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18:どうしたって、流れるままに その5

ベッドの上で待ち構えるように両腕を広げるウィルの片手にカップを握らせ、ついでに砂糖一つとミルクも注ぐ。残りの二つはトレイごと床に置いた。

行儀がいいとは言えないが、元々畳みに正座する文化がある日本人の凪には、これほど磨かれていれば床が固い意外に問題はない。

下手に暴れて埃を立てればお茶に入るのでそれだけ注意して、立っているラルゴを手で拱くと、彼も機嫌よく尻尾を揺らして胡坐を掻いた。

その拍子に少しだけ床が揺れた気がするが、まあ、気のせいとしよう。



「とりあえず粗茶ですが」

「粗茶?」

「・・・すみません、ぐぐいといってください」

「おう、ありがとっ!」



ぱしぱしと床の上を激しく尻尾が動く。

確かに暴れてるわけじゃないが、箒の如く床を撫でてるので埃が立ちそうな気がする。

一瞬注意しようか迷ったけれど、折角美味しそうに飲んでくれてるしまあいいかとやめた。

ラルゴもごつい手に繊細なカップの取っ手を握り、意外と優雅に紅茶を啜る。

飲む前に薫りを楽しんでからというのにキャラクターとのギャップを感じるが、胸いっぱいに吸い込んだ後で吐き出す息がとてもおっさんくさく、らしいと言えばらしい。



「ほれれ、はなひってらんんら?」

「・・・・・・」



ラルゴがお茶を飲む様子を見た一瞬の隙に、栗鼠のように頬をぱんぱんにしたガーヴがこてりと首を傾げる。

彼の食欲が旺盛なのは知っていたので多めに用意したけど、気がつけばラルゴのものも奪っていた。

赤髪の龍はそれを知りつつ許してるようなので、凪も特に文句ない。

文句はないが、見事な頬袋に触れてみたいと手を伸ばしかけ、瞬きした瞬間に視界が切り替わった。



「ウィル・・・」

「淹れたらすぐ戻るって約束しただろ。俺は十分待った」



片手に紅茶入りのカップを握ったまま、空いた手で凪の腰を抱いた異界の神は、器用にもその状態でふいっと視線を逸らした。

子供っぽい主張だが、確かに約束したので抵抗はしない。

力を抜いて身体を凭せ掛ければ、当たり前のように肩に顎を乗せて擦り寄ってきた。

まったく神様の威厳を感じさせないけれど、力だけは絶対だ。今も凪が瞬きする瞬間を狙って転移をさせたのだろう。

触れる必要なく相手を転移させれるなら、どうしてカラコの泉からの移動で抱き上げる必要があったのか。

聞いたとしても『やりたいからやった』以外の意見は求めれそうになく、抱き人形状態を享受する。

しかしそんなウィルとの遣り取りを、少し離れてるが正面に位置するガーヴが見て、咎めるように柳眉を吊り上げた。



「ナギ!お前は俺様の」

「馬鹿、止めろ!」

「!?───!!!!」

「阿呆、こいつは『羅刹』よりヤベェ手合いだぞ!余計なこと言うな!いや、言ってもいいがお嬢の視界に入らないとこでしろ!変なもん見せたらお嬢が夢に見るだろうが!」



変なものとは、具体的に言えば先日のラルゴのような惨状のことだろうか。

理由はどうあれ慌てたラルゴに間一髪の状態で命を救われたガーヴは、それに気づかず己を羽交い絞めする龍に不満を訴える。

ぐるるるぅと喉が低くなり、組んだ胡坐を崩して両足で床を蹴って暴れた。

それでも身体を拘束する腕どころか、口を押さえる掌すら微塵も動かせぬ実力差に、やはりラルゴは凄いとしみじみ感心する。



「お嬢!感心してねぇでさっさと説明を続けろ!こいつ鈍いからお嬢の状態の変化に気づいてねぇんだ!」

「そうだね。ガーヴ、その手の発言はウィルの前で控えてください。そもそも私はあなたのものになった記憶はありません」

「ヴー!むー、ううう!」

「ドイエル村で反論しなかったのは、身の安全を確保するためです。衣食住を賄って頂いたものの、『白虎』だった私は安全を確保するのに他に手立てはありませんでした。反論はしませんでしたが、一度もあなたの言葉に同意した記憶はありません」

