持参金目当てと思った政略結婚でしたが、金庫の鍵を置いたら辺境伯に求婚をやり直されました
「必要なのは、あなたの持参金です」
初夜の寝室で夫にそう言われた花嫁は、普通なら傷つくのだろう。
私は傷つく前に、頭の中で持参金の額を三つに割った。領境の橋の修繕、崩れた水路、冬までに補充する備蓄。商家の娘は、寝台の天蓋より先に使途を考える。色気が働く隙などない。
「正直で結構です、エンリケ様」
「ただし、これはあなたの財産です」
卓上へ置かれた鍵が、こつんと鳴った。
「金庫は封じました。私も叔母も開けません。領地に必要な資金は、借りるなら条件を相談します。あなたが拒むなら使わない」
「持参金が必要なのでは?」
「必要です。だからといって、あなたの同意まで持参されたわけではない」
そのうえ寝室も別にするという。
なるほど。金は欲しいが、妻は要らない。
たいへん明快である。
ならば持参金を浪費し、役に立たない妻になって離縁されればよい。鍵を置いて、身一つで王都へ帰る。算盤より簡単です。たぶん。
第一の浪費先には、豪華な乗馬靴を選んだ。銀糸を縫いつけ、拍車には宝石、泥を踏むたび庶民の年収がきらめく一足。これなら寡黙な夫も「出ていけ」と言うに違いない。
ところが厩へ行くと、十二人の厩番が一斉に足を隠した。
「なぜ皆、藁の陰へ?」
「奥方様の靴が眩しいので」
「私はまだ注文すらしておりません」
隠したのは視線ではなく、穴の開いた靴だった。
靴底の穴が七つ。濡れた靴下が十二足。支給された長靴は零。零は数える必要がないので、余計に腹が立つ。
しかも長靴代は六週間前から給金より天引き済み。
私は十二通の給金袋を食堂の卓へ並べた。控除欄には「冬季装備費」。裏には叔母様の裁可印。長靴は影も形もない。影なら夕方には伸びるのに。
「家全体で耐える倹約です」
叔母様はエンリケ様のいない食堂で、厩番の説明を手のひら一つで止めた。
「使用人は命じられたとおり働けばよいのです。余計な口を——」
扉が開いた。
「続けてください、叔母上」
叔母様の声が、長靴より先に半分へ縮んだ。
「これは家を守るための節約案です。わたくしは事後にご報告するつもりで」
「すでに六週間経っています」
私は指を一本折った。
「天引きした長靴代は本日中に返金。新品も本日中に支給します。代金は叔母様の今月の管理手当から差し引いてください」
「家名を預かる者への侮辱です!」
「厩番の給金を預かった方が、先に差し引きましたので」
叔母様は撤回を命じた。
私は聞こえなかったことにした。商家では、入金の音だけよく聞こえる耳を優秀と呼ぶ。
夕方、十二人へ硬貨と長靴が渡った。
「足元、よし!」
「返金、よし!」
「奥方様、よし!」
新品の長靴が一斉に床を踏み、玄関扉が震えた。埃が降った。威厳も少し降った。
エンリケ様は叱らず、十二度目の足踏みまで見届けた。
浪費計画、一件目。
なぜか全員の足元だけが堅実になった。
* * *
夜ごと暖炉へ薪を投げ込む。これならどうだ。
火とは金を燃やすもの。浪費の象徴。離縁へ向けて燃え上がれ、私の暖炉!
