ダイナミックな処分
「へぇ……なるほどなぁ」
低く湿った声が、二人の間に落ちる。
振り返ると、そこには鬼コーチ・黒澤誠一が腕を組み、口元を歪めて立っていた。
「こ、コーチ……いつから……」
私が口をパクパクさせると、コーチは楽しそうに眉を吊り上げた。
「最初から全部聞いてたよ。お前らの、青春の清算劇をな」
蒼真がわずかに険しい顔をする。
「……で、何の用ですか」
「何の用、だと?」
黒澤コーチは顎を掻き、ゆっくりと笑った。
「処分の内容が正式に決まったようだな」
「……処分?」
私が声を上ずらせると、コーチはゆっくり私に向き直った。
「“被害者の怒りと釣り合うだけの、十分に大きなダメージを紗月が腹に負うこと”」
「っ……!」
耳鳴りがした。
蒼真との会話がそのまま部の処分になるなんて――。
「いやぁ、随分とダイナミックな処分内容じゃないか」
コーチはにやにやと笑いながら肩を揺らした。
「考え方が若くて、実に良い。俺は好きだぞ、そういうの」
「ふざけないでください……! こんなの処分じゃなくてただの――」
私が震える声を上げると、コーチは指を立てて遮った。
「いや、これは正式な部の処分だ。事故で怪我を負わせた加害者が、その被害者本人の手で報復を受け、怒りを清算する」
「……」
「実にシンプルで、わかりやすいじゃないか。お前らのやり方だ。口を挟むつもりはない」
「……っ」
「それに、安心しろ」
コーチはくるりと振り返りながら、背中越しに言った。
「医務室の予約は俺がしておくから、思う存分“腹を傷めて”きなさい」
「――!」
「壊れすぎるなよ?」
黒澤コーチは、哀れみも笑いも含んだ顔でそれだけ告げると、道場を出て行った。
**
私はその場に立ち尽くしたまま、手が震えて止まらなかった。
正式な処分。
被害者である蒼真の怒りに釣り合うだけの痛みを、私の腹で支払うこと。
冗談みたいな話なのに、誰も笑っていなかった。
横で蒼真がゆっくりと息を吐く。
「……これで本当に、終わらせるからな」
私の視界が揺れた。
私の拳が奪った痛みを、
今度は私の腹で返す時が来る。
それが空手部で生きるための、私の“ケジメ”なのだと。