シンプル道北ストーリー〜火の欠片の果てに少女は――〜
日本 名寄
令和七年 夏
朝 晴れ
自立した女性である私達二人――十六歳――は、ホテルの部屋で話している。
「不審火があったそうよ」ミズハが言った「――そう。昨夜私達が着いた後に」
「やっぱり病院?」
「そうよ。気になる?」
「全然。どうでもいいわ」それより行きましょう、と私は付け加えた。
ミズハはうなずく。「あなたがシャワー浴びてからね」
その後、私達はとりあえず駅へ行った。ちょうど特急が停車していた。だが駅前には誰もいない。ホテルからここまで三分もないが、その間も人の姿はなかった。田舎にはよくある光景だ。しかし駅やそのロータリーに乗り物が来ればしばしは違う。ちょっと来るのが遅かったか?
「これからどうする?」駅に着くとミズハは言った。
すると、駅舎から人が出てきた。
同年代の外国人の少女だ。キャリーケースを使っている。
ふと、少女は私を見た。「すみません」話しかけてきた「この街はどんな所ですか?」
えっ? 「知らないで来たの?」私は聞いた。
少女はうなずいた。「そのほうが楽しいから」
へぇ。私は感心した。
「私はアーラジュ」少女は名乗った「カナエ、だよね?」
「何で私の名前を?」私は驚く「どこかで会った?」
「いいえ。でも知ってる」アーラジュはなにげなく答えた「私も自立した女性だから」
「――なるほどね。でも、それなら私に聞く必要あるの?」
「お近づきのために。話したそうにしてたから、カナエ」
鋭いわね。
また感心した時、
「カナエって言う人」呼ばれた。見ると、「ちょっと聞いてよ」と、二十代の女性は言った。
「何?」
「私はこの街の病院に通ってるんだけど、昨夜病院で不審火があったのよ。それで病院今日休みなの。もう最悪。下川からわざわざ来てるのに」
「それで?」いや、違うな「分かったわ」
私は話し始めた。
二分もかからない。
話し終えると、
「ありがとう」女性は晴れやかな表情で言った「楽になったわ」
「よかったわ」
「いくら?」
「必要ないわ」
「いいの? ありがとう」
「お礼を言うのはこっちよ。話をするの好きなんだから」
「下川ってどこ?」アーラジュが女性に聞いた。
「名寄の隣町。バスで四十分くらい。うどんとスキーが有名な町よ」
「うどんか。食べたいな」食べに行かない? とアーラジュは私達を誘った。女性はオーケーした。
「私はいいわ」ミズハは断った。
「どうして断るの?」私は聞いた「この機会に行きましょうよ。どうせ行くんだから」
「そうね」ミズハは肩をすくめた「食べるなら温泉で食べましょう」
「温泉?」と、アーラジュ。
「温泉も有名よ」
私、ミズハ、アーラジュが名寄に戻った時は夕方だった。
「二人とも、うどんおいしくなかったの?」駅のバス停でアーラジュは言った。私達?
「どうして?」私は聞く。
「そう見えたから」
「気のせいよ」ミズハが言う「それよりアーラジュ、今日泊まる宿は決まってるの?」
「あっ、決まってない」
「なら私達の泊まっているホテルにしたら?」
「うん。そうする」
「行きましょう」
「その前に」
誰?
声のした先には二十代の女性がいて、「私は神の使い。カナエ、あなたは“臭い”」さりげなく言った。
神の使い?
“臭い”?
女性は、「このままだといけない」
消えた……
「興味が湧いたよ」アーラジュが言った。真面目な表情をしている「私はカナエ達についていく」
「早くどうにかしましょう、カナエ」ミズハが言った「神の使いを」
「そうね」
ミズハはアーラジュを見る「あなたにとっても。ひょっとするとこの街にも」
その言葉に、私は嫌な感じがした。
翌朝、私達三人は美深――名寄の隣町。電車で二十分の距離――へ行った。駅舎を出る。その瞬間だった。
「いない」と、ミズハが言ったのは「この町にはいない。昨日の女性」
「どうしてこの町に神の使いがいると?」アーラジュが聞く。
「近くにいるならここだと思ったから。でも感じない」帰りましょう、とミズハは付け加えた。私は賛成したが、もう? つまらないとアーラジュは反対した。
私は、「ならこの町の道の駅でジェラートを食べに行きましょう。苺のジェラート。絶品よ」
変わってなければ。
名寄に戻った時は正午頃だった。
次に私達は教会に行く。南北に横たわる駅前の通りを北に少し歩けばあった。緑色の小さな建物だった。入口は開いていた。
私達が着くと、中から一人出てきた。
外国人の若い女性は、ふいに入口の前で止まった。
「一週間だ」女性は私達に言った「カナエ、ミズハ、一週間以内に道北から出て行かないとこの女性は犯罪を犯す」
この女性?
