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19:人は慣れる生き物である その5

どこからどう見ても凄惨な状況の中、木っ端と化した元は椅子や机だったものを踏みじって歩く鷹は、堂々としたものだった。

ちなみに並んで歩くラルゴも頭の後ろで腕を組んで平然とした表情だ。きっと一歩後ろを歩くゼントも、ついでのおまけで未だに尻尾を気にするガーヴも、いつもどおりの何の気なしに歩いてるのだろう。

平和な日本で生まれ育った所為だろうか。それとも凪本人が喧嘩慣れしてないひ弱な所為だろうか。

この状況にまったく関わっていない凪だけが居心地の悪さを感じるなんて変な話だが、言わせて頂くと自分たちで破壊した建築物の中を胸を張って闊歩する獣人たちの感覚がおかしい。

これを『常識』と捉えて本当にいいのだろうか。ラルゴはそう珍しくもない光景だと言っていたけれど、それってもしかして『彼の行く先では』なんて修飾語がついたりするんじゃないだろうか。

ラルゴほどじゃないが十分に力強く太い腕に首根っこを掴まれたままぶらぶらしていた凪は、状況観察という名の現実逃避に忙しい。



「───・・・これは一体、どういう状況だ?」



低く滑らかな声に、別に何も疚しいところはないのに、首根っこを掴まれたままビクリと身体が震えた。

位置がずれたのか自重で首に負担が掛かり呼吸が苦しくなったのを見て取ったのか、『お嬢!』とラルゴの慌てた声が室内に響く。

眉を顰めたか顰めないかくらいのタイミングですかさず持ち手を変えたらしい鷹の手が腰に添えられ、ひょいと持ち上げられた。

完全に荷物と同じ扱いだ。体重の負担が首から腰に移ったので全体的な評価としては楽なのだけど、いきなりの腹への衝撃に反射で咳き込む。

武道に長けた桜子や秀介なら咄嗟に腹筋に力を篭めるなりなんなりして対処できるだろうが、自覚型運動音痴の凪にそんな反射神経はない。

彼らの鍛錬を道場にお邪魔して眺めていたので動体視力だけは無駄によくなったけど、最近になって思う。

───もしかして、これって余計に恐怖が増すだけなのではないのか、と。


考えてみれば『見える』だけで『動けない』凪は、もし暴力的な意味合いで危険が迫っても回避できない可能性が極めて高い。

元の世界で電車で痴漢に遭遇したり、道端で露出型の変質者と顔を合わせたり、粘着質な恋を綴った手紙を貰うのと種類が違う。

もし何かあって本気で形振り構わなければ、ウィルから貰った加護(?)を躊躇なくつくだろうけれど、そうじゃない場合は基本的にラルゴがいるから大丈夫だと高を括っていた。

実際彼の能力は飛び抜けているし、『龍』の力は世界のヒエラルキーでもトップクラスと神様の・・・お墨付きだ。

だが現状を思えばラルゴがどれだけ優秀でも、凪を人質に取られてしまえば手も足もでないわけで、自分の間抜けさが招いた事態に文句も言えない。

さっきも捕獲される瞬間までの鷹の動きは、残像がついているように速かったものの、視線だけはついていけた。

故に、『あ、捕まるな。これは』と結果の推測というか予想というか、彼が動いた瞬間に腕の軌道から結末は『理解』出来ていた。

ラルゴの知り合いのようだったし、性悪でも腹黒でも鬼畜でも知人の知人をいきなりどうこうしようと思わないだろうと、最近とみに増えてきたトラブルに見切りをつけてさくっと白旗を上げたのだが、現状に納得しているのではない。

桜子の兄たちに子供の頃から言われている。『やられたことは、倍返しにしろ。やられっぱなしは一番駄目だ』と。

自分の首根っこを捕らえている鷹と同じことはとても凪にはできないので、いつか別のパターンで凪なりに復讐したいと思う。

荷物のように小脇に抱えられた状態で一人根暗にも口角を持ち上げてくつくつ笑っていると、目の前に瞳孔が縦になった金目がひょこりと現れた。



「大丈夫か、お嬢!?はらわたは口から出てねえか!?」

「・・・・・・」

「血反吐は!?胃液や、×××は大丈夫か!?」

「・・・・・・・・・」



男らしく凛々しい太目の眉がきゅっと寄って、眉間に深い皺が出来ている。

わかっている。彼の瞳から溢れるのは純粋な好意であり、凪を心配してくれているのだとちゃんと理解している。

だが敢えて言わせて頂くなら、胃液はともかく、この程度の衝撃ではらわたや血反吐や更に×××がでる体質って、どんな虚弱体質だ。

しゃがみ込んで膝を抱えるようにして必死に凪と視線を合わせて案じてくれるラルゴには悪いが、思わず素直な気持ちで『この龍、大丈夫なの?』との意思を篭めて彼をじっと見返した。

