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19:人は慣れる生き物である その2

いつもの定番どおりにフレッシュジュースとサンドイッチを摘みながら歩くこと十数分。

手提げ袋に借りていたタオルとケープを持った凪は、同じく片手に手土産をどっさりと買い込んだラルゴと視線を絡める。

目の前にある観音開きの扉から僅かばかり距離を取るのは、前回の痛みを額が覚えているだろうか。

どうせ至近距離で開いたら咄嗟によける反射神経は持ってないので、予めぶつからない範囲に立つのが、そこで地味に運が悪いのが凪だ。



「危ねぇ、お嬢!」



持っていた土産を叩きつけるように投げたラルゴに目を見開くも、その末路は悲しきものだった。

ぐしゃりと惨めな鈍い音を立てた土産だったものは、恐るべき破壊力で凪を襲おうとしていた観音開きの扉を砕いていた。

飛び散る破片を見送ってから、自分を中心に円を描くように出来た空気の壁に視線を向ける。

別に砕けた破片が記憶しているのと同じ家の壁にぶち当たって意識を逸らしたわけじゃない。

額からつつっと流れ落ちた汗を意識しながら、乱れた呼吸を何とか整える。

壁に穴を開ける勢いで砕かれた扉の破片が当たっていたら確実に凪は無事ではすまなかった。

選んだ土産は柔らかくてふんわりしたケーキだったはずだが、あんな凶器になるとは今の今まで知らなかったし出来れば知らないままでいたかった。



「おう、コラぁ。俺のお嬢に向けて扉吹っ飛ばすってどんな了見だ。あぁ?」

「ひぃ!?り、龍?ってか、あんた『龍のラルゴ』・・・旦那じゃねえか!」

「なんだぁ?俺の名前を知ってての狼藉か?」



地元にいた古いタイプの不良のように凄むラルゴは、ぐしゃぐしゃに潰れただろうケーキの袋を振り回しながら、扉共に吹っ飛んできて、今は地面に座り込んでいる男にガンを飛ばす。

ラルゴの威勢に飲み込まれるよう小さな悲鳴を上げた男は、ぱしぱしと目を瞬かせてこてりと首を傾げた。

年齢の割りに幼い仕草、どこか暢気な口調、そして何よりも目に痛い極彩色の色彩。

物凄い勢いで凄んでいるラルゴが気づいているのかいないのかどうにも判断し難かったが、彼の顔をしっかりと覚えている凪は嘆息して一歩前に踏み出した。

途端に足元からぶわりと風が巻き起こり、髪が勢い良く煽られる。視界を遮るような流れが収まると、凪を守るように円を描いていた風は消えていた。



「・・・ラルゴ、ラルゴ」

「ん?どうした、お嬢?大丈夫だ、すぐ済ませるから」

「すませなくていいから。前も言ったけど、本気でチンピラみたいだからやめて、『パパ』」

「『パパ』・・・っ」



目に痛い色合いの男の襟首を掴んで振り回していたラルゴは、地黒の肌をぽっと染めて照れくさそうに恥じらいを見せた。

今の今まで声を低くして他人を恫喝していた男とは思えない仕草だが、生憎と可愛さの欠片もない。

むしろ引く。差が激しすぎて。現に凪だけじゃなく、隣でびびっと尻尾の毛を逆立てて耳を寝かせたガーヴも微妙な表情でラルゴを眺めている。

突っ込むのは怖いが、見ているのも怖い。けど怖すぎて視線が放せない。彼の顔にはくっきりとそう書いてあった。

ともかくラルゴが戦意喪失している間にと、尻から地面に落ちた男の前にしゃがみ込んだ。



「こんにちは、ソルトさん」

「・・・あんたも来てたのか」

「はい。ラルゴは私の護衛ですし、以前借りていた服の返却と、あと机の弁償もしなくちゃ駄目ですし、重たい腰を上げる切欠ができたものですから」



口から魂が抜けるんじゃないか心配してしまうほどあんぐりと口を開けた彼は、鶏冠のような前髪を揺らして唐突に覚醒した。

いきなり肩を握りつぶされるんじゃないかと思えるくらいの力で掴まれ、反射的に眉を顰める。

痛みを訴える様子にこの距離で気づかぬはずがないのに、ソルトは凪の表情すら目に入ってないようだった。

扉が吹っ飛ぶほど強く叩きつけられたようだが、思いのほか元気そうで丈夫だなと感心する。



「逃げろ!」

「え・・・?」

「今、ちょっと厄介なのが来てるんだ。『龍のラルゴ』がいれば滅多なことにはなんないと思うけど、帰ったほうがいい。多分───目的はあんただ!」

「は?」



何がなんだか判らない。

いきなり『逃げろ』とか『目的はあんただ』とか、サスペンスドラマの展開ではないか。

そもそも日常でそんな台詞を言われるような何かをした記憶もなければ、それほどの知名度もないはずだ。

ひっそりと平凡に毎日暮らしているし、ここ一週間程度の間はダランにすらいなかった。

兎も角判断を下すにも情報が足りないと必死な形相を浮かべるソルトを落ち着かせるために手を伸ばしかけ、急に翳った視界に眉根を寄せる。

チラリと視線を向ければ、その先には未だに悶えて尻尾揺らす不気味な龍と、そこから視線を逸らせずに固まっている狼の姿。

二人の姿があそこにあるなら、今、自分たちの上に影を作っているのは第三者と導き出される。


今更ながらに、嫌な予感がふつふつと沸いた。

意味がわからないなんて悠長な考えを持つ前にさっさと逃げておくべきだったと、遅い警戒音が脳内に響き渡る。

ぎこちなく、軋んだ音がしそうな動きでようやっと首を上に持ち上げたら、見覚えのある顔が並んでいた。



「ああ、ナギちゃん。良かった、やっと見つけた。この一週間姿が見えなかったから心配したんだ」



はははっと胡散臭いまでに爽やかな笑顔を浮かべる、金髪碧眼の麗しい容姿をした虎が、瞳だけは柔和さを捨てて冷えた色を湛えていた。

相変わらずスタイル抜群で綺麗だけれど、ラルゴと違って底知れない腹黒さを感じる。

金にも見える濃い黄色の毛並みに黒の縞が入った丸い耳の動きだけ、ピルピルとして可愛らしい。

しかしその可愛さがまた胡散臭さを増長させ、負のスパイラルを形成していた。



「ククク・・・俺に足取りも掴ませずに姿を消したかと思ったら、また唐突に戻ったか。おしゃべりな妖精も、忠心が厚い精霊も情報を黙秘するとはやはり面白い。益々興味が沸くな」



冷え冷えとしたこげ茶色の瞳が何故か潤んでいる。

熱心に凪を見詰める視線の意味を知りたくなくて、無意識の内に一歩足が後退した。

するとそれを咎めるように眉間に皺を寄せた彼は、大きな翼を広げるとばさりと音を立てて威嚇するように一度羽ばたかせる。



「げぇ!?ゼントにラビウスだと!?お前らなんでここに居るんだ!」



ようやく正気に返ったらしいラルゴの叫びに、遅すぎると内心で文句をつけた。

無遠慮に伸ばされた浅黒い掌が自分の手首を握りこもうとするのを眺めつつ、せめてここに人目がなければと、逃げるに逃げれない自分の運のなさに短く息を吐き出す。

なるようにしかならないが、せめて実験台にされる前に逃げ出そうと、クールな瞳を無表情のまま器用にきらきら輝かせる鷹を見て、思い切りどっと疲れを感じた。

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