操られているの?
誰に?
女性はふいに頭を軽く下げた。「こんにちは」
解かれた、と私は思った。
「こんにちは」私が挨拶を返すと、女性は去って行った。
「どうするの?」アーラジュが言う。
私はミズハを見て、「どうする?」
「一週間楽しみましょう」
そうよね。
……でも、なんか……。私はちょっと不満だった。
翌日、私達は名寄の北にある田舎、音威子府、中川をぶらぶらした。
翌朝、私はミズハから聞かされた。
「また不審火?」
「昨夜。そして今日の未明」
「名寄の市立病院でしょ?」
「そうよ。行きましょう」
「どこへ?」
「外。行ったらとりあえず困っている人がいるわ」
私は微笑する。「ならぶらぶらしますか、名寄」
アーラジュも連れて、私達はホテルを出た。
一週間後の朝。
「いつ出発するの?」と、ホテルのロビーでアーラジュは言った「そしてどこへ?」
「――寂しい?」私は聞く。
「うん。もっと一緒にいたいから」
「いればいいわ」
「でも、まだ道北で行きたい所がある」
「私もある」ミズハは言った「神の使いに会わないと」
「どうして?」私は聞く。
「見極めたいから。それに教えないと」
「教える? 何を?」
「不審火について」
〈名寄の――の屋上に来て〉
頭の中で声が!?
女性の声だった。
「ミズハ、アーラジュ」私は呼びかける。二人はうなずく。
その百貨店の屋上は駐車場だった。だが車は一台も停まっていない。
その西側のフェンスの手前に若い外国人の女性が一人立っていた。
「今日出発するのよね?」女性は言った「でないとこの人も犯罪を犯すわよ?」
私はうなずく。「その前に言っておくことがあるわ」
「何?」
「私達がいなくなっても不審火は明日も続くわ」
「どういうことよ?」
「それともう一つ」私は無視した「どうして私達を道北から追い出したいの?」
「“臭い”からよ、カナエが」女性は顔をしかめる「お前のやっていることは醜悪極まりない。耐え難い。道北から消えてもらうわ」
「あなたは神の使いじゃない。そして神はいないようね」
「何?」
「神は優しいから」
「くっ……」
その反応、鎌をかけてよかったわ。
「名寄にいたのね」ミズハは言った。ピストルを女性に向けている「美深にいないわけだわ」
「見極めたのね?」私は聞く。
「うん」女性を見る「消えて」
女性が去ると、
「不審火に関係しているの? 二人とも?」アーラジュが戸惑いながら言う。
「関与した覚えはないわ」私は答える「二人ともね。でも、どうしてか私達の行く街の、ある科がある病院は火災に遭う」
「そう」アーラジュはほっとしたようだ「それならよかった。――でも、ある科って?」
「産婦人科よ」
「産婦人科?」
「どうしてかしらね?」
「教えます」
背後から声。
日本刀を持った、同年代の少女がいた。
「私に勝てたら」少女は楽しげに言った。
ミズハはピストルを向ける。
少女は平気な顔で、「できれば刀同士で戦いたいですね」私を見る「あなたと」
「私?」
「あなたに関係する“火”なので」
「――分かったわ」
と、私は日本刀を出す。
その瞬間、私と少女は駆ける。
交差した。
私は振り返る。
少女の日本刀は折れていた。
少女も振り返る。「私の負けですね」と、晴れやかな表情を浮かべる「すっきりしました」
「すっきり?」
「はい」少女の手から日本刀が消える「あなたのしていること、別にどうでもいいですがなんかちょっともやもやしていたので」
私も日本刀を消す。「名前は?」
「ウタコです」
「ウタコ、さっそく話してくれない?」
「はい」すると彼女は指を三本立てた「私の知っていることは三つです。一つは、外国人を見分けるためです」
「見分ける?」
「良い人か悪い人か。“火”を見れば分かります」
「二つ目は?」
「出産させないためです」
出産させないため? どうして?
