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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

今川氏真『天下人』獲得RTA at 1583(転生したら早川殿だった件if、短編)

掲載日:2026/08/17

※注意事項

人名が紛らわしいため、あえて表記を変えている部分があります。

丹羽長秀→そのまま

羽柴長秀→秀長への改名がまだなので『小一郎』

三好信吉(のちの豊臣秀次)→分かりにくいため『孫七郎』

天正十一年(西暦1583年)五月 京 妙覚寺


 妙覚寺。一年前に起こった『本能寺の変』において、織田信長の嫡男、信忠が宿所としていた寺院である。

 その内外には武装した男達がひしめき合い、随所に幟旗(のぼりばた)が立っている。幟旗に染め抜かれているのは、古来より限られた一族のみが掲げる事を許された旗印――『足利(あしかが)二つ引き』だ。

 境内の一室には、二人の男がいる。羽柴小一郎長秀と、その甥、三好孫七郎信吉だ。


「叔父上、一体…これからどうなるのでございましょう。我ら一族郎党囚われの身。もしや、もしや一息に根切りになど…。」


 孫七郎は下座に胡坐をかいたまま、落ち着きなく左の脇腹を撫でる。そこに本来ある筈の重み…打刀と脇差、二振りが無い現実に、違和感を禁じ得ないのだ。


「落ち着くのじゃ、孫七郎…左様な腹積もりであれば、我らはとうに土牢の中か、洛中を引き回されておる筈じゃ。こうして身なりを整える暇を与えるという事は…他に申し付ける次第がある、という事であろう。」


 孫七郎に言い聞かせる小一郎の声は冷静沈着そのもの。しかしその内心は、千々に乱れていた。


(まさか、こんな事になるとは…兄者が完膚なきまでに敗北する日が来るなど、考えてもみなかった。これから…これから、どうすればいい?)




天正十年六月十三日 山城国(やましろのくに) 山崎


 小一郎は不安と高揚の只中にあった。

 天正十年六月二日――後に言う本能寺の変において、主君である織田信長とその嫡男信忠が、家臣、明智(あけち)惟任(これとう)日向守(ひゅうがのかみ)光秀(みつひで)の謀反に(たお)れた。

 持ち前の嗅覚で天下の変事を嗅ぎつけた羽柴(はしば)筑前守(ちくぜんのかみ)秀吉(ひでよし)は、対峙していた毛利勢との和睦をまとめると直ちに反転、光秀が地盤を固める前に近畿まで舞い戻り、反攻勢力の取りまとめにまでこぎ着けた。


(綱渡りの連続じゃった…上様ご存命と偽手紙をばらまき、大義名分のために三七(織田信孝)様を担いだは良いが、その上で日向守との戦に敗れれば一切合財を失ってしまう…何度肝を冷やした事か。)


 しかし小一郎は分かっていた。秀吉(あに)が無理をする時は、それ相応の理由があるのだと。

 そして確信してもいた。この難局を乗り切れば、兄は、そして羽柴家は更に高みへと昇るのだと。

 その確信を揺るがしたのは、あまりにも予想外の『援軍』だった。信長が準一門衆とも呼ぶべき待遇を与えていた同盟相手、或いは属国…徳川家のそのまた客将、今川(いまがわ)宗誾(そうぎん)氏真(うじざね)が、百名前後の兵を率い、海路を伝って堺から合流したのだ。


「我が娘は三位中将(織田信忠)様の嫡子、三法師様の許嫁(いいなずけ)。前右府(さきのうふ=織田信長)様、三位中将様の仇討ちに、手を貸さずにはおられませぬ。どうか我らに先陣をお任せいただきたく…。」


 信孝の本陣で口上を述べる氏真に、小一郎は違和感を覚えていた。

 氏真が堺へ乗りつけるために用いたのは、北条が建造したという『大和黒船(やまとのくろふね)』――積載量と遠洋航行性能に優れる南蛮の船を、北条の工匠が再現したという驚異的な代物だ。それを事もあろうに、ちょうど秀吉が光秀討伐軍を編成したタイミングで押しかけるなど…話が出来過ぎている。

