第2話 折れない剣
朝。
前線の野営地は、いつも通り騒がしかった。
鎧が擦れる音。
焚き火の煙。
眠そうな兵士たちの怒鳴り声。
戦場の朝は静かではない。
むしろ、うるさい。
「リアナ隊、集合!」
隊長の声が野営地に響いた。
リアナは焚き火の横でパンをかじっていたが、その声を聞くと立ち上がった。
「了解ッス!」
口の端にパンくずをつけたまま、ひらりと手を上げる。
その動きは軽い。
まるで遠足にでも行くような気楽さだ。
だがここは戦場だ。
周囲の兵士たちは皆、疲れ切った顔をしていた。
昨日も戦った。
今日も戦う。
それが前線だった。
小隊の兵士が十人ほど集まる。
誰もが鎧を身につけ、剣を腰に下げている。
その中の一人が、リアナに声をかけた。
「リアナ」
「なんスか」
「昨日また武器折れたんだろ」
リアナは肩をすくめた。
「まあ、折れたッスね」
周囲の兵士が苦笑する。
別の兵士が言った。
「新人が死んだって聞いたぞ」
リアナはパンの最後の一口を食べて、手を払った。
「戦場ッスからね」
淡々とした声だった。
誰もそれ以上は言わない。
前線では珍しくもない話だからだ。
少し間を置いて、最初の兵士がため息をついた。
「マジで魔力鋳造の剣、脆いよな」
腰の剣を軽く叩く。
カン、と乾いた音が鳴る。
魔力鋳造。
今の時代の主流の武器製造法だ。
炉も鍛冶も使わない。
魔力で金属を形成する。
大量生産できる。
早い。
安い。
そして――
折れやすい。
リアナは腰の剣に手を置いた。
「まあ、しょうがないッス」
「しょうがなくねえよ」
兵士は苦い顔をした。
「昨日の戦闘で三本折れたぞ」
「それは運が悪いッス」
リアナは軽く笑った。
そして。
剣の柄をぽん、と叩いた。
「でも今日は違うッスよ」
「ん?」
兵士たちが振り向く。
リアナはニヤッと笑った。
「今日は新しい剣ッス」
「補給品か?」
「違うッス」
リアナは胸を張った。
「工房産ッス」
一瞬、空気が止まった。
兵士たちの表情が固まる。
「……は?」
「工房?」
「鍛冶屋の?」
リアナは誇らしげに言った。
「そうッス!」
兵士の一人が吹き出した。
「おいおい」
「時代遅れだろそれ」
「今どき鍛冶とか聞かねえぞ」
魔力鋳造が普及してから、鍛冶師はほとんど消えた。
時間がかかる。
効率が悪い。
軍はそんなものを求めない。
だから鍛冶屋は消えた。
――普通なら。
リアナは剣を抜いた。
キン。
澄んだ音が鳴る。
刃は光を反射していた。
見た目は普通だ。
派手な装飾もない。
魔力の輝きもない。
ただの鉄の剣。
兵士が首をかしげる。
「普通だな」
「普通ッス」
リアナは軽く振った。
ヒュン。
空気が切れる音。
「でも振りやすいッス」
兵士が眉をひそめた。
「強いのか?」
リアナは笑った。
「知らないッス」
「おい」
「まだ戦ってないッス」
その時だった。
見張り台から声が響いた。
「魔物接近!!」
空気が一瞬で変わる。
雑談は消える。
全員が武器を握る。
隊長が叫んだ。
「武器を持て!戦闘準備!」
兵士たちが剣を抜く。
金属音が連続する。
リアナも剣を構えた。
森の奥。
茂みが揺れる。
そして――
現れた。
灰色の体。
四足。
鋭い牙。
狼型の魔物。
「グレイウルフ!」
兵士が叫ぶ。
数は五。
素早い魔物だ。
新人兵士の顔が青くなる。
「や、やば……」
隊長が怒鳴った。
「落ち着け!」
リアナは一歩前に出た。
「自分行くッス!」
「リアナ!」
だが止める声は遅い。
グレイウルフが突っ込んできた。
速い。
普通の兵士なら慌てる距離だ。
だが。
リアナは笑った。
「来たッス!」
剣を振る。
ヒュン!!
鋭い風切り音。
グレイウルフの爪が振り下ろされる。
ガキン!!
爪と刃が衝突した。
重い衝撃。
普通なら――
ここで折れる。
魔力鋳造の剣は、この衝撃でよく折れる。
だが。
リアナは瞬きをした。
「……あれ?」
剣は折れていない。
曲がってもいない。
リアナはもう一度振った。
ガン!!
牙を弾く。
剣は――
折れない。
リアナの口元がゆっくり歪んだ。
「おお」
グレイウルフが再び飛びかかる。
リアナは体をひねる。
踏み込む。
そして。
ヒュン!!
刃が走った。
ズバッ!!
一閃。
グレイウルフの首が飛んだ。
血が地面に落ちる。
兵士たちが叫んだ。
「速っ!?」
リアナは剣を見た。
刃は――
無傷だった。
欠けていない。
曲がってもいない。
リアナの目が輝いた。
「マジッスか」
二匹目が突っ込んでくる。
リアナは迎え撃つ。
ヒュン!!
剣が走る。
ガキン!!
牙と刃がぶつかる。
だが。
折れない。
リアナは笑った。
「これヤバいッス!」
ズバッ!!
二匹目も倒れる。
残り三匹。
兵士たちが援護に入った。
だが。
一人の兵士の剣が――
バキッ!!
折れた。
「うわっ!?」
兵士の顔が凍る。
グレイウルフが飛びかかる。
牙が迫る。
その瞬間。
ヒュン!!
横から刃が走った。
ズバッ!!
魔物が倒れる。
リアナだった。
兵士は息を荒げた。
「た、助かった……」
リアナは肩をすくめる。
「気をつけるッス」
残りの魔物も、すぐに倒された。
戦闘終了。
兵士たちは息を吐く。
静寂が戻る。
そして。
全員の視線が――
リアナの剣に集まった。
兵士が言う。
「それ……」
リアナは剣を掲げた。
刃は綺麗なままだ。
欠け一つない。
「折れてないッス」
「マジかよ」
別の兵士が自分の剣を見せた。
折れている。
「俺の折れたぞ」
リアナは笑った。
「タクミの剣ッス」
「鍛冶屋の?」
「そうッス!」
リアナは剣を見つめた。
少し嬉しそうだった。
「これすごいッス」
隊長が歩いてきた。
腕を組んで剣を見る。
「リアナ」
「はいッス」
「その剣」
「工房のッス」
隊長は低く言った。
「さっき牙を二回受けたな」
「受けたッス」
「普通なら折れる」
リアナは笑う。
「でも折れないッス」
隊長は少し考えた。
それから言った。
「その鍛冶師」
「はい?」
「名前は」
リアナは胸を張った。
「タクミッス!」
その頃。
町の端の小さな工房では。
カン。
カン。
鉄を打つ音が響いていた。
炉の火が揺れる。
汗が額を流れる。
タクミは黙って槌を振るっていた。
自分の作った剣が。
今、戦場で使われていることも知らずに。
だが。
前線では今。
小さな変化が起きていた。
「折れない剣」
その噂が――
少しずつ広がり始めていた。
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