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18:どうしたって、流れるままに その3

今聞いた言葉を右から左に流してしまいたいが、一度聞いてしまったことを都合よくリセットするにはまだ人生経験が足りない。

これが取るに足りない相手ならともかく、曲がりなりにも恩人相手で、あげくに世界単位で見て自分の保護者(?)的存在の仕打ちが関わっていそうな以上尚更だ。

不法侵入───というか何故着いて来たのか理由すら理解したくないが、薄々察せれてしまうので日本人のさがを怨みたくなる。

それでも一応状況把握はしておくに越したことはなく、床でごろごろと転がったままの護衛を眺めて嘆息した。

ダメージがもう少し軽ければラルゴが間に入って常識を補足してくれそうだが、───否、どうせウィルと喧嘩になるだけだしいなくても同じか。


視界から入った情報と身体で感じる情報にずれがあり脳が混乱するだけとウィルは言っていたけれど、固く瞼を閉じておいて正解だったと転がる二人を見てしみじみ思う。

もっとも万が一瞼を閉じ忘れても、過保護な神様が咄嗟に視界を庇ってくれただろう。

『神の愛し子』の呼び名どおりに溺愛される凪は、その分気苦労も多いが至れり尽くせりの環境で過ごしていた。

こめかみを解し終えて視線をウィルに向けると、上機嫌に瞳を三日月形にした彼は、凪を片腕に乗せたまま軽がるとベッドに移動する。

スプリングが沈み込み、反動で僅かに浮き上がって、神様にも重さがあるんだなぁと地味に感心した。

腕に座らせていた凪を足の間に挟むようにして置き、腰に手を回してぬいぐるみ背後から抱えるような態勢になった彼は、凪の頭の天辺に顎を乗せる。

満足げにほぅっと息を吐き出しながら、ついでとばかりに足元に転がるラルゴに長い足で一撃を入れているのをなるべく視界に入れないようにした。

かなり加減し怪我をさせる意図がないのは、前回の遣り取りを見ていれば判る。

むしろ凪が間に入ったほうが余計にラルゴへの危険が増すので、あえてに興味や関心を見せないで質問に入った。



「ウィル」

「ん?なんだ?」



とろとろに甘ったるい声を出したウィルは、凪の肩に顎を置きなおして頬を摺り寄せる。

完全に胸のときめかないスキンシップは、溺愛する飼い犬にスキンシップを取る飼い主さながらだった。

彼にとって所詮凪は『愛し子』という名のペット。愛玩動物に過ぎないから、無駄な拒絶感も沸かない。

勿論ウィルが麗しい見目をしてるのも多いに貢献している。

油ギッシュで頭髪が薄くて肥満気味で無精ひげだったら、中身を知れば変わるかもしれないが、中身を知らぬ初対面からのスキンシップにはもう少し暴れたかもしれない。

無駄に整った神々しい顔を首を上げて見詰めれば、目尻を下げて嬉しげに微笑んだ。

相手によれば鼻が伸びていて最悪と取られるだろうに、彼の外見ではむしろ色気が前面に出ている。羨ましくないが、外観を損ねないという意味では美形は得だ。



「何故村から追放されたとわかるんですか?」



敢えて着いてきた理由ではなく、村を追放された理由を問うたのは、年下の狼がついてきた理由をウィルに聞けばまた機嫌が下降すると思ったからだ。

凪を目に入れても痛くないほど可愛がる神は、独占欲が結構強い。凪が大切にされて傅かれるのは気持ちいいと笑うくせに、関心が少しでも向けば嫉妬対象になる。

そうなれば得れる情報も得れなくなるので、より個人的な聞き方の『何故追放されたか』というのも止めた。

『追放されたとどうしてわかったか』と問えばウィルに対して、『追放された理由は何故か』と問えばガーヴに対しての疑問になる。

だからこそ不機嫌になることもなく凪の肩口に懐いたままのウィルは、あっさりと口を開いた。



「あの村のやつらは結束力が高いんだ。だから村の回りの土地をそれぞれ長の息子が管理し、長男が長になった後はその子の補佐を次男以下はすると決まっている。女であっても村長の家系に生まれれば同じだな」

