俺の予定が駄々崩れだ」

「・・・・・・」

「マジでふざけるなよ。テメェがどこの誰にいれ込んでようと勝手だけどな、俺のお嬢を巻き込んでるんじゃねえぞ」



苦虫を百万匹は噛み潰したような声は、低く喉を唸らせるようなものだった。

地面を這うような不機嫌さに、実力では到底叶わないと『本能』が恐怖を訴える。

この数日でいかに自分が井の中の蛙か良く判った。


ガーヴが住む村には、年少であってもガーヴより強い相手など片手の指で収まる程度しかいなかった。

自分の兄の数人と、師であるサルファ、そして父。

戦いにおける勘がいいと誉められ、有頂天になっていた。

あの村の近くには『虎』の部族が住む村もあったが、彼らともやろうと思えば対等に近い立場で戦えたから。

だが考えれば『虎』相手に対等に戦える『個体』など、サルファと父くらいなものだった。

他のみんなは必ず徒党を組んでチームワークを活かして戦っていた。素早さと適度な力を使う連携こそが自分たちの強みだったのだ。

一人でいるとここまで心細くなるなんて、ずっと守られていた自覚すらなかったガーヴは知らなかった。

少なくともあの村で同胞に囲まれていれば、ここまで同じテーブルに座る獣人を恐れる必要もなかっただろう。


恨めしいことに『円卓』になっているここで食事を取っているのは、自分も含めて四人。

右隣に『龍』。左隣には『鷹』。向かいには『虎』。

圧倒的実力差を見せ付けられた『龍』はもとより、種族として敵対してきた『虎』や、やってやれないこともないと思える『鷹』相手にも歯が立たないと『本能』が教える。

彼らに立ち向かえば文字通りぼろ雑巾のようになるのはガーヴだろう。

数日前に見せられた立ち回りで自分が敵いそうな動きをした獣人はいない。

『龍』は圧倒するほどの怪力と己の尻尾を最大限に活かした戦い方をしていたし、『虎』は目でやっと追えるレベルで鮮やかな剣技を繰り出した。

そして最後の一人、本来なら唯一勝てるかもしれない種族の『鷹』。彼は『龍』のラルゴが自分よりも魔法の腕前があるという存在だ。不意打ちするなら兎も角、真正面から向かっても勝てそうにない。

そんな三人の、見た目も雰囲気もばらばらな年長の獣人に囲まれ、今までは風邪のときでも減退しなかった食欲がなくなるという経験を始めてさせられた。



「・・・・・・」

「ははっ、ラビウスさん視線だけ・・ならラルゴさんを殺せそうですよ。瞳孔が開いてますし、怨念を背負ってて怖いなあ。でも視線だけ・・なら勝てるかもしれないですけど、実際は難しいですね。だってラルゴさん、一応あれでも『龍』ですし。口喧嘩は弱くても喧嘩だけ・・・・は強いですからね」



あっけらかんと笑って告げた『虎』の台詞に、頼むからこれ以上雰囲気を悪くするなと心から彼を呪う。

ここ数日で気付いてしまった。いや、強制的に気付かされた。鈍い鈍いと言われるガーヴでも気付かざるを得なかった。

さらさら、ふわふわのお日さまの光を紡いだような金色の髪に、色白の肌。女性的ではないが、見惚れるくらいに美しい容姿をした、絵物語に出てくる王子を髣髴とさせるこの『虎』は、心底腹黒い。

にこにこと爽やかでうっとりするほど雰囲気のある笑顔を浮かべながら、さらりと毒のある台詞を垂れ流す。

しかも確実に相手の心を抉るような部分を選んで、わざわざぐりぐりと刺激する。


今回の場合、前半は『鷹』の、後半は『龍』の怒りのポイントを実に的確に押していた。

先日喉をやられて未だに声を発せない『鷹』は無言で更に怨念を蠢かせ、喉はやられてない上に、彼曰くの癒しを奪われて鬱憤が溜まった『龍』は額に青筋を浮かべた。



「喧嘩を売ってんなら買うぞ?丁度お嬢もいねえことだし、久し振りに全力で相手をしてやろうか?」

「やだなぁ、ラルゴさんてば。年齢も離れている可愛い弟子相手に大人気ないですよ?だからナギちゃんに逃げられちゃうんじゃないんですか?」

「ふざけるな。あれは明らかにテメェらの所為だったろうが。ラビウスとゼントが現れなきゃ、俺はお嬢と二人きりで少なくともまだ一月はラブラブな時間を過ごすことが出来たんだ。この落とし前、つけてもらえるんだよな?」

「え?何言ってるんですか、ラルゴさん。ナギちゃんとラブラブな時間って、それじゃ相思相愛みたいじゃないですか。ナギちゃんは明らかにラルゴさんに恋愛感情は持ってませんでしたし、それってちょっと危ない思考じゃないですか?粘着質でかつ少女趣味って、弟分としても引きますし」

「よし、わかった。お前ちょっと表に出ろ。腐った性根叩きなおしてやる」

「えー?俺は別に本当のことしか言ってませんよ?あ、そうか。獣人、時に真実を言い当てられると頭に来るんですよね。すみません、俺としたことが配慮が出来なくて」



テーブルの上に置かれていたラルゴの手に、血管が浮かび上がる。

先日から毎日通っているギルドの、魔法で補強されたテーブルがメキメキと音を立てて握りつぶされた。

びびびっと尻尾の毛が逆立ち、三角の耳が自然と伏せられた。

気がつけば無言で腕を組んでいた『鷹』も二人の苛立ちに煽られるように席を立ち、そのままギルドから外に出て行ってしまう。

乱暴に扉が押し開かれて三人の姿が外に消えていくのを眺めてから、ガーヴは一人きりになれた脱力感からテーブルの上に突っ伏した。



「・・・君も災難だな」



ぽん、と肩を叩かれて、億劫な気持ちを何とか宥めて顔を上げると、そこにはもう顔見知りになった、可愛らしい名前と反して厳つい身体つきの『兎』の獣人が立っていた。

きっちりと制服を着こなしていかにも生真面目そうな雰囲気を保った彼は、ガーヴがこのダランに来てから知り合った、数少ない常識人だ。



「しかし払うものは払ってもらおう。テーブルの修理代と、昼食代。彼らの分も合わせた請求書だ」



しかしながら現実は甘くなく、常識人だからと言って味方とは限らない。

凪が消えてしまう前にいくらかの路銀を渡されたが、ここ最近出費ばかりでどんどんとガーヴの財布の中身は減っている。

彼女が帰ってくるまでに仕事にありつきたいけれど、何故かあの三人は自分を放してくれず、ラルゴに至っては監視するようにガーヴを共に連れ歩いた。

ついでのオマケとばかりに面倒な尻拭いまでさせられているので、心の汗が目から零れ落ちそうだ。



「これもまた人生経験だ」



静かな眼差しでこちらを見詰める『兎』の男の言葉はきっと正論だろう。

だがその正論に慰められるわけではないし、懐だって暖まらない。

少なくとも精神を安定させるために、姿を消した凪が早く戻ってきてくれるよう心から神に祈りつつ、今日も今日とて泣く泣く身銭を切った。

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