意気込んで薪棚を開けたところ、燃えるべき薪がなかった。
「二十束、納品済みとなっております」
使用人が持ってきた供給契約には、確かにそうある。
私は測り棒を棚へ差し入れた。奥行き一。高さ零。薪の束数も零。
「先任の会計係が検品を怠ったのでしょう」
叔母様は言った。
次には、不在の商人が運搬中に紛失したのだと言った。責任はよく旅をする。薪より足が速い。
「では、専売契約を解除します」
「親族だから信用できる相手なのですよ!」
「届かない薪を信用しても、暖炉は温まりません」
契約の違約返金は、叔母様が預けていた仕入れ保証金から充当した。洗濯場へ十束、子ども部屋へ十束。荷車が屋敷へ着くと、叔母様の自室からだけ暖炉の爆ぜる音がした。来客用ドレスの請求書にも、支払済みの印がある。
全員で耐える倹約。全員とは、便利な言葉である。言った本人を含めなくても文句を言わない。
「勝手な契約解除は不作法です。火を消しなさい」
「消しません」
二十束はその日のうちに運び込まれた。洗濯場では凍りかけていた布が湯気を立て、子ども部屋からは靴音が床を走った。
翌朝、薪棚の前にエンリケ様がいた。
片膝をつき、測り棒を奥まで差し込んでいる。辺境伯が朝から薪棚を測る光景は、たいそう威厳がある。たぶん。背中に木屑がついていなければ。
「二十束あります」
「見ればわかります」
「見なければ、わからなかった」
エンリケ様は測り棒を立てた。
「今後、納品確認は私がします。支払日にも同席する」
「お忙しいのでは?」
「忙しいことと、任せた責任が消えることは別です」
怒られる予定だった。
なのに夫は測り棒を持っている。
浪費計画、二件目。薪棚は満杯。離縁への道だけが空っぽ。
困った。たいへん困った。
しかも木屑を払って差し上げたい。そんな項目は計画書にない。
* * *
小さな浪費では駄目だ。
残る持参金を一夜で使い切るほど豪華な晩餐を開こう。金貨を卓上へ積み、王都から珍味を運び、皿一枚ごとにエンリケ様の眉間へ皺を刻む。
招待客は二十三人。
仕立職人、金物商、蝋燭屋、粉屋、屋根職人。辺境伯家へ品物や仕事を納めたのに、代金を受け取っていない人々である。
離縁される前に、未払いだけは清算する。
これは浪費だ。断じて浪費。働いた人へ金を渡すのが真っ当な支払いに見えるのは、見る側の心が澄みすぎているせいだ。
「職人を晩餐へ招くなど、家名の恥です」
叔母様は席札を外し、二十三脚の椅子を壁際へ戻させた。
「使用人、片づけなさい。女主人の真似事に付き合う必要はありません」
命令された者たちの手が止まる。
叔母様の後ろで、帳場を手伝っていた二人が目を合わせた。片方は発注書の担当者欄を空白にした人。もう片方は受領印だけ叔母様へ運んだ人。口は閉じていたが、閉じた口にも席はある。支払いを止めた食卓の末席だ。
「叔母様。椅子は二十三脚、必要です」
「エンリケには、あなたが持参金で贅沢な宴を開くと伝えました。今度こそ庇いませんよ」
「一度目も二度目も庇われた覚えがございません」
「客を入れてはなりません!」
声が鞭のように飛んだ、その直後だった。
廊下から椅子が現れた。
正確には、椅子を左右の腕へ三脚ずつ引っかけ、背に一脚を背負ったエンリケ様が現れた。
「あと十六脚です」
「エンリケ様、その運び方は辺境伯としていかがなものかと」
「一度に七脚運べます」
「質問への答えが豪胆です」
使用人たちが残りを抱えて続く。広間へ椅子が並び、二十三人分の席が戻った。
「これは浪費宴会なのですよ」
叔母様はエンリケ様へ訴えた。使用人へ向けていた命令形は、どこかへ片づけられている。
「ヒメナは家名を辱めようとしています」
「その判断は、何を買う宴か聞いてからします」
「料理です!」
「ヒメナ」
「未払いです」
「料理ではないそうです」
叔母様の扇が止まった。
私の計画も少し止まった。この夫、会話へ参加すると妙なところで素直だ。
二十三人が屋敷へ入る頃には、夕刻の空が赤くなっていた。
長卓には肉の煮込み、焼いた根菜、丸いパン。珍味も金箔もない。豪華なのは、全員分の椅子と、全員分の代金だけだ。
