番外【ひな祭り】
*秀介視点です。
ひな祭り。桃の節句とも呼ばれる行事は、娘を持つ家庭では割とポピュラーな行事だと思う。
そしてここ、どこに出しても自慢できる最愛の娘を持つ『高屋敷家』では、誕生日、お正月と並ぶ一年でももっとも重要な行事の一つだった。
カシャカシャ、パシャパシャと絶え間ないシャッター音とフラッシュが立つ中、秀介は唇を尖らせてひな祭りケーキを口にする。
ちなみにどれだけ食べても普段ならすぐさま飛んでくる叱責はまったく無い。
どころかライバルであり、普段なら年齢と体格差から一方的にやりこまれる恋敵の兄たちの皿の上のケーキをフォークでぶっさしてぐちゃぐちゃに崩しても、ちらりとも視線もくれない。
勝手知ったる他人の家と、台所まで行き冷蔵庫から取り出したタバスコをこっそりとケーキに仕込んでも、目聡い兄弟は気づかなかった。
何故なら、彼らには、否、彼らも含めた高屋敷家の一家には目下遂行すべき任務があるからだ。
「はーい、凪ちゃんこっち見て。笑顔が可愛いね」
「桜子、視線は少し下向きに。凪に寄り添うように手を置いて」
「ふむ、さすが我が孫とその親友。愛らしさでは世界でも群を抜いておる」
「本当ですわね、お養父様。桜子の着物も凪ちゃんのドレスもオーダーメイドにした甲斐がありました」
「凪、桜子、今度は二人で手を繋いで額を突き合わせる様に向かい合ってくれ」
上から順番に、桜子の父、秀頼、桜子の祖父、桜子の母、忠行と、家族の中心である娘とその親友を中心に大盛り上がりだ。
毎年恒例のひな祭り会だが、本当に進歩がないというか何というか、覚えている限りこの光景は変わらない。
一応秀介の家にも妹が居て実家でひな祭りを祝うけれど、毎年絶対に意地でも高屋敷家の行事に顔は見せていた。
何故ならそうしないと、大事な幼馴染で初恋の相手が恋敵に独占されるからだ。
凪の家でも一応お雛様とお内裏様は居るが、桜子の家のように七段飾りというわけではない。
なので彼女の両親はどうぞどうぞと誘う桜子と、彼女の家族の好意に甘え、盛大なひな祭りパーティをする高屋敷家に娘を連れて行く。
その際自分たちまで邪魔しては悪いからと、イギリス生まれの凪の母親手作りのスコーンとクロテッドクリーム、後はイチゴジャムとブルーベリージャムを差し入れに、娘をお願いしますと一礼して帰ってしまう。
そして毎年女の子の権利だと言い張る桜子は翌日までしっかりと凪を拘束し、彼女の家族も目に入れても痛くないくらい可愛がっている二人の写真を最低でも百枚は撮って満足する。
この家族の凄い所は、それぞれが自分のカメラを用意している部分だ。
学生の身なのでお小遣いから使い捨てカメラを購入する兄弟や、実費でデジカメや一眼レフを購入した祖父やご両親。
激写しまくりそれぞれの写真の中から選りすぐられた会心の一枚を、毎年ひな祭りの翌日に居間に飾る。
ちなみに去年の会心の一枚は祖父で、その前は秀頼、その前は母と順番まで覚えている。
年齢と共に愛らしさに磨きが掛かっていくと、デレデレと写真を眺める高屋敷家の一員を見るのは、最早秀介にとって慣れたものだ。
それどころか、この家の子供でもない凪の写真すら客に自慢する姿を目にするのも珍しくない。
実際、自慢したくなるくらいの愛らしさを凪は持ってるし、桜子も凪と居ると満開の笑顔で可愛いと言えなくもなかった。
ひな祭りでもハーフである凪は桜子ほど和服は似合わないからという理由で着物は着ない。
今日は淡いブルーのシフォンドレスというものを着ていて、下に行くほど重なる布が金魚のようにひらひらしていて目にも鮮やかだ。
対して見るからに和風な桜子は、黒髪が栄える緋色の着物だ。鮮やかに白百合が描かれたそれは、彼女のためだけに存在する着物だった。
正反対な見目であるが故に互いの似合うものがわかる二人は、相手に着て欲しいものを強請るために自分も相手から強請られた装いをする。
今回は桜子が凪に蒼のドレスが良いと強請り、それを受けた凪が、それなら赤っぽい色の着物を着て欲しいと頼んだのを秀介は知っていた。
西洋のビスクドールのような凪。日本人形のような桜子。
相反する属性を持ちながらも、彼女達は紛れもなく、どこに出しても恥ずかしくない群を抜いて顔立ちが整った幼馴染だ。
「・・・桜子」
「どうした、凪」
「そろそろ、お腹空かない?」
「うむ、そうだな。では一緒にケーキを食べるか」
「うん」
写真撮影が放っておけば何時までも続くと知っている二人は、フラッシュやシャッター音を無視して、滑らかな高級感溢れる座卓の前に座る。
この二人の座る場所にはいつも色違いで和柄のウサギとひよこの絵が描かれた座布団が敷かれていた。
桜子と凪の両隣は大抵秀介と忠行、秀頼の三人で取り合いになり争いが勃発するが、大人はさすがに参加しない。
正確に言えば凪の隣しか狙っていない秀介は、今回写真を撮るのに忙しい兄馬鹿二人に先んじていたので、ちゃっかり桜子の隣を奪った秀頼と違いあぶれた忠行を嘲笑う。
一瞬だけ鋭い視線を向けた彼は、しかし気を取り直すと凪の向かいに腰掛けてまたカメラを構えた。
普段なら許されないマナー違反だが、凪の誕生日と、桜子の誕生日と、正月は別だ。
この日は彼らのお姫様がおめかしをする日なので絶対に外さない。
凪の誕生日は彼女の家で誕生日会が行われるのだけれど、親しくしているからという理由で桜子と、漏れなく彼女の馬鹿兄二人も御呼ばれする。
それについては秀介も双子の弟妹がついて行くから同じなのだが、もっと他にやること無いのかと言ってやりたい。
互いのケーキを交換して口に運ぶ少女たちの姿を激写しまくる彼らを眺め、心の底からうんざりとため息を吐いた。
(早くあいつらが、タバスコケーキを食えばいいのに)
恒例として家族に一口ずつケーキを運ぶ少女たちの手に掛かれば、あの兄馬鹿たちも断れまい。
くつくつと喉を震わせた秀介は、隣に居るからと桜子の次に凪にケーキを口に入れてもらい、一気に上昇する気分の中考えた。
ケーキを食べさせてもらった瞬間に写真を撮ってくれたのはきっと桜子の母だろう。
チラリと視線を流してウィンクした和服美女の彼女に微笑むと、自分と凪のツーショットと、ついでのおまけで三人で撮った写真だけはいつも通りに焼き増しをお願いしようと心に決めた。