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閑話【いとしいとしというこころ】

*ラルゴ視点です。

突然の轟音の後、崩れ落ちてきた土砂を避けながら隣に居る凪に視線を向ける。

この程度のハプニングなら今まで経験してきた中でもマシなほうだ。冷静に対処できる。そう思っていた。



「っ、お嬢!?」



しかし視界の先に華奢で小さな影はなく、慌てて周りを見渡してもそれらしき姿は見つからない。

冒険者として経験を積んだ磨き抜かれた『龍』の感覚が告げている。もうこの場に『凪』は存在しないのだと。



「お嬢、お嬢!!何処だお嬢!」



声を限りに叫び続けるが、可愛い顔して辛口な言葉を放つ少女の鈴を振るような軽やかな声は聞こえない。

見つからない。見つけれない。世界で唯一つの『宝』が居ない。

まだ約一月程度しか共に行動してないのに、この失望感はなんだろう。

心にぽっかりと穴が開いて、そこに絶望という名の暗闇がどんどんと流れ込んでいく。



「何をしているんです、あなたは!逃げなくては埋まりますよ!」

「だがお嬢が!」

「気配を辿りなさい!龍のあなたがそんなことでどうします!?『羅刹』が彼女を浚ったんですよ」

「『羅刹』が!?」



土煙が口に入るのを考慮せずに叫べば、気管に埃が張り付いたのか酷く咽た。

徐々に土で覆われていく土に舌打ちしたのと、サルファに全身を強い力で引っ張られたのとどちらが先立ったろうか。

バランスを崩したラルゴの背中を、狼たちが思い切り蹴り飛ばし、素晴らしい勢いで木に叩きつけられそうになったところを辛うじて回避した。



「何しやがる!」

「こうしたほうが手っ取り早かった。たかだか虎の娘を見失っただけで冷静さを欠くな」

「たかだか、だと?」



呻るような声で搾り出すと、ガーズは瞳を眇めて腰だめに構えた。

土煙が徐々に収まり逝く視線の先で、泉と呼ばれたものは完全に姿を消し、他の二人の『虎』の姿もなかった。



「あの二人なら、『羅刹』が現れた瞬間に逃亡を図った。当然だろう。『羅刹』を見つけたなら、逃げるのが生物としての本能だ。見ろ、静まり返ったこの森を。生き物の気配を感じない」