 結局先陣は従来の織田家臣が務める事となり、氏真は本陣の警固に回った。そして山崎において、討伐軍は光秀を破ったのだが…問題はその夜に起こった。

 何と無断で陣を抜け出した今川勢が、夜陰に紛れて勝竜寺城を脱出した光秀とその供回りを捕捉。激しい戦闘の末に、光秀を討ち取ったのだ――今川氏真自らが。


(思えばあの頃からじゃ。どこか、気色の悪い…誰かの筋書き通りに事が運んでおるような…。)




天正十年六月二十七日 尾張 清洲城


 明智勢の残党と、ドサクサに紛れて蜂起した反抗勢力を掃討した織田家が次に臨んだのは『清洲会議』――織田家の家督相続と、所領配分について重臣達が話し合いを開いた。

 ここで羽柴家に立ちはだかったのが秀吉よりも年長の宿老達、柴田勝家と丹羽長秀――ではなく、またしても今川氏真だった。


「お(いたわ)しや三法師様…御祖父君と御父君を一時に亡くされるとは。ここは我ら、今川が後ろ盾となり、再び織田家を盛り立てて参りましょうぞ。」


 その言葉を額面通りに受け取った者は、恐らくいなかっただろう。織田家が日の本に名を轟かせた『桶狭間の戦い』において、氏真の実父、義元を討ち取ったのが、誰あろう信長だったのだから。

 事前に秀吉が計画していたのは、山崎合戦で活躍した池田恒興を会合の面子に加え、柴田や丹羽に主導権を握らせない、というものだった。しかし、そこに『五人目』――氏真が乱入したために、目算が狂った。

 光秀を直接討ったという実績と、三法師の外戚という立場を前面に押し出した僧形の男は、織田の遺領配分に関して羽柴、池田、柴田、丹羽の主張を概ね認めた上で…二つの主張を通してみせた。

 一つは織田家の家督相続。

 本来の焦点は『誰が継ぐか』…ではなく、誰が名代(みょうだい)になるか、だった。

 信長以来の直系に当たる三法師が家督を継ぐ事に、異論を唱える者は存在しない。だが、数えで三歳の三法師が織田家を率いる事が出来る筈もなく…既に成人済みの信忠の弟たち、信孝か、信雄のいずれが名代となるのが筋だった。

 しかし、年齢、出自、軍功と、両者共に甲乙付け難く…会議が紛糾する中、宗誾が口を開いた。


「ここはひとまず、拙僧が三法師様が預かりましょうぞ。三七殿と三介殿はお気の済むまで争論を続けられるがよろしいかと。」


 それはもう一つの主張を通すための布石でもあった。


「ついては拙僧にも領国を賜りたく。山城一国が手頃かと。」


 柴田と丹羽の態度も秀吉を苛立たせた。

 外様同然の氏真が、突然しゃしゃり出て好き放題に搔き回しているというのに、形ばかりの反対姿勢を見せるのみであっさり引き下がる…明らかに事前の根回しがあったとしか思えなかった。

 結果、織田の領地は暫定的に信孝、信雄、秀吉を始めとした宿老達に加え…氏真によって分割統治される事になる。


(まさか、三法師様との縁組をねじ込んで来た時からこうなる事を見越して…いや、そんな筈は無い。明智の謀反から羽柴(われら)の大返し、山崎での戦に清洲での評定…全てを読み切る事など…。)


 だが、秀吉もやられっぱなしではいなかった。裏切りを予防するという名目で、会議の参加者同士が人質を取り交わすという案に全員を合意させ、今川からは氏真の妻、早川殿を引き取ったのだ。


