また明日、いつもの電車で
間違えて連載で上げてしまい、削除して投稿し直しました…不慣れですみません。
いつもの時間。
いつもの駅のホーム。
代わり映えのしない朝の風景。
学校へ向かうため、いつも乗る電車をホームで待つ。スマホを制服のポケットから取り出し、音楽を流した。耳に装着したイヤホンから流行りのJ-POPが流れ始める。好きな曲というわけでも、気に入っているアーティストというわけでもなく、ただよく聴かれている曲がランダムに流れてくるだけ。何を選ぶ時も、つい「どれでもいい」と言ってしまう俺にはありがたいシステムだ。流れてくるだけの音をぼんやり聞いていると、流行りの曲は電車がホームに滑り込む音にすぐに埋もれた。
電車のドアが開くとすぐに、俺はいつもの車両に乗り込んだ。
電車に入ると目に入ってくるのは会社員っぽい女性の後ろ姿。シワ一つないベージュのパンツスーツをピシッと着こなし、淡い色の長い髪を一つに束ねている。肩にかけた黒いビジネスバッグには固い雰囲気に似つかわない可愛らしいウサギのチャームが揺れている。
(今日もいる)
知り合いでもないのに、見知った姿になぜか少し安心する。今日はいつもより乗客が多く、後ろから押し込まれるようにして奥に進み、俺が乗ったドアと反対側のドアの前に立つ彼女の真後ろまで来てしまった。
いつも同じ電車に乗ってるなとは思っていたけど、こんなに近づくのは初めてだ。
知らない人なのに、勝手に知った気になっているからか唐突なゼロ距離が少し気まずい。
少し下を向くと彼女のつむじが見える。
(思ってたより背低いんだな)
そんなことが頭を過ぎり、思考をかき消すようにギュッと目をつむった。
さすがに変質者っぽい。
赤の他人なんだからジロジロ見るのはヤバいだろ…。
電車が揺れるのに合わせて、彼女のバッグについたウサギが踊り、時折俺のブレザーにぶつかる。
俺はできる限り彼女の方を見ないようにして、耳に流れてくる興味のない音楽に集中して車内をやり過ごした。
『〇〇駅~、〇〇駅です』
お姉さんの降りる駅だ。
ドアをじっと見つめて開くのを待っている姿を見て思う。朝の電車での時間はあっという間だ。
ドアが開くと同時に電車から降りるお姉さんを見送る……はずが、急に何かに引っ張られる感覚。
「!?!?!?」
視線を落とすと、俺のブレザーが引っ張られていた。お姉さんのバッグのチャームと俺のボタンが、妙な形で絡まっている。
「ちょ!ちょっと…!」
ボタンやチャームが切れそうで、つい引っ張られる力に任せて数歩踏み出してしまう。
お姉さんが俺の声に気付いて「え?」と振り返った時には、他の乗客の降車の波に逆らえず、押し出されるように駅のホームに降りてしまった。
『閉まるドアにご注意ください』
状況を整理できないうちに無情にもドアは閉まり、電車は発車する。
「……………」
「……………え?なんですか?」
呆然とする俺を振り返りながら、まだ現状がわかっていないお姉さんは訝しげな顔をする。
初めてまともに目を合わせ、思わず目線を逸らしてしまう。
「いや、あの……これ……」
お姉さんに、チャームが絡んだボタンを見せる。
「…………………あぁ!!!」
顔だけで後ろの俺をジロリと見ていたお姉さんも、今の状況が分かったようで慌てて俺に向き直ろうとする。
「あっ!まって!まって!!」
お姉さんが慌てて振り返ろうとした瞬間、チャームがぐっと引かれて、俺の体もつられて動いた。
「ちょ、動かないでください!」
お姉さんが俺の方を向こうとするたび、今度は反対に引っ張られる。
気づけば俺は、お姉さんの周りを半円を描くようにぐるっと回っていた。
……なんだこれ。犬の散歩かよ。
端から見たら相当間抜けだと思う。想像したくない。
俺の不審な行動の意味がわかったようで、お姉さんはバッグを胸の前で抱えて俺に向き直った。
後ろからじゃないだけ不審者感は減ったけど……距離近すぎ。初対面の距離じゃなくてちょっと緊張する。
