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18:どうしたって、流れるままに その7

ラルゴから拘束を解かれたガーヴは、速攻ですくりと立ち上がるとこちらに走ってきた。

いくらベッドに腰掛けているとはいえ、凪も先ほどまでの彼と同様ウィルに羽交い絞めにされている。

避けようにも動けないし、それ以前に己の反射神経で躱せる相手ではない。

素人にも比較できるくらいラルゴより遥かに劣るけど、ガーヴだって当然に凪より強いのだ。

どこまで行っても運動音痴が付きまとう凪は、精々ぼんやりと向かってくる様子を眺める間に全てが終わっている。

昔から桜子や秀介の鍛錬の様子をよく見ていたので動体視力だけは優れているのだが、そこだけ秀でていてもついてくる身体がなければ基本的に役には立たなかった。

思考だけが冴える中、あっという間に数歩分の距離を一跳びで詰めた彼は、凪に向かって手を伸ばす。



「ナギ!お前は───っ!!?」



だが伸ばした腕はするりと通り抜け、身体はスプリングが程よく利いたベッドに沈む。

ぼよんぼよんと身体が跳ねる感覚はあるが、脚の間どころか脚の中に顔を埋めた異物の感触はない。

しかし通り抜けているとはいえ、自分の股間に他人の顔が埋まる光景は見ていて気持ちいいものではなかった。

思わず眉間に皺を寄せかけ───変な動きをしているガーヴに手を伸ばす。

あちらから触れれなくても、拒絶しながら相手に手を伸ばす機会は中々ないし、当たり前に凪からは触れれた。



「ガーヴ、どうしたんですか?」

「っ、ふ・・・ぁ・・・」

「ガーヴ?・・・ウィル、何をしたんですか!」

「何って、お前の望み通りにしたんだ」

「ぱちぱち音がしますけど。毛が逆立って、感電したように見えるんですけど。こんなドSなことを望んだ記憶はありませんが、もしかして言葉への制限ってこれですか?」

「おう!ま、大したダメージじゃねえから気にすんな」

「いやいやいや、言葉を奪うだけじゃ駄目だったんですか?」

「凪は俺のだ。それをたかが狼が所有発言しようとするから、苛立ちを控え目に表現してみた。何度か繰り返せば馬鹿でも理解できるだろ?」

「・・・・・・」



言葉を発するたびにこれでは見てる方が痛くなる。

思わず眉間に皺を寄せた凪に、ウィルは不思議そうに瞬きした。



「いいだろ、別に。こいつがお前の特別ならもう少し考えてやっても良かったが、そうじゃねえし」



きっぱりばっさりだ。

確かに凪にとってガーヴは特別か問われたら、『いえ、別に』と迷いなく返事をする。

この世界でも、元の世界でも、特別な相手は魂すら繋げた二人だけだ。

他の誰に何を言われても心が揺れることはないし、根本から関心もない。

信頼するラルゴや、可愛がっている子鼠たち、可愛がってもらっているラーリィやカルタが相手でも同様で、いざ目の前から消えても『ああ、そうか』と思うだけだろう。

有事の際に彼らを守ろうと思う感情と、特別・・と想う感情は似て非なるものだ。

神にすら壊れていると称された凪の心の琴線に、本当の意味で触れる日はきっと来ない。

しかしだからと言って、目の前で痛みに悶絶する様を見て楽しむ趣味もない。

一つ嘆息すると、そのまま腰に腕を回すウィルの手を軽く叩いてどけた。

視覚的には股間に顔を埋めているが、やはり身体はガーヴを障害とみなさずそのまま動ける。

本当に便利なのか不便なのか中途半端な能力だ、神の加護とやらは。

凪が移動すれば、子供が紐を引いて遊ぶあひるの玩具のように、ウィルもちょこちょこと後をついてきた。

違いは大きさと可愛さか。

また抱き上げようと伸ばされた腕を掌を上げて止めれば、不満そうに頬が膨らむ。



「・・・我侭かもしれないですけど、もう少し威力を弱めてください。私、人が痛がる様を見て愉しむ趣味はありません」

「つまり、嫌ってことか?でも俺もお前を自分のだって言われるのは嫌だ」

「ガーヴが目の前で焼け焦げたら、確実に私のトラウマが増えますよ。それに、私はガーヴが嫌いじゃないです」

「首輪付けられてあんな状況に置かれたのにか?」

「ええ。私はあの首輪と彼の権力に守られていましたし、ちゃんと利用させてもらっていましたから。それにまだ説明が終わってないので、気絶されても困ります。───構わないでしょう?私を共有するのは嫌いでも、私が大切にされるのは嫌いじゃないんですから」



