誰かに届く物語
投稿ボタンを押したあと、幸子はしばらく画面を見つめていた。
「公開しました」の文字が、まるで別世界の出来事のように感じられる。
心臓が、少しだけ早くなる。
誰かが読むかもしれない。誰も読まないかもしれない。
そのどちらも、怖かった。
数分おきにページを更新してしまう。
「閲覧数:1」
その数字を見た瞬間、胸が跳ねた。
「誰かが……読んでくれた?」
たった一人。それだけで、世界が少し変わった気がした。
夜、布団に入っても眠れなかった。
スマホを握りしめて、何度もページを開く。
「感想なんて、来るわけないよね……」
そう思いながらも、どこかで期待してしまう自分がいた。
翌朝、通勤電車の中でスマホを開くと、通知が一件届いていた。
「コメントが投稿されました」
指が震える。心臓の音が、耳の奥で響く。
>「リュカの孤独と強さに、胸を打たれました。続きを楽しみにしています。」
その一文を読んだ瞬間、涙がこぼれそうになった。
誰かが、リュカを見てくれた。
誰かが、彼女の物語を感じてくれた。
「ありがとう……」
小さくつぶやいた声は、電車の騒音にかき消された。
でも、心の中では、確かに何かが変わっていた。
創作は、ひとりごとじゃなかった。
誰かに届くことで、初めて「物語」になる。
そのことを、幸子は初めて実感した。
会社に着いても、心は少し浮ついていた。
仕事中、ふとした瞬間にリュカの声が聞こえる気がする。
「ねえ、次はどうなるの?」
彼女が、続きを待っている。
そして、読者もまた、続きを待ってくれている。
「書こう」
そう思った。
怖くても、不安でも、今なら書ける気がした。