「三つ目は……その……」少女はためらっている。
「平気よ。言って」
「――不審火はあなたのせいで起きる。それはあなたを憎ませるための“火”です」
「憎ませる?」私は首をかしげる「確かに真相を知れば私を憎む人は多そうだけど、でもどうしてそんなことを?」
「それは……」
「大丈夫よ」
「そぐわないからです」
「そぐわない?」
「――をしているあなたは」
「――なるほど」
「大丈夫?」と、ミズハは心配そうに私を見る。
「そんな顔しないで。気にするわけないでしょ? それよりびっくりしたわよ、その気遣い」
「ならよかった」ミズハは微笑する。
「他にも理由あると思います」ウタコが言う「というかあります。ど忘れしました」
「どうしたら思い出せる?」
「稚内に行けば分かります。情報源がいるので」
「稚内か」私はミズハを見る「行きましょうか」
「えっ?」
「久しぶりに」
「あるの?」
「ないけど」
「行きましょう。行きたいなら」
「アーラジュは?」
「行く」
「ウタコ、行きましょう」
「はい」
私達は名寄駅まで来た。駅舎の前には二十代の女性が立っていて、「稚内には行かなくていいわよ」そう言ってきた「私が教えてあげる」
「ウタコ、この人が情報源?」私は聞く。
「違います」
違うの?
「“火”には三つの“証”がある」女性は言う。
「“証”?」と、私。
「カナエ、あなたが生きているという“証”、“あの人”が生きているという“証”」
「“あの人”?」
「みんな、振り返って」
私達はそうした。
向こうの通りに人が満ちている。遠くに見える市立病院まで続いている。みな動かず、こちらを向いている。
な、なにこれ……
「最後の“証”を言うわ」女性の声がした。私達はそちらを見る。
女性は、「一気に言うわ。最後の“証”は、あなたが“器”だという“証”。そして通りのは名寄市民全て。あれだけいればあなたはどうすることもできず、“器”となる。そして最後に、私がなぜ話したのか。あなたの魂が消えるから最期に教えてあげたのよ」
女性はぱっと消えた。
私ははっとして振り返る。
市民が走り出した。
「どうしますか!?」ウタコが慌てる。
「……言ってやりたかったわね」
私は悔しい。
「えっ?」
「現在なんてどうでもいいって」
私は名寄市民を一瞬で焼き払った――そうすることもできた。
実際は特急で逃げた。
「どうしてしなかったの?」
札幌行きの車内でミズハは隣の私に言った。
「何を?」
「焼き払う選択」
私は驚いた。「してよかったの?」
「うん」平然と答えた「どうしてしなかったの?」
「それ聞く?」私は苦笑した「でもいいわ」私は答えた。
三日後、私とミズハ、アーラジュは名寄へ戻った。
午前中に着き駅を出ると、外国人の若い女性が待っていた。
「どうして戻ってきたの?」女性は眉をひそめて言った「今日中に道北から出て行きなさい。さもないとこの女性は犯罪を犯す」
「分かったわ」私は答えた。
それから私達は名寄市内をぶらぶらし、夜に特急で札幌へ帰った。
翌日も午前中に名寄に着いた。
改札口を出ると声をかけられた。外国人の若い女性は怖い顔で、「次の鈍行で帰りなさい。さもないとこの女性は犯罪を犯す」
鈍行で札幌とか地獄じゃん。
まぁいいけど。
「分かったわ」私は答えた「鈍行っていつ?」
「二十分後よ」
「二人とも、それまで街をぶらぶらしましょう」
二人はうなずいた。
「待って」と、女性「どうしてまた来たの?」怪訝な顔をする「目的は何?」
「ノスタルジー」私は答えた。
「はっ?」
「それに動かされて来たのよ」
「――道北が好きなの?」意外そうな顔をする。
「言いたくないわね。少なくともこの場では」行きましょう、二人とも、と私は付け加えた。
「次はないわよ」女性は冷たく言った「覚えておいて」
鈍行は誰も乗っていなかった。ボックス席に座ると、
「カナエ、さっき何で『言いたくない』なんて言ったの? 道北が好きなのか聞かれて」向かいのミズハが聞いてくる。と、彼女の隣に座るアーラジュは同意するようにうなずいた。
「それは……」
「大丈夫。言って」
「なら言うわ。私は現在の道北なんてどうでもいいのよ。でも、あなたが現在の道北好きになってたらと思うと言えなくて」
「そんなこと?」きょとんとする「まったく気にならないわよ?」
