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18:どうしたって、流れるままに その6

とりあえず驚きで尻尾が毛羽立っているガーヴを眺めつつ、ラルゴに視線を向ける。

するとそれだけで心得たように一つ頷いた彼は、一回りは優に体格差がある狼を改めてがっちり抱え込んだ。

視線を絡ませるだけで意図が通じるのは楽だが、目と目で通じ合うなんてちょっとだけ微妙な感覚だ。

この世界で唯一心から信頼できる獣人は凪の味方と確信していても、若干ついていけない感情表現も多いため、己の常識がちゃんと磨かれてるのか心配になる。

眉間に皺を寄せた凪に向かって、大の男がするにしては可愛い仕草で首を傾げたラルゴに、胸に溜まった息を吐き出した。

考えても詮無いことだ。凪は既にラルゴを選んでいるのだし、選択し直す気は欠片もないのだから。



「・・・ともかく、そういう理由で私に関する所有発言は控えてください。見初められるまで知りませんでしたが、神様は存外に嫉妬深いです」

「そうだぜ、本来ならお前はお嬢に触れねえはずだったんだ」

「うー・・・うう」

「信じられねぇってか。お嬢、見せてやったほうが早いんじゃないか?」

「見せたいのは山々だけど・・・ウィル、離れてくれませんか?」

「離れる必要がないだろ。俺がいても結果は同じだ。なぁ、駄龍?」

「・・・本気でむかつく奴だな、テメェはよっ!」



いつの間に手にしていたのか、マジックのように現れた武器の一番先端にある石突のようなものでガーヴの服を縫いとめると、尻尾を使って身軽に起き上がる。

巨漢の癖に動きは目にも止まらぬほど素早く、無造作になぎ払った腕が当たれば、骨が折れるどころか内臓破裂でも済まなかっただろう。

気がつけば盛大な風切り音だけが耳に残ったまま、眼光を鋭くしたラルゴが苛立ちと共に舌打ちしている。

びたんと尻尾を床に打ちつけ、音もなく獣のようにしなやかな仕草で、驚愕に目を見開いたガーヴの口を再び押さえ込んだ。



「手加減したんだ、お前にも俺の動きくらいは目で追えただろ?俺の一撃は、あの二人には通用しない。姿を隠すなんて生温い小手先の魔法じゃねえぞ。お前に会った日の俺の惨状を覚えてるか?たった一撃で『龍の一族』である俺を伸したのは、目の前の一見優男だ」