ガーズの言葉通り、先ほどまで生き物の気配をそこかしこで感じた森は、作られた静寂で包まれていた。

ひっそりと息を殺し、凶悪で絶大な力を持つ強者を前に怯えきっている。

野生の動物は敏感だ。弱肉強食を骨の髄まで染みこませなければ、生き抜いていけないから。

水を打ったように静まり返った森では、己の呼吸すら耳障りに聞こえてラルゴは舌打ちした。



「だから何だって言うんだ」

「冷静になれ!お前と同じように落ち着きをなくしたガーヴが供をつけて飛び出して行ったが、『羅刹』に浚われたなら、恐らくあの娘はもう」



続く言葉を、隣に生えていた木を叩き割ることで中断させた。

苛立ちで身の毛がよだつ。何もかも粉々にぶち壊して視界から消し去りたい怒りに全身が支配される。

こんなのは凪を守れなかった悔しさや苦しみをぶつける八つ当たりでしかないと理解しつつ、止まれなかった。


三角の耳をピンと立て、威嚇するよう喉を低く鳴らす。

額からだらだらと汗を流し硬直した彼の前に、武器を構えたサルファが立ち塞がった。



「お止めなさい、ラルゴさん。それ以上『ガーズ様』に近寄るなら、僭越ながら『私』がお相手しましょう」



細い瞳を鋭く開いた狼の男は、普段の親しげな様子をかなぐり捨てて修羅場に慣れている落ち着いた態度でラルゴに対峙した。

どこからともなく取り出されたナイフを逆手に持つと、腰を下げていつでも動けるように無駄な力を抜く。

『ガーズ君』ではなく『ガーズ様』と呼ぶサルファは、やはり『狼の一族の懐刀』だったらしい。

携帯していたポールアームを軽く手首を回して動かす。

ぶんぶんと重たい風切り音を響かせたこの武器は、重たいがその分威力があった。

サルファは性格や身のこなしから推察して機動力勝負の弱点狙いのタイプだろう。

一件穏やかそうに見えても、あの手のタイプは無駄がない効率的な戦いをするものだ。



「うるせえよ。俺はお嬢を探しに行きたいだけだ」

「───意味がありません。何故ナギさんが囚われたかわかりませんが、『羅刹』に狙われた以上生存確率は」

「聞いてねぇ」



五月蝿い蝿を潰すのと同じ要領で、軽くポールアームを振った。

空気が唸り、障害物として近くにあった木々が呆気なく倒れる。

ラルゴにとっては自分の身体と同じ程度の太さの木を折ることなど、小枝を折るのと同じ程度の手間だ。

後ろで動けずに居たガーズを庇うようにして両腕を広げたサルファを中心に、魔法の盾が作られる。

弾かれた腕を見送りながら、一層募る煩わしさに舌打ちした。


早く凪を探して迎えに行かなくてはいけない。

ガーズとお供が探しに行ったと言ったが、あいつら程度では万が一見つけられたとしても助けるには至らないだろう。

狼は決して弱い種族ではないが、基本は群れで動くチームワークの種族だ。

たかが二人では『羅刹』を前に何か出来ると思えない。


以前この近くでガーヴが『羅刹』を見かけたと言ってから、『狼の村』は一族総出で警戒に当たっていた。

最悪の場合住み慣れた土地を捨てる覚悟をし、生きるために覚悟を決めていた。

それ故にあの村では始終『羅刹』に対する情報が飛び交っていたので便利だったが、結局何も役に立たなかった。

一番最悪の形で現れた世界最強の存在は、ラルゴの大切なものを奪った。



「・・・確かにあなたは強い。ですが魔封じをしている限り、私にも勝機があります」

「下らねぇ根拠だ。見てろ」

「まさかっ!?」



彼らが警戒するのであえてつけてやっていた魔封じの腕輪を片手で握ると、そのまま力を強めて砕いた。

甲高い音を立てて砕け散ったそれに、ゆるりと口角を持ち上げる。

先ほどまで僅かに余裕の残っていた狼の男は、開いていた瞳を丸めてごくりと喉を鳴らした。



「あれは力で壊れるような代物では」

「あったから壊れたんだろうが」



ふん、と鼻を鳴らしてあからさまに嘲りを浮かべると、今度こそ潰してしまおうと武器を構えた。

さっきと違いポールアームを握る手には本気の力が篭められている。

横なぎに武器を操ろうとした瞬間、懐かしい薫りが鼻を擽った。



「・・・お嬢?」



匂いの先に視線を上げると、文字通り空中にぽんと現れた凪は、硬直したまま落ちてくる。

武器を放り投げて落下地点まで駆け寄って必死に両腕を伸ばせば、ぽすんと高い位置から落ちてしては軽い衝撃が腕を伝った。



「し・・・」

「し?」

「死ぬかと思った」



両の拳を握って彼女曰くの体育座りの状態のままラルゴの腕の中で身じろぎすらしない存在に、思わず肩の力が抜ける。

あれだけ張っていた心の糸がゆるゆると緩んで、情けないことに凪を抱きしめたまま地面に座り込んだ。

太陽に当てると金色に見える髪に頬を摺り寄せて、柔らかい感触と暖かな体温を感じる。



「・・・死ぬかと思ったのは、こっちの方だ。まったく、心配させるなお嬢」

「心配かけてごめんなさい。ウィルがちゃんと戻してくれるって言ってたんだけど、ずれたんだね」

「あいつがいるから最悪はねぇって信じれたから、多少のずれは今回は許してやることにする」



言ってる意味は理解できなかったが、神の介入があったのは疑う余地はない。

だからこそラルゴは『羅刹』相手でも凪は死んでないと信じられた。

だが心配するのはそれとは別で、腕の中の華奢な存在が戻ってきてくれたことに心底安堵する。



「俺の繊細なハートは粉々になる寸前だったんだぞ」

「だが、それは否定させてもらう」

「───本当だ」



ぎゅうっと腕に抱き込んで囁けば、苦しいと小さな非難が聞こえた。

けど聞こえぬふりをして更に腕の力を強める。



「私にも予想外の展開だったんだけど、色々とごめんなさい」



ラルゴの本気を感じ取ったのか、抵抗も止めてされるがままになった彼女に、すっと目を細めた。

見上げてくるオッドアイに唇を近づけると、慌てて瞼が閉じられる。

瞼に落とした口付けに、目を閉じたまま愛らしく唇を尖らせた少女は、『セクハラだよ』と不満そうに訴えた。

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