「小一郎…これはただの人質ではないぞ。わしは人伝に聞いた事がある。かつて宗誾は上様(信長)にこう申したそうじゃ…早川殿は北条政子の生まれ変わり、妻に迎えれば天下を獲れると。既に調べはついておる。あの生臭坊主がそこかしこで大きな顔をしておられるのは、早川殿が築いた巨万の富のお陰じゃ。それをこちらに取り込めば、あの男は片腕をもがれたも同然よ。」


 自信満々に言い放つ秀吉に、小一郎は一抹の不安を覚えずにはいられなかった。

 だが、その不安を言語化出来なかったために…口には出せなかった。




天正十年十月十五日 但馬国(たじまのくに) 竹田城


 この日、京の大徳寺で織田信長の葬儀が営まれる。

 一方小一郎は、居城、竹田城で伝令を前に途方に暮れていた。


「今、何と?公方様(足利義昭)が…出陣されたと?」

「はっ…毛利勢を従えて東へ…既に備前、美作で戦が始まっている模様…。宇喜多から後詰(救援)を求める文が届いてございます…。」

「何かの間違いではないのか?毛利とは仮にも和睦済み…大義名分が無いであろう。それに、公方様が出馬されたとて…なにゆえ毛利が従う。」

「う、噂では…公方様はまず、天下静謐(てんかせいひつ)を掲げて、供回りのみを引き連れて出陣。これを引き留めようとした毛利の兵を次々と従えて…いつしか五万、十万の大軍になったと…。」


 そんな馬鹿な、と小一郎は小声で呟いた。

 足利義昭が名ばかりの『征夷大将軍』となって久しい。自身の肩書を利用して諸国の大名を扇動し、信長を窮地に陥れた事もあったが、結局足並みが揃わず、各個撃破されている。その上、自ら信長討伐のために挙兵した際は、将兵がろくに集まらず、あっという間に返り討ちに遭った。

 そんな人間が、今更毛利を傘下に収められるとは…。


「ご注進!小一郎様、大殿より文にございます!」


 物思いにふける間も無く届いた急報に、小一郎は眉間の皺が深まるのを自覚した。


「柴田、滝川…それに三七様、三介様が兵を挙げたと?羽柴家(われら)に主家への叛意あり、との題目で?」

「今川攻めは取り止め、東国の諸将には大殿が当たるとの事…小一郎様は宇喜多の助勢に向かわれたし、との命にございます。」


 当初秀吉が画策していたのは、宗誾主催の葬儀を織田家の簒奪(さんだつ)と糾弾し、複数方面から山城国へと進攻して、朝廷と三法師の身柄を確保するという筋書きだった。しかし、西に毛利、東に織田家の宿老達が脅威として出現した今、優先順位を変更せざるを得ない。


「…色々と問い質したい事はあるが…早川殿はどうした。今川の首に縄をかけるために、人質に取ったのであろう。詰問なり、折檻なり…。」


 自身の発言に嫌悪感を覚えながらも、小一郎は伝令に詰め寄った。儀礼的であれ、形式的であれ、裏切りを防止するための人質である以上…人質を用いて何らかの行動を見せなければ示しがつかない。


「それが、その…早川殿は側付き侍女共々、姿をくらましたとの事で…目下捜索中ではございますが…。」




 それからは、まるで蟻地獄の中で足掻くような日々が続いた。

 案の定と言うべきか、義昭が率いる毛利軍の兵力は五万どころか万に届くかどうかといった程度で、小一郎の援軍を前にあっさりと引き下がった。だが、『義昭の命に従って毛利が動いた』という既成事実は覆らず…小一郎は長期に渡って中国地方に兵を留め、防衛体制の構築に注力せねばならなかった。

 秀吉もまた、(かすみ)を斬るような苦行を強いられていた。

 信長の先例に(なら)い、どこか一点に兵を集中して短期に戦果を挙げて、複数勢力の連合を切り崩す…その方針に間違いは無い、筈だった。しかし『織田連合』の諸将は、秀吉本隊が迫ると守りを固め、挑発にも一切乗ろうとしなかった。