使用人は二十三脚を置き終えると、上座の隣へもう一脚運んだ。
「これは?」
「支払日にご同席なさる椅子です」
エンリケ様が座った。
誰も驚かなかった。
最初から用意されるほど、彼はもう支払席へ来ていたらしい。
私はそれを知らなかった。知らないまま、金だけを見る夫と数え続けていた。
胸の内側で、算盤の珠が一つ引っかかった。
* * *
「晩餐を始める前に、三種類のものをご覧ください」
私は卓上へ書類を置いた。
第一に、二重領収証。
一枚は商人や職人が代金を受け取ったことになっている。もう一枚は家政側が支払いを翌月へ延ばした記録。同じ日付、同じ品物、違う結末。紙は便利だ。片方だけ見せれば、誰でも立派になれる。
第二に、家政用の印章。
叔母様の手元から離れず、発注書の担当者名が空白でも、受領時にはこの印だけが功績のように押されていた。
第三に、ルシラが持参した請求書。
「十四か月分です」
ルシラは金額より先に期間を答えた。
「冬服六着、喪服二着、使用人用の上着が九着。納期はすべて守りました。うちでは、一日に二度食べる日を週に三日まで減らしました」
「たった十四か月でしょう」
叔母様が言った。
扇が音を立てて閉じた。
「債権者も、たった二十三人です。この家の規模なら、支払いが遅れることくらい——」
「叔母上」
エンリケ様の声は低かった。
叔母様は私へ顔を向けた。
「あなたは持参金を浪費した。同じではありませんか。家の金を自分の判断だけで使ったのです」
「持参金はわたくし個人の財産だと、エンリケ様が封じてくださいました」
「家へ入った女の金は家のものです!」
「叔母上。それを認めないために封じたのです」
叔母様の断定が、押し返されて自分の膝へ落ちた。
私は管理印へ手を伸ばした。
「叔母様。印章をお返しください」
「拒みます。わたくしがいなければ、この家は凶作の冬を越せなかった。支出を止め、蓄えを守り、誰より長く家政を支えたのです」
「過去の功績は記録に残します」
「ならば——」
「十四か月分の未払いは消えません」
叔母様の指が印章を覆った。
「先任の会計係が勝手に処理したのです。親族の商人も、納品したと言っていた。使用人たちだって黙っていたではありませんか」
責任がまた旅を始めた。
「担当者名を消すよう命じられました」
壁際から声がした。
「受領印を押した書類だけ、叔母様のお部屋へ運びました」
もう一人が続ける。
「知っていて黙っていたなら、あなたたちも同罪です!」
「黙った者の責任は、別の欄へ記載します」
私は印章から目を外さなかった。
「ですが、支給停止を命じた方の欄が空白になることはありません」
「ヒメナ!」
叔母様の声が広間を打った。
エンリケ様が立つ。
叔母様の手が、印章の上で小さくなった。
「管理印は私が回収します」
「この娘の言葉だけを信じるの?」
「いいえ。給金袋、供給契約、二重領収証、空の薪棚、濡れた靴を信じます。見なかった私自身の責任も含めて」
エンリケ様は印章を取り上げ、私へ渡した。
叔母様が署名欄を押さえた。
「支払いの承認はしません」
「承知しました」
私は合図した。
二十三個の革袋が運び込まれた。
「もう持参金から用意してあります」
「家政管理者の署名なしに渡すつもり?」
「はい」
「返しなさい!」
最初の革袋が、蝋燭屋の手へ渡った。
次に粉屋。金物商。屋根職人。
袋は一つずつ卓を渡り、二十三人の手に収まった。叔母様の声が二度、三度、四度と追いかけたが、硬貨は戻らない。
いい音だ。
金が減る音ではない。止められていた暮らしが、また動き出す音である。
浪費計画は完全に破綻した。
——それで結構。これほど気持ちよく破綻するなら、算盤ごと放り上げたい。
最後の袋を受け取ったルシラは、中身を数えた。十四か月分を確かめ、背筋を伸ばす。
「奥方様へ礼は申しません」
「ええ」
「これは働いた分です」
「ええ。そのとおりです」
ルシラの指が袋の口を固く結んだ。
施しを受けた顔ではなかった。
