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20:自由の中で不自由な獣

素肌に感じるチクチクとした感触に、スカートではなくズボンで行動すればよかったとつくづく思った。

凪としては衣服は余程肌を覆う面積が少ないとか、奇抜すぎなければ着られればいいのでズボンかスカートどちらでも気にならず、勝手に服をチョイスしていたラルゴの用意したものを身につけていたが地味に後悔している。

気候は温暖のダランなので、ロング丈のプリーツスカートの生地はそう分厚いものではない。薄紅色のブラウスの上には更にそれより濃い色の薄いカーディガンを羽織っているが熱さも寒さも感じない。

脳内で検索して、ダランとほぼ同じ気候の地域を探す。そして弾き出された答えは五大陸の中のサーヴェル。

先日まで飛ばされていたナナンとダウスフォートの間にある大陸は、気候でいえば秋に近い。

ダウスフォートの首都ダランよりほんの僅かに肌寒さを感じるが、この地も基本的に穏やかな気候が続く大陸である。



「───おやおや。これはまた珍しきものを私の庭で見つけたものですね」

「・・・・・・」



背後から聞こえてきた声に、逃避していた現実に引き戻されそうになる。

しかしながらまだ瞼を開ける勇気を持てない。脳内で大凡の予想が付いているのと、面倒に巻き込まれる前の覚悟は別問題だ。

正直に言って困った。こちらの世界に来てからほとんど常に傍に居てくれたラルゴの気配もなく、どころか過保護でありながらも奔放な神の気配もない。

正真正銘一人きり。いや、不信人物と思しき語り手もいるので正確には一人じゃないけれど、そういう問題じゃない。

ついさっきも懇切丁寧に凪がどれほど虚弱且つ運動神経がなく筋力も体力も人並み以下だと熱弁したのに、まったく話が通じていなかったのかと思うと心の奥底から脱力したくなる。



「ふふふ、掴まえました」

「───残念、捕まりません」

「あれまぁ、摩訶不思議な現象ですこと。抱き上げるどころか触れることすらままならないなんて」



ころころと笑う声は、男性とも女性とも判断し難い。

胸いっぱいに息を吸い込み、そのままの勢いで全てを吐き出す。

自らの身体を通り抜けるようにして囲った両腕は、桜子と同じ色合いで白い。

だが目を惹くのは腕の白さではなく、身に纏った衣装の方だ。艶やかなそれは、まるで故郷の文化を思い出させた。

しかしながら『着物』にしては些か裾の部分が広がりすぎている。例えるなら外国人がイメージで作った着物だろうか。

僅かに小首を傾げると、また頭上から楽しげな笑い声が響いた。



「私の纏う服が珍しいのですか?ここらではあなたの装いの方が珍しいものですのに」

「・・・・・・」

「そろそろこちらを振り向いて、花のかんばせを拝見させてくださいな。可愛らしい九尾の白狐・・・・・さん」

九尾の白狐・・・・・



柔らかな口調で促されたことより、その内容にこそ気が引かれた。

確か転移するまで凪の姿は『びゃっこ』は『びゃっこ』でも『白虎』の方だったはずだ。

だが彼の言葉、『九尾』を修飾語としてつければ同じ言葉の響きでも、『白虎』ではなく『白狐』───つまり白い狐を髣髴とさせた。

振り返らずに背後に腕を回せば、ふかっとしたファーのような感触が手に伝わる。しかも一つではない。

無言で手を探ること九回。言葉通りに『九つの尾』が付いてるのを確認し、深く重いため息を吐いた。


転移の前に『白狐』と聞いて、単純に日本で一番有名だろう九尾の狐を思い描いてしまったからだろうか。

それとも凪に激甘の異界の神が無駄に気を利かせてくれたのだろうか。

どちらにせよこの世界の常識の中に『九尾の白狐』が珍しくないことだけを祈るしかない。

一気に疲れを感じて草が生えた地べたに倒れこみたくなるのを気力で堪えて掌で全身を支えると、後ろから楽しげに弾む声が聞きたくなかった言葉を耳に届けた。



「それにしても『九尾の狐』、それも『白狐』ですか。伝説上・・・にしか存在しないと思っていましたけれど、会いたいと望んでみるものですねぇ。毛並みも白に白銀が混じって日に透けて目にも眩いくらいです。薄い色合いの髪も緩やかに波打ち、わが国の豊穣の秋を思い起こします。風に凪ぐ金色の稲穂の海。触れれないのが惜しくもあり、だからこそ幻想的でより美しく感じますね」