 そうこうしている間に別方面の戦況が悪化すると、秀吉は不利な条件で和睦せざるを得ず、ようやく転進した先でも同じような対応が待っている。『織田連合』がじわじわと戦線を押し上げる一方で、羽柴軍は疲弊する一方だった。


「何故じゃ、何故…兄者の采配が手に取るように分かる。それともこれが、宗誾の真の力量だと…そんな馬鹿な、では何故今まで…ぐ、また腹が…。」


 痛む腹をさすりながら、小一郎は必死に采配を振るい続けた。

 きっと兄が、いつものように…自分では思いも寄らないような幸運と奇策で、この逆境を乗り越えてくれると信じながら。




天正十一年四月二十一日 近江国(おうみのくに) 賤ヶ岳(しずがたけ)


「小一郎様…大殿が、大殿が後詰に!」

「今こそ好機!柴田の兵は腰砕けじゃ、畳み掛けよ!」


 北近江の山岳地帯に布陣して早一か月、ようやく訪れた逆転の好機を前に、小一郎は胸が高鳴り、声が上擦るのを自覚していた。

 半年に渡って東奔西走を繰り返し、消耗の一途を辿っていた羽柴軍は、柴田の南下を食い止める最終防衛線として賤ヶ岳南方に要塞線を構築。そのまま睨み合いを続けていた。

 そして昨日、秀吉が主力を率いて美濃国へ向かった隙を突いて、柴田軍の一部が羽柴軍陣地の深部を奇襲。防衛線は崩壊の瀬戸際に立たされた…が、それはある種秀吉が望んでいた展開でもあった。


「一番厄介なのはな、小一郎。権六(勝家)が江北に腰を据えて、わしらをここに釘付けにする事じゃ。この際先手を打たれても構わぬ。とにかく付け入る隙が生まれればよい。」


 その言葉は強がりでも何でもなかった。事実、柴田軍の奇襲を知った秀吉は、美濃国から急遽反転。強行軍を承知で賤ヶ岳まで戻って来たのだ。

 ただし、行ったり来たりで疲労困憊した秀吉の将兵が出来る事は限られている。反撃の主体となったのは、最初から布陣していた小一郎指揮下の各隊だった。


「小一郎様!柴田の兵が引き返してございます!」

「前田勢がこちらに付き、兵を退いた模様…柴田の本陣は最早丸裸にございます!」


 少し前までの鬱屈した空気が噓のように、小一郎の元には次々と朗報が飛び込んで来る。やはり秀吉(あに)を信じた事に間違いは無かったと、胸を膨らませながら柴田勢を追撃していた小一郎は…国境(くにざかい)を目前にして絶句した。


「済まぬな藤吉郎…わしは算盤勘定(そろばんかんじょう)を誤った(ためし)が無い。放て!弾薬(たまぐすり)が尽きるまで撃ち続けよ!」


 そこには、勝家を見限って撤兵した筈の前田利家がいた。木柵と土塁、竪堀(たてぼり)という三重の防衛線に守られた、鉄炮放(てっぽうはなち)の横隊を従えて。


「…っ罠じゃ!止まれ、引き返せ!」


 止まりそうになる思考を必死に回転させながら、小一郎は突然悪化した戦局の挽回を試みた。


(まさか、読まれていたというのか…兄者が美濃国から舞い戻って来る事さえも…とにかく、兄者を安全な場所へ逃がさねば!)