「そうなんですか」

「そうなんだ。そんで結束が固い分古くからのしきたりも幾つもある。村の狼が外の狼と結婚するのも、冒険に出るのも、ちょっとした旅行でも全て村から長期で出るには長の許可が要る。それをなくして村を出た場合、しきたりを守らなかったとして追放だ」

「・・・ちなみに、制限はないんですか?何日間は待ってくれるという感じの」

「あるぞ」

「それなら、その期間中にガーヴを戻せば」

「地位を剥奪されることなく、村に戻れる。けど、まあ無理だろ」



漸く微かな希望を見せておいて、それなのに彼はあっさりと踏み潰す。

思わず眉間に皺を寄せ続きを促せば、拗ねた顔も可愛いと素っ頓狂な言葉を呟きながら凪を抱く腕に力が篭った。

我慢できる程度のぎりぎりのラインを見極める術も、神様としての能力の一つなのだろうか。

だとしたらこんなところで無駄な能力発揮していないで、さっさと神様らしい仕事して来いと、喉元まで言葉が競り上がるが根性で飲み込んだ。



「どうして無理なんですか?」

「期限が一両日中だからだ。ここからナナンに入るまでだけで何ヶ月掛かると思ってる?龍の足で全力で行っても一月半は掛かる。普通の獣人なら三ヶ月、お前なら・・・そうだな、四ヶ月あれば歩いていけるんじゃないか」

「・・・・・・」



なるほど。それは確かに凪の力ではどうしようもない。

龍のラルゴの全力移動で一月半なら、どう足掻いても一日は無理だろう。

しかし。



「『羅刹』は?」

「『羅刹』?ああ、あいつらか。あいつらなら一日でいける手段は持ってるな」

「それなら桜子と秀介に」

「いや、無理だ。あいつら片方は俺の愛し子に手を掛けた罰、もう片方は俺の愛し子を守れなかった罰を受けてる最中だ」

「・・・桜子と秀介に何をしてるんですか」

「殺さない程度にお仕置き中。先に言っておくが決定打を与える気はないぞ。あいつらが消えたらお前も消えるのはちゃんと理解してるから」



全然大丈夫に聞こえない。桜子と秀介が殴り合いの喧嘩をするのは珍しくない───むしろ大抵は秀介が殴られている───が、自分を無駄に溺愛する神からのお仕置きなど不安を煽る材料にしかならない。

眉間の皺が益々深くなるのを察しつつも、厳しい眼差しを彼に向ければ、どうして怒ってるんだとばかりにウィルは首を傾げた。



「桜子と秀介は無事ですか?」

「無事だぞ」

「本当に?」

「俺はお前に嘘はつかねえ。お前は俺の愛し子だ。世界で一番脆い生き物なんだから、思い切り甘やかしてやらねばな。それにあいつらがどちらかが暴走してもお前を守れるくらいにならないと、俺もおちおち寝てられねぇだろ?お仕置きが終わればもう一段階強くなるはずだ。だから、安心しろ」

「心の奥底から安心は出来ませんが、理解はしました。二人が無事なら異論はないです。ともかく、ウィルが力を貸してくれず、『羅刹』である二人の力も目当てに出来ず、龍の足でも一月半かる道のりを私が送れる筈もない。となれば、いよいよ覚悟してもらうしかありませんね」



平穏な人生を求めて普通に生きてるだけなのに、どうしてこうトラブルが続くのだろう。

地味に運がない自分を怨みつつも、恩人を切り捨てる選択肢は最初から度外視なので、もうこれもまた運命と呼ぶしかないかもしれない。

漸く床を転げまわる音が小さくなり、それでも未だに目を掌で覆っている二人に嘆息した。

どこからどこまでをどうやって説明していくべきか。

一人で下した判断にきっと幼馴染二人からは怒られるのだろうなぁと思いながらも、重たい唇をゆっくりと持ち上げた。

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