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閑話【糸より細く綱より図太い理性の緒】

*ラルゴ視点です。

さり気無く自分の身体を盾にするよう、片腕で軽く抱ける華奢な身体を隠した凪に、ラルゴの口角がゆるりと持ち上がる。

簡単に包み込める小さな掌でぎゅっとマントを握り締めた彼女は、疲れたような色を、どんな宝石とも比べれぬ美しい赤と蒼のオッドアイに乗せ、うんざりとした様子も隠さずにラビウスを眺めた。

どうやら凪の中では、彼は最高に面倒な相手と位置づけされたらしい。

確かにその認識に誤りはない。ラルゴが知る多くの獣人の中でも間違いなく三本の指に入る厄介な手合いで、頭も回れば腕っ節も強い。

ついでに彼の一族には『神の授け物』と言うどこかで聞いたことがあるような能力を持つ存在がまま生まれ、ラビウス自身その能力の持ち主だ。

真っ向勝負で負ける気は欠片もないが、卑怯な手を使わせればわからない。

勝負に綺麗も汚いもないと嗤いながら断言するのが、ラビウスという『鷹』だ。実際その通りだと共感するラルゴはそれに文句はないけど、今回の場合はタイミングが悪かった。


自分の背中で怯えるでもなく立っている凪のふわふわの髪を、武器を持っていないほうの腕を伸ばし指先で掬う。

細くて陽に透かすと金色にも見える癖の強い髪は、柔らかで心地よくいつまで触れていても飽きない。

荷物のように扱われていた身体に僅かな傷もついていないか調べたいところだが、まだ厄介ごとは終わっていない。

少なくとも、舌打ちして悔しげに眉間に皺を寄せるラビウスに引く気は無さそうだし、武器であるフランベルジュを弾き飛ばされても好戦的な光りを消さない不肖の弟子を前に、精々憎たらしく見えるよう嘲笑った。

凪の前で散々コケにしてくれたお返しにはまったく足りないが、それでもプライドだけは腐るほど持っている二人には効果的だろう。

事実ラビウスはぎりぎりと歯噛みしてただでさえ鋭い眼光を更に鋭くしているし、ゼントなど動けるならば後先考えず再び向かってきたに違いない。

凪がラビウスの腕から脱出したのが見えたからこそ、咄嗟にポールアームの石突部分で加減して峰打ちにしてやったのに、相変わらず戦闘となると本能が先立つ悪癖が直っていないようだ。

無駄に実力があるからこそ余計に悪い部分が助長されているんだろうが、公衆の面前でプライドをへし折られた『虎』は憎々しげに日頃の余裕を消してこちらを睨むばかりだった。

そんなゼントの視線を鼻で嗤って無視すると、掌に収まる小さな頭をやんわりと撫でる。

力を篭めたら華奢な首から頭が零れ落ちそうなので、ちゃんと手加減をして、繊細なガラス細工に触れるようにやんわりと。



「無事か、お嬢」

「───お陰さまで、私は・・無事だよ」

「なんだ、その言い方じゃ無事じゃなかったもんがある見てぇじゃねえか」

「いや、あるでしょ沢山。見てよこの周囲の皆さんからの白々しい眼差しを。私一応被害者的立場のはずなのに、凍りつかんばかりに寒々しい眼差しを一心に受けてるよ。突き刺さるような熱視線なのに凍える想いをするなんて、これいかに」

「ははっ、んな下らない冗談言えるなら、まだ割と余裕そうだな。良かった良かった」

「良くないし」



相変わらずのマイペース具合に安心して髪をくしゃくしゃとかき混ぜると、未だにマントを離さない方とは反対側の手で動きを遮るように掌を握られた。

自分でも運動神経がないと断言する凪には、筋力もほとんどない。ラルゴからしたら力も篭っていないに等しい掴み方だが、凪が静止するならささやかな力でも従うのに異論はない。