「───っ」



ひゅっと息を飲み込む音が聞こえた。

いつも元気に立っていた三角の耳が、頭に沿って伏せられる。

丁度隣の犬が飼い主のおばさんに叱られたときのように、丸まった尻尾は股の間に挟まった。

ラルゴのわかりやすい説明により、ようやく徐々に半信半疑───と言うより混乱で理解出来ていなかった現実に思考が追いついたのだろう。

琥珀色の瞳に浮かぶのは、尊敬や畏敬ではなく、あからさまな恐怖だ。

『羅刹』について語るときより逼迫した雰囲気で、もしかしたら本能がウィルの神としての底知れぬ強さを感じ取っているのかもしれない。



「・・・と、私が拒絶すれば干渉は断たれます。ちなみに強制的な実験により、魔法も意思が加われば透過するようです」

「おい、どう言うことだ?魔法で攻撃されたみたいに聞こえるぞ」

「攻撃された」

「誰に!?」

「先日顔を合わせた『鷹』の人。魔法以外も何かされたけど、私には何をされたかわからなかった」

「『鷹』っつうと、ラビウスか。そう言えばあの時、厄介な陰険野郎たちに追いかけられてたんだった」



渋い顔で嫌そうに眉間に皺を寄せたラルゴは、面倒そうにため息を吐き出した。

確かにラルゴの気持ちもわかる。

きらきら腹黒、凪の印象を絵に描いたような『虎』のゼントに、威圧的な空気を隠しもしないこげ茶の瞳の『鷹』。

思わぬところで『ラビウス』と名前を知ってしまったが、出来ればご縁は浅いままでいたい。

脳内の警報があの手の人物は厄介だとアラームを鳴らしている。

しかしあと一月・・・・はダランで過ごさねばならない事情が出来てしまったので、顔を合わせる可能性は高くなってしまう。

虎の威を借る狐ではなく、龍の威を借る人間の凪だが、肉体的な喧嘩ならともかく口喧嘩に滅法弱そうなラルゴはどこまで太刀打ち出来るのだろうか。

この街に留まるにしても、何らかの策を考えなければいけない。



「まあ、そっちの対策はまた考えよう。私もラルゴに報告しなきゃいけないことあるし」

「報告?」

「うん」



返事をしたまま先を話さずにいると、ひょいと片眉を持ち上げて追求の手を緩めてくれた。

流石に人生の経験値が違うというか、空気を読めない部分はあるが、空気を察するのはとても上手い。

喜怒哀楽を控え目にするだけで三割り増しは男前に見えるけど、今の三枚目のラルゴの方が奔放で好きだし、何より無駄に照れそうなので褒め言葉は喉奥で噛み殺した。



「ああ、そうだ。そう言えば、干渉を拒絶すると記憶からも希薄になるみたいです。以前ラルゴに凄く怒られてから試していないですけど」

「あれは本気で肝が冷えた。何日も一緒にいたのに、すぽんと忘れちまうんだ。留めようとしても、掌で掬った水みたいにどんどんと零れ落ちていくんだ」

「単語で『忘れる』と一言言われるより、ひしひしと伝わってくるよ。もし大事な相手なら怖いね」

「だから言ってるだろうが、怖かったって」

「うん、ごめん。そうだ、これに関して質問があったんだ。ウィル、私の記憶なんですが、干渉を拒絶した相手のみ希薄になるんですか?」

「ん?」

「例えばこの場に私とラルゴとガーヴの三人が居ますよね。この内ガーヴを拒絶すれば、私の記憶が彼の中から抜け落ちる。ここまでは合っていますか?」

「ああ、そうだな。流石俺の『愛し子』だ」



ここぞとばかりにすりすりと頬を摺り寄せるウィルに、はんなりと眉が下がる。

しかし折れそうになった気力を何とか立て直すと、褒め言葉の乱舞の中疑問の続きを口にした。

ついでに唸りながら異論を唱えてるらしいガーヴもスルーする。

あくまで『例え』なのだから、とりあえず疑問に対する回答を求めることにした。



「ではもし私がそれを実行した場合、ラルゴの中の私の記憶はどうなるのでしょう?記憶とは一人の中に留まるものではなく、共通の友人が居ればそこにまた新たな記憶が生まれるはずです」

「その場合、記憶はそこの駄龍にしか残らない。お前が拒絶する限り、干渉は受け付けない。それが俺からお前に送った『加護』だ」



怜悧な美貌に蕩けるような笑顔を浮かべて、ぎゅうぎゅうと痛いくらいの強さで抱きしめられる。

しかし告げられた内容は、凪にとって都合が良くとも、それ以外には残酷だ。

記憶を消された相手はまだマシだろう。失ってしまえば元から持っていないのと同じで、困ることもない。

だが記憶を維持し、存在を認識できる上に、触れれて会話も出来て、それなのに理解を求められない記憶を留めた側はどうなるのか。

下手をすれば自分の気が違えたかと思い、狂うかもしれない。

やはり彼から貰った能力は、『加護』と表現するより『呪い』のほうが相応しい気がする。

幾度も恩恵に預かってるので文句はないが、喜ばしいだけの能力と思うことは生涯ないだろう。

必要と考えればこの能力を使用する際に躊躇しないだろうけれど、念頭に置くべき条件に、固く目を瞑る。

深呼吸を繰り返し、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

そのままラルゴに抱えられて唸っているガーヴに視線を送ると、びくりと姿勢を正した彼ににこりと微笑んだ。



「流石に助けてもらった恩人を、見知らぬ土地に記憶を削除した上で放置したりしませんよ」

「ううー、うー!うううーむ!」

「・・・このままだと何を言ってるかよくわからないんだよね。かと言ってラルゴが手を放した瞬間、衝動のままに何を言うかもわからないし」

「いっそそこでお嬢抱き締めるだけの奴に制御掛けさせればいいんじゃねえか?お嬢の所有を口にされなきゃ我慢できるんだろ?」

「ウィル、ガーヴの私に関する所有発言に制限は掛けれますか?」

「掛けれる」



何故か嬉しそうに目を輝かせたウィルは、そのまま凪の頭を撫で繰り回した。

暫く沈黙してもずっと頭を撫でるだけで何かした風ではない。

機嫌がいい神様と、微妙な表情で顔を付き合わせる人間と龍と狼。

心の中で百を数えてから、今度は肩に顎を乗せて髪を弄くっている彼に、優しい声音で問いかけた。



「ウィル」

「ん?」

「いつ終わりました・・・・・・か?」

「お前が出来るか聞き終わった瞬間だ」



あくまでマイペースな神様は、凪の疲れた空気を気にせずに楽しげだ。

これ見よがしにため息を吐いたラルゴが手を退けると、長いこと拘束されていたガーヴがぷはっと大きく息を吸い込んだ。

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