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19:人は慣れる生き物である その7

まったくの蛇足だが、凪が知る限りこの世界の椅子は数種類ある。

露店での買い食いを基本としている凪は、レストランのような場所で食事を取るのは宿屋内にある喫茶室のみだが、そこで観察した結果はこのギルド内でも反映されていた。

宿屋の喫茶室を利用する際も他に獣人がいない貸しきり状態以外ではラルゴが嫌がったので実際に座っている姿を見るのは彼以外は初めてだが、今ならどうして数種類の形に分けられていたのか何となくわかる。

『鷹』の翼を持つ男は背凭れのない丸椅子に座り、『虎』のゼントは背凭れはあるが彼の腕が通る程度の隙間が椅子の底面の半ばから背中の中ほどまで開いた椅子に腰掛け、ラルゴは彼の尻尾が通り抜け出来るよう背凭れ用の板が間を開けて二つ取り付けられた椅子に凪を膝に抱えて座った。

ちなみにめっきりと静かになったガーヴは、ゼントと同じタイプの椅子に腰掛けて、すすすと凪の傍によると服の裾を指先で掴んでいる。

彼なりに色々と考えた結果がこの行動だろうが、残念ながら完全なる人選ミスだ。

獣人である仮の姿の『虎』として、いや、それ以前に『人間』の中でも完全なる運動音痴の凪に助けを求めたところで、いざというときぼうっと立って見ているだけ。

俊敏に動く自分は情けなくも想像すら出来ないし、あの凶悪で陰湿なコンビを前に立ち塞がろうなんて気概がそもそもない。

助けを求めるならあの恐ろしい二人を簡単にいなしたラルゴにすべきだ。ガーヴだって村で片手間に相手をしてもらっていたのだし、彼の実力は理解しているだろう。


───などと遠い目でよそ事を考えて現実逃避している間にも、突き刺さる視線はとても痛い。

チクチク、なんて針で刺すような可愛いものではなく、ざっくざっくと剣で突かれてるような気分だ。

只管目を合わせないよう明後日の方向を向いているが、この痛みの先には件の二人組みがいる。

面倒と厄介を練り合わせたような、トラブルの種となる者が。



「あ、お嬢枝毛があるぞ」

「え?本当?最近手入れしてなかったからなぁ・・・って、この状況で一言目がそれ?」



一回り以上大きな手で弄ぶように凪の髪を弄っていた彼の言葉に思わずノってしまってから、条件反射でずびしと胸に手の甲で突っ込みを入れる。

空気が悲鳴を上げそうな軋んだ歪ない空間で、よくもまあこんな的外れな話題をあっさりと出せるものだ。

益々冷え冷えとしていく室温に、凪はこれが体感温度かそれとも精神的なものからかと考えるのも放棄したいくらいだというのに。

唇を僅かに噛み締めると、解くように太い親指がそこをなぞったので思わず鬱陶しさに噛み付いてやれば、びくっと予想外に跳ねるような反応と、びたんびたんと尻尾が床を叩き出す音。