むしろ擽ったい力加減に顔がにやにやと崩れてしまう。たとえこの小さな『人間』の少女の全力をもってしても、ラルゴの片腕すら動かせまい。

その非力さは限りなくラルゴの庇護欲をそそり、同時に酷く優越感を満たした。


この世界のどこにも彼女の秘密を知る『獣人』は存在しなくて、頼りになるのは自分だけ。

言葉でなんやかんや言っても凪はラルゴを信頼してると言外に示したし、自分はそれに身体を張って応えて来た。

それなのに───ああ、それなのに、それなのに。


何気なく凪とは反対側の位置でラルゴのマントを掴んでいた『狼』を、彼女に死角になる位置から鋭く睨みつける。

びくりと尻尾の毛を逆立てて耳をぴんと張った子供は、掴んでいたマントをそろそろと手放すとゆっくりと後ずさった。

仮にも『狼』の癖に、何を怯えて隠れているのか。いや、多少実力がある『狼』だからこそ、本能で今度こそ実力の差を弁えたのか。

ここまで眼前で見せ付けられて、尚且つ無意味に向かっていくようなら単なる救いようのない馬鹿だ。

本当の意味で凪の秘密を共有することになった彼は、嫌いじゃないが目障りではある。

だからこそさっさと仕事と仲間を提供し、速やか且つ鮮やかに彼女を溺愛する神様に頼んで凪の秘密を消去してもらおう。

何、ラルゴとは犬猿の仲の傍若無人を絵に描いた神だが、『凪のため』と言えば必ず了承するに違いない。


それに実際凪が『神の愛し子』であると周囲の獣人たちに知れれば、本人が考える以上の騒動になるのは目に見えていた。

『神の愛し子』は基本的にどの獣人の愛も受けれる。子をなし、家族を作ることが出来る。

伝説になるほど有名な存在の子孫を残したいと、歴史的にも『神の愛し子』としてしか存在しない『希少種』である『人間』を、あわよくば『作り出せるのではないか』と考える輩がいないとは限らないのだ。秘密を知る共有者は少なければ少ないほどいい。


少なくとも、目の前に居る悪友は、『研究対象』として凪を見ている。

『凪』個人ではなく、『神の愛し子』がどのような生き物で、何をする存在か。

探究心の求めるままに心行くまで研究に没頭するのは、この悪友の性だ。それは別に、悪いことではない。

事実彼の研究から様々な薬や生物の派生に関する成果が挙げられているし、興味のある分野のみにしか発揮されない執心具合も、別段と嫌っていなかった。

だがその探究心の矛先が、自分のもっとも大切にする宝物に向けられたなら、それは我慢できるものではない。

ラビウスの友人なればこそ、彼がどこまで執拗になるか知っている。だからこそ、彼女に『恋した男』として、彼の蛮行は許可できなかった。

ラビウスなら絶対に凪に興味を持つ。ラルゴはそれを知っていたから、彼やゼントなどの数人とシェアして購入したダランの『家』に帰らず『宿』で暮らし、魔の手が伸びないよう常に目を光らせていた。

しかしそんな楽しい『日常』も、いづれ崩れることくらい本当は判っていた。

勘がいいゼントに凪への執着の意味を一目で見抜かれ、それを報告されたらしいラビウスは『違和感』の正体を確かめに宿に足を運んだ。

ラビウスの特殊能力に今まで何度も助けられてきたが、だからこそ今までのどんな研究対象よりも彼の心が擽られる存在だと、確信していた。



「さて、ラビウス。人質・・とやらはどこにも存在しねぇみたいだが、一応聞いておくぜ。お前まだ俺とやりあうか?それともお嬢の要求どおり、大人しくここの修理費払うか?」