代金を受け取った職人の顔だった。
広間の空気がそこで初めて動いた。パンへ手を伸ばす者、袋を懐へしまう者、隣の肩を叩く者。責任を追及した直後に食事を出すのは不謹慎かもしれないが、十四か月待った人をさらに空腹で待たせる趣味はない。
「叔母上のお話も聞きます」
エンリケ様が言った。
「凶作時の帳簿と、蓄えを守った実績も確認します。ただし、管理権は戻しません」
「わたくしを追い出すの?」
「管理職を解きます。私物は別邸へ運ばせます。それ以上でも、それ以下でもありません」
「この家を守ったわたくしより、その娘を選ぶのですね」
エンリケ様はすぐに答えなかった。
「今ここで選ぶのは、人ではなく責任です。支払うべきものを止めた者へ、もう支払いを任せない」
叔母様の扇が開かなかった。
事情はあった。功績もあった。不足への恐れは、きっと今も叔母様の中で冬を続けている。
けれど、厩番の靴を濡らし、ルシラの食事を減らしてよい理由にはならない。
私は追いかけない。
罰を足すためにも、暮らしを支えるためにも。
ここで勘定を閉じる。
叔母様が広間を出ると、二十三人分の食器が触れ合う音だけが残った。
エンリケ様は立ったまま、全員へ頭を下げた。
「家政を叔母へ委ね、確認を怠ったのは私です。未払い分はヒメナの持参金から支払われました。私は同額を自分の私財から彼女の金庫へ補填します」
「返していただくために払ったのではありません」
「あなたの金だから返すのです。感謝と弁済を混ぜません」
正論である。
腹立たしいほど正論である。しかも最初から同じことを言っていた。私の持参金は私のものだと。
「金を戻せば終わりとも考えていません」
エンリケ様は続けた。
「厩番への支払日には二度同席しました。薪棚は毎朝確認し、納品時には量と状態を見るようにしました。今後は家政の支払い、倉庫の検分、契約更新に私が同席します。決裁だけを引き取って、確認をまた誰かへ押しつけることはしません」
私は指を折った。
支払席への同席。
薪棚の検分。
納品確認。
次の指を折ろうとして、止まった。
謝罪なら一度で済む。
この人は、私の知らないところで二度目、三度目を続けていた。
「ヒメナ」
「はい」
「私も一つ、確認したい」
「帳簿でしたら食後に」
「婚姻についてです」
広間にはまだ二十三人いる。
聞き耳も二十三組ある。
「場所を変えませんか」
「支払いの結果を見届けた人々の前で、私の責任だけ隠したくありません」
真面目が過ぎる。辺境の風は人の融通まで吹き飛ばすのだろうか。
「私は持参金を必要だと言いました。領地の復旧に金が必要だったからです。ただ、あなたを家政から遠ざければ、自分の財産を自由に持てると思っていた」
「わたくしには、妻へ触れず、金だけ待つ方に見えました」
「持参金へ触れなければ誠実だと思っていました」
「わたくしは、持参金を使い切れば不要になると思っておりました」
「なぜです」
「わたくしは、役に立つから家へ置かれる人間です。役に立たなければ、追い出される。そういう勘定なら慣れております」
笑い声は出なかった。
パンを割る音も止まっていた。
「だから離縁されるために浪費を?」
「新品の長靴を十二人分。薪を二十束。晩餐客が二十三人。恐ろしい浪費家でしょう」
「私には、不公平を見つけるたび止まれなくなる人に見えます」
「褒め言葉としては、だいぶ落ち着きがありません」
「あなたは去る準備をしながら、この家で一番長く残るものを直した」
喉の奥で、何かがつかえた。
ここで冗談を探すのはやめた。
「私はあなたを、最初の一言だけで決めました」
「事実でした。持参金は必要だった」
「でも、それだけを求める方ではなかった。あなたは鍵を渡した。返金を撤回しなかった。十二人の足踏みを最後まで見た。薪棚を自分で測った。支払いの椅子へ座った」
指はもう動かなかった。
「あなたが逃げずに聞いた回数は——途中で数えるのをやめました」
エンリケ様の肩から、わずかに力が抜けた。
「数えられないほど働けば、信じてもらえますか」
「回数を増やすために働くのは不正です」