聞きたくなかった。今滔々とした言葉の流れの中に、伝説上・・・なんて嫌になるくらい身に覚えのあるものが紛れていた。

何もしなくても『神の愛し子』という二つ名の伝説上の生き物なのに、変化をしても尚伝説上の生き物ってなんだろう。

求めるのは平凡で凡庸な生活なのに、なんとも間の悪い自分にいっそ感心してしまうくらいだ。

挙句の果てにその突きつけられた現実とは違う意味で耳を塞ぎたい台詞の数々。

疑惑は確信へと変わり、このまますっと消えてしまおうかと一瞬迷う。

だがその僅かな躊躇で全ては終わっていた。

唐突に視界が陰り、条件反射で俯けていた顔を持ち上げると、すぐ間近に濁りのない綺麗な赤い眼。

ウィルの瞳をピジョンブラッドと例えたなら、この『狐』の瞳は緋色だろうか。いや、茜色にも近いかもしれない。

切れ長の一重の瞳を優しげに眇めた『狐』は、嬉しそうに凪の顔を覗きこんだ。



「白くて滑らかな陶器のような肌に、澄んだ空よりも濃い蒼と夕焼けよりも尚赤いあか。白魚のような指先には真珠のように滑らかで愛らしい爪が飾られ、唇は膨らみ始めた桃色の蕾を彷彿とさせます。まろい頬は触れたら指をどう弾くのでしょうか?しっとりと滑らかで手に吸い付くような感触なのでしょうか?」

「・・・・・・」



凪からしたら羨ましいくらいのさらさらキューティクルヘアは、ちょっと見たことがないくらい真っ白だ。

以前会ったダイナス家の子兎たちも真っ白な髪と赤い瞳だったけれど、彼らとは同じ色味が違う。

子兎たちの白がクリーム色っぽい白であれば、こちらの『白狐』の毛の色は青みがかった白。

どちらかと言えば『狐』のほうが冷たく感じる白。じっと瞬きを惜しんで見上げ、不意に脳裏に浮かんだ色は日本の伝統色である『月白げっぱく』。

潔癖なまでの白だけれど、穏やかな雰囲気がそれを払拭する。

綺麗に肩を越すあたりで切り揃えられた髪は、さらりと首筋を流れて揺れていた。

思わず手を伸ばして一房掴むと、桜子と似た感触で絹のように滑らかだった。



「私から触れることは出来ずとも、あなたからは触れることが出来るのですね。あなたのように愛らしい『子狐』から触れられるのは、なんとも面映くもあり、擽ったいですね」



くすりと微笑んで孤を描いた唇は、なんとも色っぽく艶やかで、目の前の『狐』の性別をとても曖昧にぼかしてしまう。

見目も中性的で美しい『佳人』という表現が似合うだけに、微かに眉根を寄せて小首を傾げた。

ちなみに『子狐』と称されたのはスルーだ。ここの『狐』の成人年齢がわからない以上、余計な突っ込みはしないでおく。



リュール・・・・

「・・・え?」

白狐のリュール・・・・・・・さんはあなたですか?」



穏やかな顔に純粋な驚きが広がっていく。

何をそんなに驚くことがあるのか。問うたこちらこそ逆に驚いてしまうくらいに目を丸くした『狐』は、困ったように眉尻を下げた。




「さて、私のいみなをご存知のあなたは、一体どこのどなたでしょうか?触れることも出来ず、瞬きの間に唐突に庭に姿を現した。獣や化物にも見えませんし、私の作り出した泡沫の夢ですか?」



凪の思い違いでなければ、女物に見える着物に似た華美な装いをしたその『狐』は、どこか寂しげに微笑んだ。

翠、蒼、赤、黄。

よくよく見てみれば髪には幾重にも結び紐が複雑に絡まっている。

衣類は日本のものと比べると袖口が大きめの着物を重ねて着ていた。

以前桜子に教えてもらった色目で例えると、白に紅梅。確か雪の下と呼ばれる襲色目じゃなかっただろうか。

庭や空を見ても季節は冬でも春でも無さそうなのに、季節はずれな色目はこの『狐』に似合っていてもどこか不思議な気がした。

いいや、もしかすると凪の暮らす世界と違い、こちらの世界は着物に襲色目という概念がないのかもしれない。

とりあえず断言できるのは、この『狐』がやはり『リュール』と呼ばれる相手であり、ラルゴが顔を赤くして蹲ったのと同程度の発言をしても顔色一つ変えない、ある意味の強者だというところだろう。

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