小噺6
*活動報告からの再録です。
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
果てしない沈黙が、どこまでもどこまでも続いていく。
縁側に腰掛けて日本庭園をぼんやりと眺める少女の横顔を、忠行もまたじっと見詰めた。
麗かな春の木漏れ日は、ひよこのようにふわふわとした髪を照らし、細く柔らかなそれを普段よりも一層金に近付かせる。
ぼんやりと流れ行く雲を見詰める瞳は、妹に言わせると海よりも澄んだ蒼。
空よりも濃く、忠行に言わせれば、どんな宝石でも敵わない蒼で瞬きすら惜しむようにして空を仰ぎ続けた。
抜けるような白い肌は日焼け知らずで、真夏でも白いままだ。
彼女の幼馴染のヤンチャ坊主が日に焼け易い体質なのもあるが、春でももうくっきりと色の違いが出来ている。
ちなみに最愛の妹は、ちょうど少女とヤンチャ坊主の間くらいの色合いだ。
しかし妹の白は日本人らしい黄みがかったもので、ハーフである少女のものとはまた違う。
彼女の見た目は父親と母親を黄金比でブレンドしたようなものだが、それぞれの特徴はきっちりと受け継いでいた。
緩やかに癖のついた髪と眉の形は父親似、金色に近い髪色と抜けるように白い肌や青い瞳は母親譲り。
そして穏やかでマイペースな性格は両親から受け継いでいて、一種独特な近寄り難い空気は彼女自らのものだろう。
初対面の印象こそ悪かったものの、年月をかけて近付いた距離で、忠行は知っている。
見た目こそ名匠が丹精篭めて作成したビスクドールのような凪だが、その実中身は意外とフランクだ。
話しかければ話を返すし、人見知りをする性格でもない。
それどころか幼馴染として過ごす三人の中で、ここぞという時一番胆力を発揮するのは運動神経皆無の少女で、決断力も思い切りも踏み切ってしまえば良過ぎるほどに良い。
むしろ勢い付き過ぎだと、いつも両隣を陣取り喧嘩する二人が慌てて留めるくらいの勢いでいきなり猛突進したりする。
ただ纏う空気が彼女の周囲だけ澄んでいるように見えて、普通の人間は話しかける切欠が掴めないだけ。
事実、桜子の練習を見学する凪に声をかけたくてもかけられない門下生は、片手では納まらない人数がいた。
ちなみに我が最愛の妹も同様に人気が高いが、彼女の場合は自ら『寄るな、触るな、近付くな、むしろ凪にも触れるな』とばりばりと毛を逆立てた猫並に威嚇する気配を発しているので、基本的には心配していない。
それに凪は桜子しか見てないし、他人に話しかけられても、すぐに会話の内容すら忘れてしまうのだろう。
愛くるしい美貌から考えられないほど、他人への興味が薄い少女なのだ。
身内と他人への線引きは厳しく、おそらく凪に本当の笑顔を向けられるのは、彼女の家族と秀介の家族、そして桜子の家族である自分たちくらいだろう。
付き合いの長さもあるが、自分たちは幼馴染の『家族』であるからと言う意味合いが大きい。
他人との愛想笑いは会話中でも僅かに浮かべたりするが、蕾が膨らんで花開くような、あの全開の笑顔はきっと凪の両親と桜子と、ついでのオマケで秀介だけへの特権だと思えた。
何が彼らをあそこまで惹き付けるのか知らないが、何年経っても彼らは不思議と昔から変わらぬ関係を維持し続けている。
そろそろ異性を意識し始める年齢だろうに、彼らは『幼馴染』として一つの枠に存在していた。
忠行自身、幼馴染と呼べる付き合いの人間は居るが、異性であそこまで親しくしている相手は居ない。
彼らの年齢が自分くらいまで上がればまた別かもしれないけれど、そんな未来はありえない気がした。
桜子、凪、秀介。
三人揃って丁度いいバランスを保つ彼らが、離れるところは想像できない。
いい加減一生子供で居られないと判る年齢になっているのに、それでも三人がそれぞれの握っている手を離す姿は幾度ためしても脳裏に描けなかった。
男相手でも一歩も引かない桜子と、女相手でも対等にライバルとして認めている秀介。そんな二人の間で仕方ないなと自分を奪い合う彼らを眺めつつ、時に仲裁をする凪。
何年経っても、何十年経っても、変わらない絆が目に見えるようで、眩い太陽を直視してしまった時の様に、凪を見詰めていた忠行は瞳を眇めた。
「凪ー!新作コンビニスイーツ買って来たぞ!」
「凪!私は角の和菓子屋で饅頭を買ってきた!」
『どっちから喰う!?』
声を合わせて問いかけた彼らに、凪は無表情に近かった顔をじんわりと綻ばせた。
「お帰り、秀介、桜子。それなら私が美味しい緑茶を入れるから、みんなで順番に食べよう。おば様に台所を借りて私はホットケーキを焼いたから」
「なら、俺はホットケーキから食う」
「私もだ」
素早く言い切った二人は、満面の笑顔でそれぞれの戦利品を片手に靴を脱いで縁側に上がってきた。
そんな二人の視線には、凪の横に座っていた忠行に見向きもしない。
ヤンチャ坊主はどうでも良いとして、最愛の妹に見向きもされないのは、いつものこととはいえ地味にダメージが深かった。
和室の中に駆け上がった彼らにため息を吐き出し、緩く首を振る。
「・・・忠行さんも行きましょう。どうせ二人とも何も言わなくても、忠行さんの分も用意してるんですから」
無言で落ち込んでいた忠行の前に、小さくてまろい掌が差し出された。
やわらかそうなそれは、実家が道場である忠行からしたら、信じられないくらい頼りなさ気に映る。
握り潰さないよう細心の注意を払って触れてみれば、相変わらずマシュマロみたいな癖になりそうな肌触りだった。
振り返れば和室に準備されたちゃぶ台の上に、さくさくっと戦利品を人数分並べる二人の姿。
きっちりと四人分用意されたお菓子を見て、仕方がないなと苦笑した。