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19:人は慣れる生き物である その10

凪にとって『存在』そのものは軽いものだ。

人により考え方は色々とある。その人たちの考え方を否定するのではない。

ただ、凪にとっては・・・・・・明確な線引きが存在した。

凪にとって『存在』とは、個人で抱く分には重みを感じられない。吹けば飛ぶような軽いものだ。

赤の他人が事故で亡くなったとテレビの放送で知り、涙を流し心から哀しめる人物は果たして何人いるのだろうか。

心からその存在を尊び、慈しみ、悲しみと共に涙を零す人はどれだけいるのだろうか。

テレビから流れる名前と年齢と性別を読み、それだけで本当の意味で心から悼むなど、凪には出来ない。

その『存在』に対して『心』を預けた人ほど、本気で悲しむことは出来ない。

常時情報が入ったとして、自分に出来る何かをしても、心のどこかで遠いと感じてしまう。

痛みを『想像』出来ても、本当の意味で『共有』が出来ない。だから個人に感情を抱けない。


人は、いいや、生きとし生きるものの価値は、誰かから受け取る『想い』があって初めて重みが出るのだと思う。

凪の中でこの理論は生物だけに限らず、植物やそうでない万物全てに対して共通していた。

例えば胸に抱く『想い』があるからこそ、家族や恋人は特別で大切だ。

例えば大切な誰かとの『思い出』があるからこそ、プレゼントや記念品は感情を波立たせる。

例えば近しい人が亡くなって悲しいのは、その人に預けた『心』が自分を苛んで苦しめるからだ。


ならばその相手に対して『想い』が欠片もないのなら、『存在』に対する価値も重みもあるはずがない。

袖触れ合うも多少の縁と日本には諺がある。

だがその諺は凪には当てはまらない。目の前の鷹の存在は、掌の上で跳ねる紙風船と同じだ。

ぽんぽんと軽くて呆気なく宙に浮き、風が吹けば飛んで視界から消えていく。

僅かに力を篭めれば呆気なく破れて、水に浸せば緩やかに融け、丸めて潰せば小さくなって押し込まれる。

暫しの間興味を引いても、長時間は関心を保てない。そして凪くらいの年齢になれば大凡欲することも無い、一時的な存在。

薄情と言われても、冷たいと言われても、凪の『心』に彼は残らない。



「あなたは私が『神の愛し子』だから興味を持っているようですが迷惑です。『神』であるウィルを妄信するのは自由ですが私にちょっかいをかけるのは止めて下さい。今回体験して、私が『神の愛し子』というのは実感できたでしょう?それならもうあなたの論理は立証されたわけですし興味を引く何かはないはずです。今回は止めれましたけど、私がいない場所で妄信する相手に消されたくないでしょう?それとも、『消されても本望』だなんて下らない言葉を仰りますか?」

「・・・だったらなんだ?俺はリュール・・・・と違う。俺が俺の命をどうしようと自由だろう」

「・・・・・・」



強い眼差し。こげ茶色の瞳は再び力を持って凪を射抜いた。

だがそれももうどうでもいい。彼の発言は、好ましいものではない。

彼の価値観は彼のもの、それにどうこう口出しをする気はない。

それでも決定的に食い違う価値観は、凪にとって不快感しか与えなかった。

あの鷹の言葉は凪には『命』を簡単に捨てられると言ってるように聞こえてならない。


凪にとって・・・・・・『存在』はそれだけを見れば重さはないと思っている。

けどれど、彼の周りには『彼という存在』に重みを加える・・・・・・獣人がいるのに、どうしてそれを理解せずに、彼らの目の前で捨てれると断言できるのだ。

彼を庇うために自らの命を張ったラルゴがいるのに、どうして簡単にあの言葉が吐けるのか。

理解する気も無いけれど、気が合いそうにないというのはわかる。

じんわりとした嫌な感情が、腹の底から沸いてきた。複雑に入り混じった、嫌悪や、苛立ちや、哀切や、苦しみ。それらを振り切るため一度だけ深呼吸をすると、質問の矛先を変えた。



リュール・・・・・・・そう言えば、ラルゴも出会った初日にその名前を呼んでたね?」

「へっ?」



突然に名前を呼ばれたのに驚いたのか、未だに鷹の頭を鷲掴みにしたままのラルゴは、裏返った声を上げた。

そして考え込むように視線で何もない宙を見詰めて、こてりと首を傾げる。



「私の見た目を教えて欲しいって頼んだときに、立て板に水とばかりに言葉が流れ出たでしょ?その時に『リュールやゼントじゃねえのに、これじゃあの女誑しを笑えない!!』って」

「そんなこと、言ってたか?」

「うん。言葉尻は違うかもしれないけど、こんな感じのことを言ってた。あの『鷹の人』が言ったリュール・・・・と同じ人?」

「あ・・・ああ、そうだ。俺たちの共通の知り合いで『狐』───しかも『白狐』なんだ」

「ふうん」



白い『狐』。『狐』というと黄色の動物を思い浮かべるが、白が修飾語として頭に付けば、なんとなく九尾の『狐』のイメージが沸いた。

『狐』と言えばあやかし

あやかしの『狐』と言えば、玉藻前たまもぜん

彼女は白面金毛九尾の狐だったらしいけれど、本で読んだおぼろげな情報が脳裏に描かれた。

凪を抱く腕が微かに揺れる。どうやら髪を一通り弄くって満足したウィルが凪の頭の天辺に顎を乗せて笑っているらしい



「興味が沸いたか?」

「───少しだけ」

「なら送ってやるよ。この鷹の前にいて気分を悪くするより余程健全だ。俺の与えた加護をちゃんと上手く使えよ」

「え?」



驚いて首を直角に曲げて物騒な発言をした神様の顔を覗き込もうとし、瞬きをした瞬間に景色が切り替わった。

勝手に椅子になっていた、少しばかり硬いクッションで好き勝手に触れてくる存在はもういない。

瞼を閉じたままスカートから除く素肌に触れるチクチクとした草独特の感触に眉間の皺が深まるのを感じつつ、人の慣れとは凄いものだと自身に感心して思い切り重たいため息を吐き出した。

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