「本当にごめんなさい!すぐに外しますから!」
お姉さんは絡まったチャームと俺のブレザーのボタンを凝視して捻ってみたり回してみたりしている。
数分格闘したが一向に緩む気配はなく、解けそうにない。
「……学生さん、ですよね?」
手は留めずに話しかけられる。
「はい、そうですね」
「この辺って高校…」
「あ、ここの二駅先で降りたところで…」
そこまで言うとお姉さんは申し訳なさそうな顔で俺を見上げた。
「え!…もしかして、私のせいでここで降りちゃいました?」
「あー…まあ…降りる駅ではなかったですけど…」
「ごめんなさい!本当に、ご迷惑おかけしました!!……いや…おかけ、してます…」
最後は尻すぼみになり、再び視線を落として焦った様子でチャームに手をかける。
「時間、あんまりないですよね…電車もまた乗らなきゃいけないし…」
「まあ…そうっすね…」
「………ん……私、コンビニでハサミ買ってきます。ちょっとだけ待っててください」
「え?切るんですか?」
「……はい。取れないみたいだから、仕方ないです」
お姉さんは困った顔で笑った。
「切る」と宣言しつつも、まだ手元は解こうとチャームを弄っていて迷いが感じられる。
「…切るなら俺のボタンのほうを切ってください」
「え!?…いや、そんなことできません!私のせいで迷惑かけてるのに…!」
「お姉さんのほうは切ったら戻らないけど…ボタンはまた付ければいいし…俺はできないけど、まあ、なんとかなると思います」
「いや…でも……」
「それ、大事にしてるんでしょ?」
俺がそう言うと、お姉さんは押し黙った。
やはり大事なものらしい。
「あ……じゃあ私がボタンをつけて…いやでもそんな時間ないよね…」
うーん、と真剣な表情で考え込むお姉さんを見て思わず笑みが溢れた。
俺はチャームを引っ張らないように気を付けながらゆっくりブレザーを脱いだ。
「お姉さん、今日何時頃帰るんですか?」
「え…?17時半とか…18時には帰ると思うけど…」
「じゃあ17時半とか18時くらいに、ここで待ってます。これ、お姉さんに預けるんで、ボタンお願いします」
脱いだブレザーを手渡すと、お姉さんは戸惑いながらも反射的に受け取る。
「え、でも…大丈夫?」
「平気。約束ね?」
ちょうど到着した電車に乗ろうとした時、後ろから「ありがとね」と声が聞こえた。
これってありがとうなのか?
なんだか的外れに感じる感謝の言葉が面白くて笑いを堪える。閉まるドアの窓越しにお姉さんが見え、俺は小さく手を振った。
▽▽▽
学校にはギリギリ間に合った。
教室に入ると早速友達にからかわれた。
「お前ブレザー忘れたの!?寒いのにそんなことある?」
笑いながら話す友達を横目で見て、席に座りながら答える。
「忘れてない。預けた」
「は?」
「忘れてない」
「いや、その後」
「預けた」
「……預けた??え??誰に??なぜ??」
……そう言われると、答えづらい。
誰か、と言われると……誰なんだろうな。
俺は朝のお姉さんを思い出す。
スーツを着こなし、背筋を伸ばして立つ大人な姿。
絡んだチャームとボタンを見比べる困った顔。
俺を見上げる大きな瞳。
彼女のことを思い出し、思わず表情が緩んだ。それを誤魔化すように俺は視線を落とす。
「………秘密」
俺の言動に違和感を感じたようで色々と追及してきたが、それから逃れるように俺は机に突っ伏して寝たふりを決め込んだ。
▽▽▽
冬は日が落ちるのが早い。
18時前にもなるともう辺りも真っ暗だ。
お姉さん、いつもこんな暗い中帰ってんだな…。
いつもお姉さんが降りる駅で、お姉さんが来るのを待った。
イヤホンを付け、近くの柱に背中を預ける。ぼーっと音楽を聞いていると、肩あたりをポンポンと叩かれ振り返った。
………誰。
知らない女の人だった。
華やかなメイクに、冬なのに露出の多い服。寒くないのか?