 正面から鉛玉の雨に突っ込んで混乱する前衛と、状況の変化に気付かず追撃を続けようとする後続に揉まれながら、小一郎が最優先したのは秀吉の身の安全だった。

 何千何万の将兵が落命しようとも、秀吉さえ生きていれば何度でも立て直しが出来る。そのために自分の命を投げ出す事さえ覚悟していた。


「殿にお伝えせよ!柴田と前田に謀られた、至急丹羽殿の船で…」


 以前から羽柴に友好的だった丹羽長秀は、手勢を軍船に分乗させて賤ヶ岳の沖合に待機している。その協力を得られれば…そんな目算を吹き飛ばすように、次の伝令が到着した。


「ご注進!丹羽勢が上陸、我らの本陣に入り…こちらに槍を向けてございます!」

「ッ、殿は、殿は何処に…。」

「それが、既に本陣より北に参られたものと…。」

「…動ける者はわしに続け!殿をお守りする!丹羽勢が砦に入ったとて、勝手が分からぬ筈じゃ!足並みが揃わぬ内に陣を抜き――」


 次の瞬間、暴風が小一郎の隣を突き抜けた。

 押し合いへし合いしていた雑兵足軽が、実体を持った暴風に吹き飛ばされていく。


「今川宗誾ここにあり!命が惜しくば道を開けよ!」


 暴風の正体は、各々の得物を振りかざして猛進する騎馬武者の一団だった。

 個々の武勇は豊富な資金と入念な土木工事、そして膨大な兵力の前に圧殺される…そんな長篠以来の戦訓を鼻で笑うような光景を前に、小一郎はしばし茫然自失となり…程なく我に帰ると、絶叫した。


「とッ、止めよ!何としても止めよ!あ奴らを――兄者の元へ――行かせる訳には――」


 それからの記憶はひどく曖昧だ。

 馬の尻へと我武者羅に鞭を入れ、元来た道を懸命に逆走した覚えはある。

 将兵の指揮を放棄したのだから、将兵の犠牲も膨れ上がったに違いない。

 それでも、秀吉の身の安全を最優先に確保すべきだと、その一心で駆けて、駆けて駆けて、駆けて駆けて駆けて――


「音に聞け、目にも見よ、羽柴筑前守はこの今川宗誾が討ち取った!」


 そして崩れ落ちた。

 槍の穂先に掲げられた、よく知る顔を目の当たりにして。




 長い回想から小一郎を呼び覚ましたのは、妙覚寺の廊下を歩いてこちらに近付く、軽やかでありながらしっかりとした足音だった。

 孫七郎に素早く目配せして頭を下げると、見えなくとも分かる、あの日の存在感が…堂々とした足取りですぐ横を通り過ぎるのが分かった。


(おもて)を上げよ。」


 定型句に従って顔を上げると、上座に禿頭(とくとう)の男が見える。

 間違いない、一年前までは織田家中の出世争いに絡みようが無かった筈の人物――今川宗誾氏真だ。


「では早速、沙汰を申し付ける…羽柴小一郎、三好孫七郎を始めとした一族郎党は――打首の上で獄門。今のうちに辞世の句を考えておくが良い。」


 あまりにも簡潔かつ端的な通告に、孫七郎はひゅっと息を吞み、言葉を失ったようだった。

 対して、小一郎は…大きな声で笑った。怒りと恐怖を、懸命に押し殺して。


「小一郎…何がおかしい?」

「その程度の恫喝で我らが命乞いをするとでも?やれやれ、当家を手玉に取った軍略が如何程のものかと思ってみれば、とんだマグレだったようにございますな。」


 圧倒的不利な立場を承知で挑発すると、氏真は怒るでもなく首をかしげた。


「ほほう…儂が其方らの首をはねる積もりが無いと、そう申すのか。何故そう思う。」

「今の宗誾殿は、かつての前右府様と同様の悩みを抱えておられる筈。あっという間に天下人に成り上がり、数か国の主となったものの、当てに出来る人手はあまりに少ない。さすれば、裏切り者、不忠者、昨日までの敵であろうとも構う事なく取り立てねば…(いくさ)にも(まつりごと)にも手が足りぬ仕儀となりましょう。」

