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最初の一撃を、受ける

「行くぞ」


蒼真くんの声が響いた瞬間、

私の中の時間が、少しだけ遅く流れた気がした。


**


視界の端で、

蒼真くんの腰が沈むのが見える。


拳が引かれる。

体重が乗る。


その姿は何度も見てきた。

あの人の蹴りや拳が、どれだけ速くて重いか、私は一番知っている。


それが――

今から私に向かってくる。


**


心臓が、悲鳴を上げる。


怖い。

本当に怖い。


シャツ越しに肌を撫でる風が冷たい。

私の腹が、これから叩き潰されるのを待っている。


「……ッ」


奥歯を噛み締めた。


――逃げない。


どれだけ痛くても、

逃げない。


**


蒼真くんの足が踏み込まれた。


その瞬間、

世界が音を立てて崩れた。


「ッ――!」


重く速い拳が、私の腹に突き刺さった。


**


「ゴッ――!」


変な音が出た。


肺の奥から、一気に空気が押し出される。

目の前が白く光る。


**


衝撃が、腹から背中まで抜けていった。


脳が震えている。

何も考えられない。


足の力が抜けて、膝が笑う。


「――っ、がっ……」


息が、できない。


喉が引き攣り、

酸素が一滴も入ってこない。


**


痛い。

痛い。

痛い。


痛い、痛い、痛い――ッ!


私の腹の奥で、何かがぐしゃりと潰れたような感覚が走る。


内臓が全部裏返ってしまったみたいだ。


**


震える膝が、床につきそうになる。


「……っ!」


耐えろ。


これは、

私が受けるべき痛み。


私が奪った痛みを、

私の体で返す時間。


**


涙が滲む。


ダメだ。泣くな。

ここで泣いたら、本当に負けだ。


「……はっ、……は……」


喉の奥で泡のような息を吐く。


唇の端から、唾液が垂れた。


でも、


「……ふ、……ふふっ」


私は笑った。


**


痛いのに。

苦しくて、何も考えられないのに。


笑ってしまった。


**


だって――


これでやっと、蒼真くんが楽になれる。


私の腹で終わるなら、それでいい。


**


「……っ……もう、一発……いるか……?」


蒼真くんの声が遠くで聞こえた。


**


いいよ、蒼真くん。

何発でも受けるよ。


好きだからなんて言わない。

そんなことは絶対に言わない。


これは私の罰で、

私の“けじめ”だから。


**


どれだけ痛くても、

私は――逃げない。


**



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