「・・・・・・」

「ま、俺は別にどっちでもいいんだぜ。お前らが払う費用が嵩むだけだしな」

「・・・『俺たち』ではなく、修理費を払うのはゼントのみだ。俺はぬしと勝負しておらぬし、負けてもおらん」



怜悧な顔つきを更に渋くさせたラビウスは、空になった腕を組んでつんと顎を逸らすと堂々と断言した。

先ほどまで一致団結していたのに、見事なまでに切り捨てだ。

金がないわけではないが、無駄遣いは大嫌いと常日頃から断言するラビウスに、ようやく身を起こせるようになったゼントが気を取り戻すように首を振りながら苦笑した。



「はは、わかってましたけど切り捨て早いですね、ラビウスさん。最初にラルゴさんに手を出したのはラビウスさんですし、ここは6:4にしませんか?」

「何を言う。俺は手を下したが、負けてない」

「きっかけを作ったのはラビウスさんじゃないですか。ね、ラルゴさん」

「俺に聞くのか?」

「だって喧嘩をした張本人ですし」



瞳に冷静な色を戻したゼントは、淡い苦笑を浮かべつつゆっくりとこちらに近づいてきた。

粘着質で陰湿なのでさっきの恨みはきっちりと心の中のブラックノートに書き連ねているだろうが、怨み辛みを爽やかな笑顔の下に隠せる強かさが彼の売りだ。

王子様もかくやという美麗な顔立ちに爽やか過ぎる微笑み。協会にでも絵画として飾られてそうな、上品且つ麗しい文字通り絵になる仕種は見慣れていても感心する。

これにころりと騙される輩がとても多いのだが、生憎とラルゴのマントを掴んでいる少女は違うようで、さり気無く顔半分まで隠れたのを見て尻尾が機嫌よく揺れる。

ゼントのあの笑顔を見て警戒心を強める『女』など初めてだ。そしてその『初めて』が、凪でよかったと心底思う。

隠れた凪に一瞬だけ瞳を眇めたゼントは、けれどそれを隠すように笑顔の仮面を被った。

しかし凪は凪で目聡くその『一瞬』の表情も見逃さなかったらしく、益々マントと未だに握ったままのラルゴの掌を掴む手に力が篭る。

それに更に機嫌が上昇したラルゴは、気分良く不肖の弟子の味方をしてやることにした。



「8:2でラビウスも払え」

「何故だ」

「ゼントが言う通り切欠はお前が作ったし、ここから更に費用が嵩むよりマシだろ?」

「それは遠回しに、払わないなら俺とも遣り合うと忠告しているのか?」

「さあな?」



返事の代わりに、武器を持ったままの手首を返し、相棒のポールアームを一回転させる。

槍をルーツとしながらもアックスブレードやかぎ爪がついているポールアームは、本来なら片手で軽々扱える武器ではない。

龍の巨体と怪力を活かして扱う最高の相棒は、手に馴染んだ分だけどれだけ凶悪な働きをするか、ラビウスとて知っているはずだ。

風圧で羽先が微かに揺れたのを感じたらしい彼は、思い切り渋面を浮かべて眉間に指先を当てた。

無言の肯定にくつりと喉を震わせて、手を掛けていた武器を元の位置に仕舞う。

勿論その拍子に凪に当たったりしないよう、最善の注意もした上で。

自分より遥かに謀を得意とする輩相手に万が一を考えて、名残惜しく思いながらも小さな掌を放し、くるりと踵を返す。

ぱちり、とオッドアイで一つ瞬きする間に視界が変わっただろう凪は、膝裏を抱えられラルゴの腕に腰掛けたまま呆れ交じりのため息を吐き出した。



「・・・類は友を呼ぶって言うけど、この場合どっちが『類』か聞きたいとこだよ」

「そりゃ決まってる。あっちが『類』で、俺が『友』だ」

「戯言を。貴様が『類』で、俺が・・・いや、『友』ではないから、これは当てはまらないだろう」

「あはは、俺の場合はどうだろうなぁ。やっぱり、露出の気がある龍と『友』って俺の美意識的に無理だから、やっぱり当て嵌らないかな?ごめんね、ナギちゃん」



片や真面目な顔で、片やにこりと笑顔のままでの発言に、収まり掛けた苛立ちがざわりと湧き上がる。



「もう、終わりだよ。ラルゴ」



思わず武器に手を向けかけた瞬間、顔の中心をちょんと細く白魚のような指先で突かれて、瞳が限界まで見開かれる。

どきゅんと心臓を打ち抜かれたような衝撃とともに、悶え転がりたい衝動を必死で堪え、腕の中の存在を抱き潰さないよう根性を振り絞った。



「お嬢~!!お嬢、お嬢、お嬢、お嬢!かーわいい!」

「っ、!!?ちょっ、離れて!もう、やだ、やめてったら!痛い、腕が腰に食い込んでる、ラルゴ!」

「大丈夫だ!」

「大丈夫じゃない!今度こそ、胃液その他諸々が出るよ!本気だよ!根拠がない自信は勘弁して!」



小鳥が囀るように愛らしい声が耳元で響く。

それすら愛しく胸をときめかせながら、びったんびったんと床に尻尾を叩きつけて、どうしようもない胸のざわめきを逃すべく、初恋に浮かれる小娘のような無邪気さで、ささやかで重大な腕の中の幸せを心から噛み締めた。

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