イヤホンを片方だけ外す。
「…なんすか?」
「お兄さん、暇?あたし、急に友達来れなくなっちゃって…良かったら一緒にご飯食べに行こ?」
首を傾げ、上目遣いでこちらを見つめてくる。俺は横目で見て小さくため息をついた。
逆ナンかよ。……面倒くさ。
「暇じゃないんで」
それだけ言って目線を逸らし、再びイヤホンをつけた。
こういうのはキッパリと。変に優しさを出して気を持たせちゃダメってのは経験で学んだこと。
それでも俺の冷たい態度も物ともせずにぴったりと横について話しかけてくる。
あまりのしつこさに無視できなくなり、イヤホンを外して女に向き直る。
「だから!暇じゃないって…!」
「あ、あの~…」
言いかけた時、背後から控えめに呼びかけられ、振り返る。
お姉さんだ。
「あ、お取り込み中のところすみません…これ…」
そう言ってブレザーを渡して今にも立ち去ろうとするお姉さんの肩を抱いて、自分の方に引き寄せる。急な出来事に、お姉さんは無抵抗に俺に寄り掛かる。
ふわっとほのかに甘く心地よい香りがして、胸が高鳴る。
「遅いよ」
「え?…す、すみません…」
「俺、これから彼女とデートだから」
ナンパ女を一瞥し、お姉さんの手を引いて改札へ歩き出す。
お姉さんは困惑しながらも俺に手を引かれながら付いてきてくれた。
繋いだ手は小さくて冷たくて。
消えてなくなってしまいそうで思わずぎゅっと握った。
「あの、すみません。急に」
ホームに着いて、俺が口を開いた。
「だ、大丈夫です……けど、あの、とりあえず、手、離してもらえると…」
「え?……あ、ごめんなさい」
ずっと握っていた手を離す。普通に忘れてた。
お姉さんは俯いていて顔が見えない。ポニーテールから覗く耳は赤かった。手も冷たいし、寒いんだろうな。
「あー…、さっきは助かりました。知らない人に絡まれてて」
「いえ、お役に立てたなら良かったです」
お姉さんがチラッと俺に視線を向ける。
「あの、ああいうことって…よくあるんですか?」
「うーん、まあ、時々」
俺が返すと「そうなんだ…」と呟いた。
少し間があって、何か言おうと彼女が口を開く。けれど、ホームに電車が滑り込んできて、言葉にはならないまま掻き消された。
2人で到着した電車に乗り込む。
朝と違い、この時間は比較的車内が空いていて座ることができた。
お姉さんが膝の上に置いたバッグで、ウサギのチャームが小さく揺れているのを見てホッとする。俺は手に持ったままだったブレザーを着て、付け直されたボタンに視線を落とした。
一つだけ糸の色が違うそれに、手縫いの温かみを感じて、思わず表情が緩む。
「これ、ありがとうございました。器用っすね」
「そんなことないよ。粗がバレちゃうからあんまり見ないでね?それより、ブレザーなくて寒かったでしょ?あ、先生とかには?怒られたりしなかった?」
「いや、全然大丈夫です。……あ~でも友達が不審がってた。俺が預けたって言ったから」
「え!言ったの!?」
お姉さんが両頬を押さえながらこちらをうかがうように見ている。その様子が子どもみたいにあどけなくて、いつも見る通勤時の凛とした姿とはあまりにかけ離れていて、声を押し殺して笑う。
「ちょっと!なんで笑ってるの!?どこまで話したの!?」
向かいの車窓に肩を震わせて笑う俺と少し口を尖らせて俺に文句を言うお姉さんが映っていた。
年齢も、どこに住んでいるのかも知らない。
お互い名前すら知らない俺達は、周りから見たらどう見えているんだろう。
いつも流行りの曲をただ聞き流し、過ぎる景色を眺めるだけの帰り道と違い、今日は特別な時間になった。
少なくとも、俺にはそうだった。
あっという間に降りる駅に着いてしまった。俺は重い腰を上げ、お姉さんを振り返る。
「また、明日」
俺の言葉にお姉さんは少し驚いて目を丸くした。でもすぐに表情を和らげる。
「うん、また明日ね」
走り去っていく電車を見えなくなるまで見送った。
きっとこれからも同じ時間、同じ駅、同じ電車。退屈な日々が続いていく。
それでも明日からは、今朝までとは少し違う朝になる。
そんな予感がする。
最後まで読んでいただきありがとうございました!