「むむぅ、うーう!!」

「ラルゴの怪我を癒してくださったのも感謝はしてますが、『首輪』をつけなければならない状況を心底から受け入れたわけでもありません。私にはあなた方のように戦うための爪も牙も能力も本能もなければ、経験もありません。だから村の一族の長の息子であるあなたの名前を利用しました」



淡々と告げれば、ショックを受けたようにガーヴは瞳を見開いて固まった。

しかしあの村の状況を鑑みれば、凪に選択肢はなかったのくらい考えなくても判るだろう。

怪我をしたラルゴを助けて欲しいと望んだのは凪だ。

重たいラルゴの身体は凪一人じゃ移動させれなかったろうし、彼に関して助けを求めてもウィルは止めを刺しそうだったのでガーヴには感謝している。

それでも首輪を付けられ自由を奪われる理由にはならないだろう。

怒ってもいない。怨んでもいない。ただ口に出さなかっただけで、納得はしかねただけだ。

厄介ごとを持ち込んだ代償ならともかく、普通なら自分自身ではどうしようもない『虎』という種族だけで偏見を持たれ、気に入ったから当然と首輪を付けられる。

事前に知っていたら、怒らせたウィルに土下座でもなんでもして意見を聞いてから行動したはずだ。

沢山良くしてもらったけれど、普通に考えれば納得できる面だけでなかったのは確かだったのだから。



「とりあえず一つ理解してもらわなければならない超重要事項は、ここに居る真っ白な彼の前で私に関する下手な発言は控えることです」

「んんむ!むーうう!?」

「理由は彼がこの世界で絶対的な存在だからです。逆らえば怪我とかそんなものじゃなく、存在から消されますよ」



怒りか、それとも呼吸困難だろうか。

微かに頬を紅潮させたガーヴは、それでも不満そうにばたばたと暴れた。

本当にラルゴが口を押さえてくれて助かる。今ガーヴの口が利ければ、絶対に余計なことを口走っていただろう。

曰く『それでもナギは俺様のものだ!』とか『俺様のもんに首輪をつけて何が悪い!』とか。

凪に触れてるので機嫌よく呻き声を無視し続けるウィルに、直接言葉として聞かせたら完全アウトだ。

知らぬふりを続けてくれてる内に方をつけなければ、ガーヴの安全が確保出来きない。

いくら『愛し子』とはいえ、感覚が違う神の機嫌を維持し続けて、悪意なき無体な行為を止めるのは、タイミングが読みきれないだけに難しかった。

何しろ止める前に行動に移ってる場合が多いのだから。



「彼はこの世界の神『ウイトィラリル』。万物を凌駕した相手です」

「むーう、むむぅう!」

「信じてください。私があなたに嘘をつく利点は現時点でありません。納得してください。私はあなたに消えて欲しくないです」

「・・・・・・」



琥珀色の瞳をじっと見詰めて、自分なりに誠意を篭めて言葉を紡ぐ。

少なくとも今の凪は、彼に対して嘘はついてない。

ありのままの姿で、ありのままの現実を語っている。



「私の名前は『今岡凪』。この世界の人は、私のような存在をこう呼びます」



すっと胸に息を吸い込む。

今や完全に大人しくなったガーヴから、ラルゴはそれでも手を退けない。万が一を考えた彼の行為も、また優しさの一つだった。



「『神の愛し子』。───私は、こちらの世界に召喚された、別世界の『人間』です」



限界まで瞳を見開いたガーヴに映し出されるのは、先入観が捨てられた姿だろう。

『白虎』の特徴だった丸みを帯びた白い耳も、黒い縞が入った細長い尻尾もない、この世界でただ一人の『人間の女』。

ようやく現実を認めてくれたらしいガーヴに、安堵のため息を吐く。

後は口が滑らないように祈るだけだが、彼が本来はとても頭が良く狡猾な部分もあるのは知っていたので、大丈夫だと信じたかった。


沈黙を破る大きなため息を吐き出したラルゴが、抵抗のなくなったガーヴをまだ押さえつつ肩を竦める。



「つか、お嬢」

「なに?」

「俺が口押さえてんのによく会話できたな」

「会話はしてないよ。とりあえずガーヴが黙るのを待ってから一方的に話してた」



さらりと告げれば、『そんな気もしてたんだよ』と眉尻を下げた呆れ交じりの声が響いて、彼の真似をして肩を竦めた。

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