ちなみにバキビキと破壊音は聞こえてこないので、辛うじてギリギリの部分で『何か』を我慢しているのだろう。

声も出さずに悶絶する意味が判らない──と言うかわかりたくない──が、この龍はペットを飼ったらどうしようもない親馬鹿になるんじゃないかと思えた。

そう言えばウィルが来るたびに良く喧嘩をしているけれど、もしかしなくとも近親憎悪なのではなかろうか。

見た目や雰囲気、性格の違いから相違点を探すこともしなかったが、凪を抱えている時の、『自分が有袋類なら常に腹の袋に入れてます』的な雰囲気は物凄く彼と似通っている。

そもそも神様と対等に喧嘩しようという豪胆な態度からして只者じゃないラルゴは、本気で色々な意味で自分の価値観に沿って生きていた。

いや、自分も人のことをどうこう言える種類じゃないと自覚しているけれど、彼も相当な『自由人』だろう。



「いちゃつくなら他所でやっていただけませんか?他人の甘ったるい空気って、胸糞悪いんですよね」

「・・・それ以前に一応、仮にも知己の間柄の厳つい大男がデレデレと笑み崩れる様は情けないを通り越して気色悪い。即刻止めろ」

「んだよ、彼女がいないからって妬くなよ、なぁお嬢?」



『そうじゃない』と正反対の表情で否定する彼らを横目に、内心では彼らに同意しつつ凪はうんざりとため息を吐き出した。

現在凪たち───具体的には、凪と、ラルゴとガーヴと腹黒コンビがいる部屋は、ギルド内に設けられた所謂特別室というものらしい。

広さは目分量で10畳程度。余計なものはないが、窓もないので少し窮屈な気になる。実際に大男が多いので第三者が見たら暑苦しく、且つむさ苦しい状況だろう。

挙句凪など座席が余っているにも関わらずラルゴの膝に抱えられているのだ。先ほどびくびくと震えながら飲み物を持ってきたアミの視線がいろんな意味でとても痛かった。

ちなみにこの部屋、ギルドでも有数のVIPか、もしくはそれなりに金払いがいいある程度の著名人じゃなければ使用不可らしい。

目の前の二人がどちらかしらないが、顔を摺り寄せる仕草でぼそりと小声で教えたラルゴの態度を鑑みるに、やはり油断はするなと言うことだろう。

進言はありがたくいただく。見るからにこんな腹黒コンビに油断なんてしようものなら、即座に頭から食われそうだ。


頭の天辺に摺り寄せる顎や、腰に巻かれた腕に力が入る前に眉間に皺を刻みながらラルゴを異世界から引き戻べく、座っていても大人と子供の差がある顔を見上げた。

こんなとき人間であれば耳を引き寄せればいいのだが、生憎獣人の『龍』であるラルゴの耳は顔の横にはない。ゼントやガーヴより頭の天辺よりに三角の耳がぴょいと立っている。

耳の形もどちらかと言えば二等辺三角形に近く、ガーヴの思わず掴みたくなるような毛並みの良さとは無縁だ。

凪は爬虫類の耳を見たことはないが、蜥蜴とかにはこんな三角の耳がついていた記憶はないので、きっとこちらの世界の龍オリジナルの耳だろう。

見上げた顔がだらしなくニヤニヤと笑み崩れているのに更に眉間の皺を深くしつつ、僅かに伸び上がって彼の赤髪の襟足を引っ張った。

結構無遠慮に自分の体重も掛けて引っ張ったのに痛みを感じさせない崩れすぎた笑みに若干、否、全力でドン引きながら顔を近づける。



「ここで話した内容は、外で盗み聞きされたりしない?」

「ああ、大丈夫だ。こういうちょっといいとこのギルドには、風を使った防音の結界が張ってあって、余程じゃない限り崩せねえな。崩す気なら、少なくともこのギルド全体を潰す気でいかないとまず難しい」

「ラルゴでも?」

「俺でも。あと、あの陰険な鷹でもだ。俺より魔法系はあいつのが上手なんだが、それでも無理だろう。そういう作りになってる」



ラルゴの言葉に、一つ頷く。ここでの内容が外部に漏れないなら、特に困ることはない。

風の結界やら魔法やらがどういう風に組み込まれているか、凪の常識では計り知れない部分の話題が出てきていたがそこは右から左へ流した。

凪は異世界トリップしたからといって魔法が使えるなんて得点は貰ってない。

あくまで『神の加護』を得ただけの単なる『人間』。他人からの干渉を拒否できるのはある種最強のチート技だが、それをどう使うかにより長所は短所に変わるのだろう。

それを理解するからこそ自らの秘密をラルゴ以外に漏らす気はなかったし、自分のペースを保ちたい凪にとって秘密を知る獣人が増えるのは面倒が増えるのと等しかった。

だがもうここまで来て目の前の二人を欺くのは、馬鹿っぽいけど冷静なラルゴの反応を見ても無理だろうし、一つ嘆息して別の手段を取るのを選んだ。



「・・・ウィル。へるぷ、みー」



ネイティブとは決して呼べない発音で、淡々と助けを呼んでみる。

そう言えば何だかんだで日本語英語も含めて異世界で意味が通じるのは、どんな翻訳のされ方をしてるのだろうか。

文字通り万能である異界の神が凪に対してどこまで譲ったか比較対象がないので探れないけれど、これもまたささやかに好奇心を擽るかもしれない。



「よう、凪。昨日ぶりの再会だな」

「・・・そうだね、極めて短い期間での再会だったね」

「ぶへっ」



瞬き一つの間にラルゴがいたはずの位置を取って代わった存在は、極めて機嫌が良さそうに凪の前髪を指先で弄ぶと額を出して唇を落した。

唸り声にも似た音に視線だけ下げれば、そこには長い足に無遠慮に虐げられる龍の姿。

ギルドの床と熱いキスを現在進行形で交し続ける存在は、げしげしと頭を踏み躙られている。

その光景はあまりにもシュールで思わず唇の端が引きつるが、異界の神はそんな反応に気づいているのかいないのか、恐らく気づいていても気にもしないで凪だけを全力で構い倒した。

片一方だけ自分とお揃いの赤い瞳は、蕩けるような甘さを含んで、ちょうどすっぽりと収まるサイズの凪をうっとりとしながら抱きしめる。

一通り前髪を弄くった後、顎を頭の天辺においてすりすりとし始めた。余談だがこれを毎日続けられたら、近い内に自分はきっと禿げるだろう。それ以前に鬱陶しいからやめて欲しいところだけれど。


───やはり彼らの仲の悪さは似通いすぎているからだ。

予想を核心に置き換えつつ、自分に有利な状況で現状を打破するために、なけなしの根性を発揮して口元に小さく微笑みを浮かべた。

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