「ゆえに、其方らを助命し、取り立てよと申すのか。」

「当家には文武に渡って秀でたる若武者が大勢ございます事、宗誾殿も先刻承知の筈。これを活かして使わぬと申されるは、名刀を折って包丁にするようなものにございましょう。」


 小一郎とて、絶対の自信があってこんな博打を打っている訳ではない。だが、この賭けに勝たなければ羽柴の一族は刑場の露と消えてしまう。

 ゆえに賭けるしかなかった。氏真は実際には羽柴家を即戦力として取り込もうとしており、初っ端から死罪を言い渡したのはこちらの命乞いを引き出すために過ぎないのだ、という自分の読みに。

 そしてその読みは当たっていたようだった。底知れぬ微笑みを浮かべながら小一郎と孫七郎を観察していた氏真は、一度大きく頷いた。


「よかろう。先の沙汰は撤回する…羽柴の一族郎党はこれより今川に仕えるものとする。知行割は追って伝えるゆえ、心しておくように。」

「はっ…寛大なるご沙汰、痛み入りまする。」


 小一郎は安堵のため息を押し殺して深々と頭を下げた。

 羽柴家の所領は大幅に削られるだろう。有能な人材を片端から取り上げられる事態も覚悟しなければならない。だが、とにもかくにも羽柴家は生き残ったのだ。

 安心すると同時に、一つの疑問が頭をよぎった。なぜ氏真は今日この瞬間まで、自分に情報を集め、善後策を講じる猶予を与えていたのだろう?

 もしや、自分から羽柴家の従属を申し出させる事が、最初からの狙いだったのでは…?


(今川宗誾氏真…思った以上に厄介な男かも知れぬ。)




 羽柴家の処分が決まるや否や、氏真は茶道具を持って来させ、手ずから茶を()て始めた。


「茶の湯は良いものじゃ。共に茶を飲んだもの同士、絆も深まる…これより我らは一蓮托生、共に天下静謐のため、励んで参ろうぞ。」


 調子のいい御託を並べながら氏真が差し出した茶碗。小一郎は一瞬迷ったが、ここまで話を進めておいて毒殺という事も無いだろうと踏んで、碗の中で湯気を立てる茶を一口飲んだ。そして、隣の孫七郎の前に茶碗を置いた――が、孫七郎は両膝に手を置いたまま微動だにしなかった。


「孫七郎、茶を…」

「飲めませぬ。…何が一蓮托生、先日まで欺き合い、殺し合って来た者同士が、どうしてそうも容易く仲直りなど出来ましょうか。」


 孫七郎は殺気のこもった視線を氏真に飛ばす。氏真はと言えば、怒りもうろたえもせずに黙っている。

 小一郎はどうやって状況を打開すべきか迷った挙句…氏真の本心に探りを入れる決心をした。


「恐れながら宗誾殿、拙者も未だ心より服従したとは申せませぬ。寝返り、鞍替えは確かに乱世の習いなれど…皆が皆不忠者では世は回りますまい。まして我らは、貴殿が討ち取った羽柴筑前守の係累…兄の、叔父の仇を、易々と許す事など…。」

「ふむ…もっともじゃ。誠にもっともな話じゃ。」


 氏真は誰にともなく呟くと、上座から降りて孫七郎の眼前に腰を下ろし…自ら点てた茶を一口すすった。


「知っての通り、儂は父を戦場に失っておる…討ち取ったのは前右府殿じゃ。儂は父に誓った、必ずや前右府殿を討ち、その首級を墓前に捧げると。しかして、儂はその約定を果たせなんだ。家中に見限られ、国を追われ…流浪の身と成り果てた。本領を取り戻すために頼みとしたのが、前右府殿…儂は親の仇に頭を下げた。」

「全ては、この時のためだったと?」


 小一郎が震える声で質問すると、氏真は苦笑しながら首を横に振った。


「いや…前右府殿に頭を下げてまで叶えようとした宿願は、本領…駿河国を獲り返す事であった。されど、それも今は昔…儂がこれより成すべきは、洛中にお戻りになられた公方様を助け、日の本に真の泰平をもたらす事にある。」