小首を傾げて『お願いします』と続ければ、さも渋々とため息を吐かれた。

次の瞬間には回復したのか、弾むベッドの上で変な声を上げた狼に、ホッと安堵する。



「・・・言っておくけど、お前のお願いだから聞いてやったんだぞ。俺に感謝しろよ」

「はい。ありがとうごいます」

「俺を敬いつつ、俺を一番特別扱いしろ。お前は俺の『愛し子』なんだからな」

「いえ、それは遠慮しておきます。私の特別は神様でも奪えません。───それとも、壊してみますか?あなたが気に入ったこの魂を粉々にして再編成すれば、変わるかもしれないですよ?」

「本気で性質が悪ぃな、凪は。神であるこの俺を二度も脅迫するなんて、『愛し子』のお前が初めてだ」

「先回はともかく、今回はしていないでしょうに。話が終われば相手をしますから、少し大人しくしててください。本気でガーヴとの会話が進みません。ラルゴなんて勝手にお茶をついて御菓子食べ始めてますよ」



つ、と指差した先では、不機嫌そうにうるうると喉を鳴らしたラルゴが、それでも優雅にカップを傾けてお茶を飲んでいた。

さっきのはほとんどガーヴに食べられてしまったので、買い置きして仕舞っておいた御菓子を自分で追加して食べている。

質より量で大量購入された御菓子は、どんどんと彼の胃袋の中に収まっていた。

その様子を眺めて鼻を鳴らしたウィルは、何を考えたのかつかつかと歩くと、彼の隣に音を立てて座る。

そしていつの間にか飲み干していたらしいお茶の入っていたカップをラルゴにずずいと押し出して、早く給仕しろと命令していた。

流石の上から目線だ。親しくもないどころか、格別に優れているらしい龍の回復力をもってしても致命傷を負わせた相手に、あんな風に上から命令できるだろうか。

彼の価値観をまざまざと見せ付けられ、それに嘆息しつつ、ベッドに凭れて大人しくなったガーヴに近づく。



「!?」



後一歩というところで急に振り返った彼は、琥珀色の瞳を剣呑に細めて凪に手を伸ばし、やはり空振りして床に沈んだ。



「・・・いい加減学習しましょうよ、本当に」

「うるさい」

「五月蝿くてすみません。ですが、これから先、あなたにとって儘ならないことが増えますから、私の話ちゃんと聞いたほうがいいですよ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味です。ウィルが誰で、私が何かというとこまで説明できたので、最後のここが何処かを説明します」

「・・・・・・」

「ここはダラン。あなたの住んでいたナナンのドイエル村から対面に位置する大陸、ダウスフォートの首都です」

「ダ・・・ウス、フォート?」

「ダウスフォートを知りませんか?」



ぱちりと瞬きして吐息のような声を漏らした彼に、目を眇める。

ラルゴに視線で問いかければ、ウィルとお茶の入ったポットを巡り攻防を繰り広げていた彼は、器用に尻尾の先でカップの取っ手を掴みつつ首を振った。

どうやら凪が考える以上にあの尻尾は繊細な動きが可能らしい。益々興味深い。



「この世界に住む獣人なら、世界地図を見たことはなくても大陸の名前くらい親から教わる。ましてあの村にはセンセイが居たんだ。あの狼は長く旅をしていたようだし、世界地図くらい持ってるだろ。それを村長の息子であるこいつに見せてねぇとは考え難い。単純に混乱してるだけだと思うぜ」

「そうだよね、普通なら瞬きの間に大陸移動って混乱するよね。私たちの順応性が高過ぎるんだよね。・・・いや、私はこの世界について先入観を持ってないから常識に左右されないのは仕方ないとして、この世界で生きてるにしてはラルゴが順応し過ぎなのか」