すると矢継ぎ早に普段からは想像できないくらいの語彙の多さを披露していた龍は、徐々に黙り込むときゅうっと縦長の瞳孔を丸くする。

そして照れたように視線を下げて両手で顔を隠すようにして首を振りつつ、びったんびったんと尻尾でギルドの床を叩いた。

お陰さまでただでさえ破壊の限りを尽くされていたギルドの床が、今日、ようやっと凪なりにある程度のお金を貯めて修繕費として二人で弁償及び謝罪しに来たギルドの床が、ばっきんばっきんと景気良く砕けていく。

龍の尻尾が凄いのか、それともラルゴの尻尾が凄いのか。今のところ龍は彼と、ダランに着いた当初に見かけた白い女の龍だけなので生憎と比較できないが、それはどちらでもいい。

小脇に抱えられた状態で首だけを持ち上げる凪の視界にはラルゴのどアップと、その横から偶にチラリと見える太い尻尾がくねくねと揺れる様しか見えないが、その背後からガーヴやその他の悲鳴とも奇声とも取れる声が聞こえる。

最初の惨状から下はもうないと思っていたけど、まだ下はあった。認めたくない新たな発見に、持ち上げていた首を力なくがくりと落す。



また・・、君たちか」

「マナさん!」



さっきよりも低音になり、尚且つ低く凍えるようなオーラを孕んだ声に最初に反応したのは、派手な色合いをしているのにすっかり存在感が薄れていたソルトだった。

先日服を借りた相手の名を呼んだ声には明らかに喜びが滲んでいるが、複数形に纏められた凪としては勘弁して欲しいと密かにため息を吐く。

可愛らしい名前から想像がつかないほど筋肉質な肉体を持ち、端整だがクールで感情が読めないグレイの瞳を脳内に思い浮かべながら残りゲージの少なくなった気力を使って首を持ち上げると、何故かまだ間近に金目があった。



「ラルゴ、邪魔」

「え?」

「『え?』じゃないよ。ラルゴがそこにいると状況がまったく把握できないからどいて」

「えー?でもこの場所意外とベストポジションだぜ?長い睫毛の一本一本までぶへっ!」

「!!?」



至近距離で風圧を受けて、前髪がふわりと揺れて戻る。

やはり凪のような運動音痴には動体視力がよくてもいいことはないかもしれない。

容赦なく横から裏拳でぶん殴られたラルゴの顔がいかようにして変形するか見送った凪は、『ドガン』と『ドキャ』の中間のなんとも言えない破壊音を聞いてから、一拍置いて彼の跳んだ先に首を向けた。

幸いにして頑丈な作りで出来ているらしいラルゴは、吹っ飛んだ先で壁にひびを入れつつも、本人はあっさりと身を起こし眉を顰めて殴られた頬を摩っている。

身体が吹っ飛ぶくらいの勢いでぶん殴られたくせに、龍であるラルゴの頬はほんの少し赤くなっているかどうかでダメージは少なそうだ。

お陰さまで神であるウィルや、羅刹になった桜子や秀介のレベルの違いを今更ながらに実感したけれど、凪から言わせればそれでも鷹は十分に猛禽類でしかない。

やられたのがラルゴだからノーダメージに見えるだけで、凪があれをやられたら即終わりだ。

『ジ・エンド・オブ・自分』。脳内で点滅するアラートだが、捕獲された状態で足掻いても無駄だと益々思い知らされた。

もし現状の復讐をするにしても、やはり暴力に訴えるのは止めておこう。心の中で密かに誓いを立てつつ十字を切っていると、暢気な会話が頭上で広げられる。



「邪魔だ。ギルドの責任者と話が出来ぬから、退け」

「あはは。遅いですよ、ラビウスさん。もうラルゴさん殴った後じゃないですか」

「仕方なかろう?あれでは会話もままならん。『龍のラルゴ』ともあろう者が、腑抜けた姿を曝すからだ。少し前までのあやつなら避けたはずだ」

「確かにそうですね。腑抜けた龍か・・・惰弱な師匠の姿なんて見たくないですよ、俺。ダサい姿見せないでください。唯一尊敬している部分もうっかり失くしちゃいそうですから」



くつくつと楽しげに喉を震わせたゼントの顔も、ラルゴを『腑抜け』と断言した鷹の顔も、はっきり言って見たくない。

しかしなんとも悪い顔をしているだろうとは、ラルゴに駆け寄って彼を案じつつ、こちらを見て表情を強張らせたガーヴのお陰で悟ってしまった。

そして視線を固定したままだったお陰で、ついでに彼の額にくっきりと血管が浮き上がるのも視認してしまい、最早ため息も出なくなる。

だが彼の背後の壁のひびが再び目に入ると、堪えていたため息もあっさりと零れ落ちた。

ギルド内で喧嘩をした場合、負けたほうが修繕費を支払うことになる。

それならいっそとちらりと脳裏を過ぎった凪は、絶対に悪くないはずだ。

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