最初の一撃を、受ける
「行くぞ」
蒼真くんの声が響いた瞬間、
私の中の時間が、少しだけ遅く流れた気がした。
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視界の端で、
蒼真くんの腰が沈むのが見える。
拳が引かれる。
体重が乗る。
その姿は何度も見てきた。
あの人の蹴りや拳が、どれだけ速くて重いか、私は一番知っている。
それが――
今から私に向かってくる。
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心臓が、悲鳴を上げる。
怖い。
本当に怖い。
シャツ越しに肌を撫でる風が冷たい。
私の腹が、これから叩き潰されるのを待っている。
「……ッ」
奥歯を噛み締めた。
――逃げない。
どれだけ痛くても、
逃げない。
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蒼真くんの足が踏み込まれた。
その瞬間、
世界が音を立てて崩れた。
「ッ――!」
重く速い拳が、私の腹に突き刺さった。
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「ゴッ――!」
変な音が出た。
肺の奥から、一気に空気が押し出される。
目の前が白く光る。
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衝撃が、腹から背中まで抜けていった。
脳が震えている。
何も考えられない。
足の力が抜けて、膝が笑う。
「――っ、がっ……」
息が、できない。
喉が引き攣り、
酸素が一滴も入ってこない。
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痛い。
痛い。
痛い。
痛い、痛い、痛い――ッ!
私の腹の奥で、何かがぐしゃりと潰れたような感覚が走る。
内臓が全部裏返ってしまったみたいだ。
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震える膝が、床につきそうになる。
「……っ!」
耐えろ。
これは、
私が受けるべき痛み。
私が奪った痛みを、
私の体で返す時間。
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涙が滲む。
ダメだ。泣くな。
ここで泣いたら、本当に負けだ。
「……はっ、……は……」
喉の奥で泡のような息を吐く。
唇の端から、唾液が垂れた。
でも、
「……ふ、……ふふっ」
私は笑った。
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痛いのに。
苦しくて、何も考えられないのに。
笑ってしまった。
**
だって――
これでやっと、蒼真くんが楽になれる。
私の腹で終わるなら、それでいい。
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「……っ……もう、一発……いるか……?」
蒼真くんの声が遠くで聞こえた。
**
いいよ、蒼真くん。
何発でも受けるよ。
好きだからなんて言わない。
そんなことは絶対に言わない。
これは私の罰で、
私の“けじめ”だから。
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どれだけ痛くても、
私は――逃げない。
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