「・・・真面目な顔で言うなよ。なんとなく凹むだろ」

「褒めてるんだよ。ラルゴくらい図太くて生命力強くて笊の目が粗くていろんな意味で逞しくないと、私の護衛なんて無理だったろうし」

「確かに、並のレベルじゃお嬢の護衛は勤まらねぇよな、いろんな意味で」



うんうんと二人して思わず頷きあった。

お互いに思うところが同じとは限らないが、彼と最初に巡り合わせてくれたのだけは本心からウィルに感謝できる。

だが凪との会話中に感慨に耽った油断がラルゴに不幸を招いた。何故か神としての能力を使わずに、素早く己の身体を動かしたウィルの手が、尻尾で掴んでいたカップの先に当たったのだ。

中身入りだったらしく、『あっちぃ!』と文字通り飛び上がった彼は、尻からどすんと床に落ちた。

ちなみにその間、今度こそ能力を使用したウィルに、お茶も御菓子も全て奪われている。

空中で胡坐を掻きながら極めて満足そうにご賞味されていた。神に味覚があるかしらないが、その態度を見る限り美味しそうにしている。

再び姦しくなりそうな二人から視線をガーヴに戻すと、呆然としたままの彼の前で手を打ち合わせた。

びくり、と尻尾が毛羽立ち焦点があう。



「まだ話は続きがありますよ」

「・・・・・・」

「ウィルに聞いたところだと、ここからナナンまで龍の足でも全力で一月半かかるそうです。転移したので日付は変わっていませんが、距離は変わりません。ドイエル村の村長の息子であるあなたなら、この意味理解できますよね?」

「・・・つまり俺様は、村の掟を守れなくて、追放される・・・?」

「はい」



琥珀色の瞳にある瞳孔がきゅっと丸くなる。

今にも泣きそうに顔を歪めながら、ガーヴは凪へと手を伸ばした。

しかしやはりその手はすり抜けて、打ちひしがれたように床に身体を丸める。



「戻せ」

「・・・」

「戻せよ!戻してくれよ!神様ならなんとか出来るんだろ!ナギが頼めば、転移くらい───」

「無理です」

「何で!?」

「私がウィルに頼めば、あなたは私の視野から消えた瞬間に消されます。教えたでしょう?基準は今一わかりませんが、神様は独占欲と嫉妬心が強いんです。村から追放されれば生きられないなら頼みますけど、どうしますか?」



しゃがみ込んで視線を合わせてから問いかけると、涙腺からじんわりと涙が浮かび、盛り上がった雫がほろりと落ちる。

ぼろぼろと声もなく泣く少年の慟哭の深さを眺め、こてりと首を傾げた。

世界を渡るどころか、村に戻れないだけで涙する少年の感覚が凪には理解できない。

これがウィルに『壊れている』と言われた要因で、『異世界に渡る』ために選ばれた原因と知っているが、愛着はあっても執着は持てなかった。

故郷に対する感慨は薄く、次第に嗚咽が大きくなってきた彼の心の嘆きは共有できない。

それでも泣いている相手を前に放っとくのも出来なくて、そっと頭を撫でてみる。

手が触れた瞬間にびくりと身体を震わせたガーヴは、琥珀色の瞳で凪を見詰めると、溺れた人が縋りつくものを求めるように、必死に両腕を伸ばしてきた。



「・・・ごめんなさい」



無意識の内に謝罪の言葉がついて出た理由は、彼が故郷だけを想って泣いてるのではないからだろう。

凪の世界はあの二人だけだ。彼らが居るから感情を維持出来ているが、彼らがこちらに来てくれなければ、呼吸をするだけの人形になっていただろう。

心を閉ざして、誰と会っても反応しなかったはずだ。

相手がラルゴだろうと、ウィルだろうと関係ない。それくらい、凪にとっては彼らの存在が絶大だった。

そして彼の世界にも大切な相手はいて、悲しみの涙は故郷を失った以外の意味を持っている。


声も嗄れんばかりに嘆きながら縋りつくガーヴの背中を撫でた。

巻き込まれたのは果たして自分か、彼だったのか。

カーテンが開いたままだった窓からはいつの間にか西日が射していて、何があっても時間が留まらないのは異世界でも共通なのかとぼんやりと思った。

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