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橙と白

SCP財団日本支部では、一か月の任期を終えたら釈放するという条件で、重犯罪者をDクラス職員として雇用していた。


地下の独房で寝泊まりし、支給された橙のつなぎを着て、命じられるままに任務に赴く。ここに行き着いた背景は人それぞれでも、似たり寄ったりなモルモットの群れ。何人かが入れ替わったところで、外から見れば区別はつかないだろう。


──そんな中、妙に目立つDクラスが居た。


腰まで届く白い髪に、赤い目の女だった。老婆かと思えば、髪につやがあるし、顔立ちはだいぶ若い。これほど長い髪に財団が黙っているとも思えない。男は短髪にする決まりだし、女の髪も適当な長さに切るものだろう。夜に急な点呼があったとき、シャワー上がりの濡れた髪をゴムで結いながら走ってきたことがあった。



一日の仕事が終わって、シャワー室で汗を流すと、食堂で飯を済ませた。ここに配属されてから、俺は洗濯工場で働いている。山積みのシーツと制服を洗っては乾燥機に放り込み、畳んで箱に詰めるのだ。きつい仕事だし、手を止めるたびに見張り役が睨みつけてくるのは不愉快だが、一か月洗濯するだけで釈放されるなら割が良い。


その後、娯楽室に何人かで集まってくだらない話をした。娯楽室とはいっても、天井のテレビからつまらないビデオ映画が流れていて、長机と古びた椅子、片隅に紙コップの給茶機があるだけだ。戸棚に折りたたみ式の碁盤が入っていたが、碁を打つやつは見たことがない。


話題はいつもと同じだった。娑婆に出たら何を食う、何を呑む、どんな女を抱きたいか。


そのとき、後ろの扉が開いた。振り向くと、例の白髪だった。

黙って壁際を通り、給茶機の前で立ち止まると、緑茶のボタンを押して紙コップを取る。あの緑茶は薄くてぬるいし、コップに半分しか出てこない。


「しけたもん飲んでるな」


誰かがそう茶々を入れた。

女はこちらを気に留めず、後ろの席に座って、紙コップに口をつけた。どうにも掴みどころがない。


顔に傷のある男がくるりと振り返って、女のほうを向いた。


「なあ。……聞いてんのか。あんたのことだよ」


女が顔を上げると、そいつはちょっかいを出した。


「今日さ、手洗い場のアレを消しただろ」

「ああ」

「せっかく書いたのに消すなよな」

「……仕事だから」

「掃除が?」

「そう」


手洗い場のアレとは、朝に見かけたファック・ユーの落書きのことだ。夕方には消えていた気がする。


男は口の端で笑いながら席に戻り、たぶん意味分かってねーな、と囁いた。女は天井のテレビに目をやって──お茶を飲み干して立ち上がり、紙コップを潰してゴミ箱に入れると、娯楽室を出ていった。絡まれて嫌になったのかもしれない。


女が出て行って間もなく、日に焼けた男が、ふと口を開いた。


「強盗殺人だってよ」

「何が」

「さっきのやつだ。強盗殺人でここに来たらしい。自分でそう言ってたぜ」


本当なのか、と思う。家に押し入って年寄りを殴り、金庫を車に積んで逃げるところは、どうにも彼女からは想像できなかった。


その夜が、彼女と顔を合わせた最後になった。

翌朝、日焼けした男や傷のある男と一緒に、窓のないバスに押し込まれた。行き先も、何をさせられるのかも、誰も知らない。人を殺しておいて洗濯だけで釈放されるはずがなかったのだ。

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