番外【初詣】
*設定は現代、トリップ前です。
「───寒いな」
「ああ、寒い」
「寒いね」
両隣にいる幼馴染と、似たようなタイミングでぶるりと震える。
秀介は赤のダウンジャケットに黒のマフラーと手袋。
桜子と凪は色違いのダッフルコートと、マフがついた帽子に、熊の絵柄のミトンとマフラー。
防寒対策は完全だと言うのに、寒波は容赦なく三人を襲う。
家族とは時間差で合流を約束をして、生まれて初めて三人で先に初詣に行こうとしてるのだが、例年とそれほど変わらないはずの寒さが嫌に身に染みた。
「いると鬱陶しいが、兄様たちの筋肉は風除けになったな」
「俺ンとこのチビどもも、子供体温で温かかったよな」
「・・・私たち三人とも寒がりなのに、カイロも忘れちゃったもんね。いつもならお兄さんかチビちゃんたちがいたら保温には困らなかったのに」
例年通りなら、妹と凪に過保護な桜子の兄たちが過剰な気遣いを見せてくれ、秀介の下の子供達がキャラキャラと騒ぎたて寒さを忘れさせてくれる。
幼馴染三人の空気は馴染みがあって静かでも苦にならないのだが、今は沈黙すら寒さを助長してる気がした。
「よく考えたら、あれだよね。私たちって、暑いのは平気でも寒いのは全く駄目なんだよね」
「だな」
「全員体脂肪が低いからな」
凪は食べないので肉がつき辛く、残りの二人は極度に運動してるので筋肉ばかりなのだ。
脂肪は寒さを遮るには絶好の肉布団だと聞いたけれど。
「寒い」
「寒いな」
「寒い」
手袋をつけた手を、更にポケットに入れて僅かな暖を取る。
それでも震えは収まらず、歯の根は合わない。
歩いて十分足らずの所にある近所の神社に行くだけなのに、どれだけ遠いと言うのだろうか。
うんざりとして息を吐き出せば、外套に照らされた吐息は白く濁っていた。
「寒い」
「寒いな」
「───いいアイディアが浮かんだぞ」
何度目になるか判らない言葉の最後で、桜子がぴょこりと手を上げた。
彼女の身長は凪とほとんど変わらないミニマムなものだから、横を向くだけで視線が絡む。
夜空の闇を溶かしたような黒い瞳は、にこりと上機嫌に眇められた。
「私と凪がくっつけばいい。これで暖かだ」
整っているとしか表現できない顔を綻ばせ、シルクのような光沢を持つ黒髪を靡かせる。
きゅっと右腕に抱きついた力は凪よりも余程強いけど、痛みを感じるほどでもなかった。
寒さで赤らんでいた頬が更に赤みを増した気がする。
すりすりと肩に頬を摺り寄せるので、ふわふわな帽子が首にすれて擽ったい。
「ずるいぞ、桜!」
「何もずるくない。私と凪なら、おかしくないツーショットだ。兄様たちなら涙を流して写真を撮りたがる」
「そりゃそうかもしれねえけどよ・・・。あー!我慢できない!」
「うわ!?秀介!?」
「よさんか、秀!凪が痛がる!」
「痛くないように加減してるっての。それに凪もこの方が温かいだろ?」
子供の頃より随分と上にある瞳を眺めて、短く息を吐く。
確かに長い腕で肩を抱き寄せられれば、風除けの意味でも、温もりを分け合う意味でも温かい。
「離せ、秀!」
「やーだね。お前こそ離せよ、桜!」
「お断りだ!」
自分たちと同じように初詣に出かけた帰路を歩く人たちが、擦れ違い様姦しい様子を見てくすくすと笑っていた。
どこかで見た顔だけど、誰だか思い出せない。
多分同じ町内会の誰かなのだろう。
神社が近付くにつれて、人のざわめきが大きくなってきた。
離れたところに明りが灯され、遠くからでも神社の位置が確認できる。
「桜が離せ!」
「秀こそ離せ!」
凪を間に挟んだ二人は、凪を忘れてデッドヒートを繰り返す。
頭上でやりとりされる会話は煩いものだが、もう軽く十年は続けられてるので慣れてしまった。
「俺が凪と暖を取る!」
「私が凪と暖を取るんだ!」
仲良し喧嘩を続ける二人に、気付かれないよう喉を震わせる。
来年も、再来年も、それからもずっと三人でこうして過ごせますように。
初詣での神様へのお願い事も、今年も変わりはなさそうだった。