「では、必要だから続けます」
「それなら、見ます」
「見ていてください」
私たちはそこで、婚姻の中身を一項ずつ決めた。
私の持参金は私が管理する。
エンリケ様の私財も、私が取り上げない。
共同支出は二人で確認する。
支払日には二人分の椅子を置く。
倉庫は片方だけで見ない。
疑問があれば、相手の留守中に結論を作らない。
「寝室についても相談します」
エンリケ様が言った。
「そこだけ急に声が小さくなりましたね」
「二十三人います」
「今さらです」
広間の端で、椅子がきしんだ。誰かが笑いを飲み込んだらしい。請求してよいだろうか。精神的被害、一件。
エンリケ様は咳払いをした。
「私はあなたを妻という役目から遠ざければ、自由にできると思っていました。ですが、それもあなたへ聞かずに決めたことです」
「わたくしも、あなたを辺境伯と最初の一言だけで決めました」
「だから、今ある婚姻をそのまま続けてくれとは言いません」
エンリケ様が私の前へ片膝をついた。
椅子を七脚運んだ方が、今度は自分一人の重さを床へ預ける。
「ヒメナ。持参金ではなく、あなたに申し込みます。不公平を指で数え、見つければ予定を壊してでも直し、去るつもりで他人の冬支度を済ませるあなたと、婚姻をやり直したい」
胸の中で、最後の算盤がひっくり返った。
「すぐにはお返事いたしません」
「わかりました」
「あなたの行動が続くか、見ます」
「はい」
「それから、わたくしがあなたを選びたいかも、わたくし自身へ確認します」
エンリケ様は立ち上がった。
「待ちます」
既成の婚姻を盾に、答えを取ろうとはしなかった。
その夜、二十三人分の皿はきれいに空になった。
私の返事だけが、卓上に残った。
* * *
叔母様は三日後、私物だけを馬車へ積み、別邸へ移った。
私は見送りに出なかった。
管理手当の清算書には過不足なく署名し、その先の暮らしへ金も言葉も足さなかった。叔母様が後悔したかは知らない。知らなくてよい勘定もある。
それから一か月。
エンリケ様は支払日に欠かさず座った。
濡れた靴を自分で確かめた。
薪棚へ測り棒を差し入れた。
倉庫へ届いた粉袋を開き、数と状態を見た。
忙しい日は夜に帳簿を開いた。わからない項目は私へ聞いた。私が答える前に決めなかった。
三度目の支払日には、使用人たちが最初から椅子を二脚並べていた。
その翌朝、私は朝食の食卓へ金庫の鍵を置いた。
エンリケ様の手が止まる。
「これは?」
「わたくしの私財庫の鍵です」
「私に預けるのですか」
「いいえ。ここへ置くだけです」
私は帳簿を開いた。
「共同支出を確かめる時だけ、わたくしが開けます。エンリケ様の財産も、わたくしは管理いたしません」
エンリケ様はしばらく鍵を見ていた。
やがて懐からもう一本を出し、同じ食卓へ置いた。
「私の私財庫です。こちらも、私が開けます」
「鍵は二本」
「椅子も二脚です」
「ところが請求書は三十七枚です。結婚とは、数が合わないものらしいですね」
「一緒に数えれば、終わります」
「終わったら、また届きます」
「では、また一緒に数えます」
私は最初の請求書へ手を置いた。
「エンリケ様」
「はい」
「先日の求婚を、もう一度お願いできますか」
彼は椅子から立とうとして、膝を卓へぶつけた。
二本の鍵が跳ね、皿の上のパンが一つ転がった。
寡黙な辺境伯は膝を押さえたまま、それでも私を見た。
「ヒメナ。私と、婚姻をやり直してください」
金を必要とする人ではなく、私の指が止まるまで隣で責任を数え続けた人が、そう言った。
「はい。わたくしも、あなたを選びます」
それでようやく、夫婦になった。
「では最初の共同作業です」
私は請求書を開く。
「厨房の鍋、三つ。修理費が二つ、新調費が一つ」
「新調しましょう」
「理由は?」
「修理した二つを、子ども部屋と洗濯場へ回せます」
なるほど。
私は指を一本折った。
エンリケ様が、その指へ自分の指を重ねた。
「二人で数えるのでは?」
「ええ」
鍵は二本。椅子も二脚。指も二人分。
請求書だけは、やはり三十七枚あった。