「――今どっちなの?」私はただ気になって聞いた。
「あなたは?」
「えっ? 私は――」
「待った」ミズハは止めた「その前に言っておくことがあるわ。私も何を食べても味がしないわ」
「えっ!?」
「なるほど」と、アーラジュ「どうしてですか?」
「分からないわ。カナエがやりたいことを始めたら私もそうなったの」ミズハは私を見る「それであなたはどうしたいの?」
「えっ?」
「甘えていいわよ」
「甘える?」
「三度目。もっとも『次はない』らしいけど」ミズハは肩をすくめる「でも、大丈夫でしょ?」
「――ええ」私は笑う「もちろんよ」
翌朝、名寄駅のホームに降りるとピストルを向けられた。
「可哀想に」ピストルを向ける、外国人の若い女性は言った「この人は殺人罪で逮捕されるわ」
「ちょっと話をさせて」私は言う「私は現在の道北なんてどうでもいいの。ノスタルジーがあるから」
女性は鼻で笑った。「なら何しに来たわけ?」
「探しに来たの」
「探す?」
「道北に移住先を」
「何?」女性は顔をしかめる。
「不審火とかで、さすがに札幌に迷惑はかけられない。ならノスタルジーのある道北に」
「ふざけるな!」
「そうそう、私どうやらそぐわないらしいのよ。道北、いや北海道に」私は溜息をつく「いや、もっとかもしれない。でも、いいの。私は共存していく」人差し指を立てる「それが誠意だから」
「誠意?」
ピストルが消える。
私の手に現れる。
女性に向ける。
引き金を引く。
弾も音も出ない。
だが、“撃った”。
「――あら? 私何を?」と、女性は慌てて周りを見渡す「あの、ここはどこですか?」
「名寄駅のホームです」私は答えた。ありがとう、と会釈して女性は駅舎に入って行った。
「解決したの?」と、アーラジュは私に聞く。
「ええ。撃ったからしばらくは」
「しばらく?」
「でも大丈夫だと思うわ。懲りたでしょ」
私達は駅舎を出た。
市立病院が燃えている。
私はミズハを見る。
「関係ないわ」彼女はあっさりと言った。
私は微笑し、その手を握る。
そして大火を見つめる。
私は、
「そうね。関係ないわ。私達は自分の人生を生きていく。それが自立した女性よ」
「それはダメよ」
アーラジュ?
彼女を見る。
彼女にピストルを向けられていた。操られているのか。
「違う。操られていない」心を読まれた? 彼女は、「“火”を見たからよ」真剣な表情で答えた「六つのことを教えてくれた。カナエ、あなたは外国人をよく思っていない」
「そんなことないわよ。むしろ――」
「違う」彼女は遮る「田舎を存続させるには外国人が必要。でも、本当はそれを嫌っている。変わってほしくないから。そう、あなたは過去、現在、未来の道北が好き。そうじゃない?」
「――そうかもしれないわ。でも、それでどうしてあなたが銃を向けるの?」
「あなたの“好き”は道北に限らないし、あなたは何をするか分からない。それに“あの人”のため」
「“あの人”?」
「“火”が生存を教えてくれている人よ」
ああ。
「――聞いたはずよ? 私の口から誠意って言葉」
「誠意はやめることだよ」
……外国人か。
相容れないのか……
悲しくなる私は、「私をどうしたいの? あなたは」
「それは……」一瞬ためらったが、「私の手を触って」と、もう片方の手も向けてきた「片手でいい。触らないと撃つよ」
不思議に思いながら私は言われた通りにした。
すると彼女はその手を引っ込め、
「その手は何も感じなくなった。試しにつねってみて」
――本当だ。私は首をかしげる。何で?
「あの“火”に焼かれたからよ」彼女はそう言った。
「焼かれた? 何も感じなかったけど?」
彼女はうなずく。「でも、そうなったことで感じるものがあるはずよ。心の中を探ってみて」
感じるもの?
そう思った時、
「カナエ」ミズハが呼ぶ。
その瞬間、アーラジュが消えた。
「これは?」と、私はミズハを見る。
「握って」と、彼女は手を差し出す「その使えない手で」
「えっ?」
「いいから」
私は言われた通りにする。
熱い。
私はハッとした。
「この熱さは!」
「関係ないわって言ったでしょ? 私」ミズハは呆れたように言う「大丈夫でしょ?」
「もちろんよ」
私はうなずいた。
キスした。
初めてを感じた。
アーラジュが現れた。
〈了〉