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3:一人目の彼 その2

まさかまさかまさか、と心の中がぐるぐると巡る。正直嫌な予感しかしない。

異界の神は凪の瞳を───と言うか、凪に関する全てだが───気に入っていた。

そして苛立ちで濃くなったらしい蒼い瞳を見て、無邪気な子供のように『いいことを考えた』と楽しげに笑っていた。



「・・・あの、すみません。鏡を持っていませんか?」

「鏡?鏡って、あの姿が映るやつか?女がよく身だしなみを整えるのに使う」

「それです。その鏡です」

「いや、持ってねえな」

「なら、あなたの目に私がどう映ってるか、詳細に教えてもらえますか?」



少しばかり肌寒いので掴んでいたマントを身体に巻きつけつつ頼めば、鋭すぎる瞳を見開いた彼は戸惑いながらも頷いた。

ちなみにこのマント、先ほどまでは凪の身体を雨から庇うように広がった状態で空中に浮いていた。

異界の神が創ったこちらの世界は、凪がいた元の世界と違い、科学より魔法が発達しているらしい。

予備知識なしにあの光景を見ていたら驚いていただろうが、異界の神により擦りこまれた常識は、魔法を異質なものとみなさなかった。

初めにマントをかけようとしたら身体をすり抜けたと言っていたので、彼はわざわざ風の魔法で浮かしてまで雨除けをしてくれたのだ。

行き倒れの面識がない小娘、しかも触れようとしても手が通り抜けるこの世界でもイレギュラーな存在を放っておけずに目が覚めるまで待っていてくれたお人よしの彼なら、きっとこれくらいの質問は簡単に答えてくれる。



「金色に近い薄茶色の波打つ髪と、今まで俺が知ってるどの女よりも肌理細かく白い肌、頬は淡く染まっていて、唇はふっくらと美味そうだ。身体つきは華奢で、腰なんか片手で掴めそうなくらい細い。手首なんか俺が握ったら折れちまいそうだ。どこもかしこも小さくて、俺の知ってるどんな女とも重ならない」

「・・・・・・」



滔々と立て板に水とばかりに流れる言葉に、軽く眉根を寄せる。

確かに『あなたの目にどう映ってるか教えて欲しい』と言ったが、知りたいのはそこじゃない。

もしかしてこの男性、見た目と違いかなり女誑しなのだろうか。

一見すると強面だが、よく見ると男らしく精悍に整った顔立ちをしているし、身体つきだって脂肪とは無縁の鍛えられた実用的な筋肉と、力強く覇気のある雰囲気。

放っておいても女のほうから集まりそうだが、まさか顔色一つ変えずにここまで口が回ると思わなかった。

勝手に硬派な人種だと想像した凪がいけなかったのだろうけれど、ところどころ混じっている彼の感想が居た堪れない。

まだまだ『白魚のような指』とか『貝殻のような爪』とか続いているバリトンの声に、片手を額に当て深呼吸を一つする。

ここまで詳細に語る割りに、未だに一番聞きたい部分について触れないのはある種凄い。



「・・・あの、すみません」

「なんだ?」

「瞳に関して教えてもらえますか?」

「目?」

「はい」



羞恥心も沸かないくらい意外なほどの語彙を披露してくれた彼は、金目を瞬かせて顔を近づける。

そこまで近づかなくても見えるだろうと突っ込みたくなる衝動を堪えて射抜く瞳を見返せば、何故か微かに瞳を伏せた。



「目は、あんたの持つ身体の中でも一番に印象的だな。髪と同じ色の長い睫毛は瞬きするたびに陰影を浮かばせて、大きすぎない絶妙な形の瞳を縁取ってる。凪いだ湖面のように落ち着いた目は、あんたの中身をそのまま現してるのか?───酷く、心に残る」

「・・・・・・」



ぽかんと間抜けにも口が開いてしまうのは、不可抗力だろう。

凪が今まで過ごしてきた人生で、目に付いて問われただけでここまで語る相手はいなかった。

もう少し年齢が上がってホストなどに会っていればこんなに驚かなくて済んだだろうか。

真剣な顔をしてるので中断も出来ず、恐る恐る伸ばされた手が顔を突き抜けるのでまた動けなくなる。

しかも結局肝心なことは聞けてない。

凪が知りたいのは瞳の形状や感想ではなく、何色をしているか・・・・・・・・だ。

なのに凪の顔を通り過ぎた無骨な手を握り締めて唇を噛み締める彼は、目的と違う方向へ暴走している。

思わず嘆息すると、びくり、と大袈裟に身体を揺らした彼は、縮まっていた距離を開いた。



「あの、ごめんなさい。私の言葉が悪かったんですけど、目の色を教えてもらえますか?」

「色?」

「そうです、目の色」

「・・・あんたもしかして目の色だけが知りたかったのか?」

「はい」

「・・・・・・」



こくりと頷けば、男性は無表情に固まった。

じとりと眉間に皺を寄せ、元々鋭い眼光を更に尖らせている。

いきなり厳しい表情になった彼に内心で驚きながら首を傾げると、おもむろに短く切った赤髪を指先でかき回した。



「マジかよ・・・俺、今何言ってた?」

「私の外見について主観に基づいた感想を」

「っ、忘れろ、忘れてくれ!!うあ、マジで俺は何言ってんだ!!?リュールやゼントじゃあるまいし、これじゃあの女誑しどもを笑えねえ!!」

「あなたは誑しじゃないんですか?」

「んな訳ねえだろ!!こちとら冒険者なんて命張る仕事してんだ、女なんて商売女ばっかだし、金払ってまで口説く必要ねえだろうが!!」

「・・・私を口説いてたんですか?」

「ち!?ち、違え!俺はただ見たままの感想を」

「あの、落ち着いてください」

「落ち着けるかよ!」



どうやら所見どおり女性経験はあれど女誑しではなかったらしい彼は、今にも頭を抱えて転がりまわりそうだ。

怖い顔をしたのは羞恥心ゆえだったらしい。

今にも雨に濡れた地面の上で転がりまわって悶えそうな彼を眺めつつため息を吐く。



「羞恥心に悶えてるところを申し訳ないんですけど、結局私の目の色は何色なんですか?」

「右が蒼で左が赤だ!」

「そうですか」



最終的に短文だった。

つい先ほどまでの流れるような口調が嘘のようなまとめられた言葉に、思わず半眼になる。

片手で顔半分を覆って俯いているのだから本当に自分の発言に恥らっているのだろうが、それにしても極端な龍の人だ。

しゃがみ込んで奇声を発する彼が落ち着くのを待ちながら、第一発見者がこの世界の基準じゃなければいいなと少しだけ失礼なことを考えた。

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