 氏真は小一郎に向き直ると、その目を真っ直ぐ見つめながら語りかけた。


「儂を仇と憎むのであれば、思う存分憎むが良い。儂の足をすくうなら、その好機を窺うが良い。儂とて油断はせぬ…されど、其方らの力量は存分に当てにさせてもらう。天下静謐という大義を背負った儂に、選り好みなど最早許されざる贅沢に他ならぬゆえな。」

(…これほどの覚悟とは。わしはこの男を見くびっておったやも知れぬ。とうに『終わった』男である、と…済まぬ、兄者。仇討ちは当面先になりそうじゃ。)


 小一郎が心の中で兄に謝りながら無言で促すと、孫七郎は恐る恐る茶碗に口を付け、残っていた茶を一息に飲み干した。




「時に宗誾殿、未だに合点の行かぬ事が少々…。」

「む?小一郎…其方らを翻弄した儂の華麗なる軍略を聞きたいと申すか?」

「あ、いや…そう、その通りにございます。我らの動向が敵方に筒抜けとなっていた事、公方様が毛利勢を引き連れて出馬された事、柴田、滝川、三七様、三介様が一丸となって兵を挙げられた事など…気に掛かってございます。」

「仔細は追々伝えるとして…公方様の一件は儂にとっても博打であった。『初代室町殿(足利尊氏)は多勢に無勢の戦況を幾度となく覆した、儂も合力するゆえ馬上一騎にても至急上洛されたし』と文を送ってな…やはり初代室町殿の血を引くだけある、なし崩しに毛利を従えてしまわれた。」

「成程…。」

()織田四将については…『託宣』とでも申せばよいかのう。前右府殿の死後、何が起きるかを事前に予言し…それをもって信を得た。」

「音に聞く、早川殿の託宣にございますか…最後に一つ。清洲会議までの宗誾殿の狙いは、織田家の緩やかな簒奪にあったとお見受けします。なにゆえ急遽当家の討滅に舵を切ったのでございましょう。」

「ああ、それは…実は筑前守殿に、一つ想定外の手を打たれてしもうてのう。」

「は?」

「我が妻を人質に取ったであろう。頼りになる者が側にいるとはいえ、心配で心配で…それゆえ、一刻も早く羽柴を討たねばならぬと決意した次第じゃ。」

「は、はは、成程…我が兄は最善の一手を打った積もりで、逆鱗に触れていたという訳でございましたか。」

「いやまこと、口は禍の元よ。我が妻を娶れば天下を獲れると申したのは儂ゆえな…されどこうして、全てはあるべき所に収まった。これはむしろ『噓から出た(まこと)』と言うべきかも知れぬのう、ほっほっほ…。」




 かくして、歴史の流れは本来のそれを大きく逸脱していく。

 『豊臣秀吉』『豊臣秀長』『豊臣秀次』といった人名が歴史の教科書に載る可能性は消滅した。

 旧織田家臣団は羽柴という共通の敵を失い、戦功の配分を求めて再び分裂を開始する。

 最後の輝きを見せた室町幕府と、それを支える今川家は、この混沌にどう立ち向かっていくのか。

 それを知る者は、もはやどこにもいない…。




おわり

こうして足利義昭は、今川家と羽柴家という脆弱な基盤を頼りに日本統一へと乗り出し、太平の世の到来は遅れる事になるのでした…。

拙作のゴールは今川氏真が天下人になるところまでですので、それ以上の成果は保障出来ませんでした。

でも、もしかしたらこのルートの方が、あんな悲劇やこんな惨劇を回避出来た、のかも?

普段投稿している史実重視の本編とは違ったテイストでお送りしましたが、楽しんでいただければ幸いです。

本編の執筆にも引き続き取り組んで参りますので、よろしければご覧ください。

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