小噺5
*活動報告からの再録です。
桜子の親友は、自覚なしにもてる。
幼馴染であり、尚且つ親友兼悪友と共に彼女の周囲の害虫を目に入る限り駆除してきた桜子は、迷いなくそれを断言できた。
高校入学時に奨学金を得るために主席入学をした凪は新入生代表として新入生の宣誓を行い、それに応え生徒会長から歓迎の言葉を贈られた。
他の人間は知らないが、桜子は基本的に行事に関心はない。
無礼かもしれないけれど、校長やPTA会長などから延々と続く式辞などは右から左へ聞き流し、ガン見して精神集中し一言一句聞き漏らさぬように気をつけたのは、愛しい幼馴染の言葉だけだ。
真新しい紺色のブレザーに白のブラウス、臙脂のネクタイに黒のプリーツスカートと同色のローファー。靴下は凪らしく清潔な白。
ふわふわとした限りなく金に近い茶色の髪はまるでヒヨコのようで、見るたびに顔を埋めてぐりぐりしたくなる。
背中を向けている所為でヨーロッパの海を髣髴とさせる綺麗な蒼の瞳は見えないが、変わりに鈴を転がしたような耳に心地よい声が響いた。
いつ聞いてもうっとりする美声に酔いしれていた桜子は、挨拶を終え自分同じ特進科のクラスの列に戻った凪の晴れ舞台を頭の記録媒体にきっちりと記録して、ふと正面を向いて気付いてしまう。
新入生の挨拶に歓迎の言葉を述べた生徒会長が、あからさまなまでの熱視線で凪を見つめていることに。
我に返ってさり気無く周囲を見渡せば、明らかに日本人離れした美貌を持つ幼馴染に視線を向ける輩は片手では数え切れないくらい居て、怪しからんことに教師陣の中にも存在した。
筆で一筆書きしたような柳眉をきゅっと吊り上げると、苛立ちで心が満たされる。
美麗な顔は怒りで歪められ、古来より言われるとおり美人が怒って夜叉になった。
(───許せない)
心を満たすのは、混じり気ない嫉妬。
凪に何かをしていなくとも、邪な想いをもって視線を向けるだけで我慢ならないくらい、桜子は彼女に執着を抱いている。
凪を独占していいのは、凪の心に触れていいのは、自分と悪友のただ二人だけ。
他の誰にも彼女を望もうとしてはいけない。他の誰も一定距離以上彼女に近付いてはならない。
この権利は強い絆で結ばれた、自分たちにだけ与えられた特権なのだから。
同じく学年に一つしかない体育科に所属する悪友も、今の状況を苦々しく思っているに違いない。
この場から見えなくとも手に取るように理解できる思考は、性差を越えて互いの『想い』を認め合っているからだろう。
(とりあえずやるべきことは、昔と変わらないな。露払いは秀介に任せて、私は凪のガードに撤すればいい。どうせ他の誰も、私たちの間には入れないのだから)
どこの誰が凪を求めたところで無駄なこと。
見た目と違い砂漠のように渇いた凪の心を真の意味で潤せるのは、親しくしている秀介の家族でもなく、溺愛してくれている桜子の家族でも無理だ。
傲慢なまでの自覚を持ち、華奢な幼馴染に憧憬の眼差しを向ける輩に侮蔑の眼差しを送る。
世界の誰が束になっても、自分たちから凪は奪えない。
延々と科目担当の教師を紹介する男を冷めた眼差しで眺めつつ、自身の思考に没頭していた桜子の唇がゆるりと弧を描いた。
いとし、いとしというこころ。
親友に向けるべきではない想いを抱いた自分の独占欲を、我慢する心など欠片も持ち合わせていなかった。