じこはおこるさ
「ご、ごめんっ!! 蒼真、大丈夫!? 今の、本当にわざとじゃなくて――!」
バン、と体育館の床を叩くような音がして、広瀬蒼真は蹲った。
その肩が、震えている。痛みのせいだと思った。
でも、それだけじゃなかった。
「……っ」
私は動けなかった。
目の前で、私の拳が叩き込まれた蒼真の頬が、赤黒く腫れ始めていた。
「な、なあ……」
低く、ひどく低い声だった。
「なんであんな角度で蹴り入れてくるんだよ、お前……!」
「ご、ごめん、本当に……私、バランス崩して、それで――」
「それでって何だよ! 大会前だってわかってただろ!!」
「……!」
今まで一度も、蒼真にこんなふうに怒鳴られたことはなかった。
胸がズキリと痛んで、汗が冷たく流れる。
「俺、これで試合に出られなかったらどうすんだよ……」
「だ、だって……私、私、そんなつもりじゃ――」
「つもりじゃなくても、当たったら終わりなんだよ!!」
いつも優しかった蒼真の顔が、痛みと怒りで歪んでいる。
さっきまで笑っていたのに、私の蹴り一つで、それを壊してしまった。
「お前、空手、なんだと思ってるんだよ」
「……っ」
道場に響く心音が、うるさい。
私の足が、膝が、崩れそうだった。
泣きたくなかったのに、目の奥が熱い。
「……悪いけど、今日の練習、帰るわ」
ぽつりと、蒼真は言った。
その背中が遠ざかる音だけが、私の耳にずっと残っていた。
**
夕陽が差し込む体育館で、取り残された私の拳が震えていた。
「ごめん……ごめんね……」
誰もいない道場で、私の声だけが響いていた。
私の拳は、いつも蒼真を追いかけるためのものだったのに――
あの日の蹴りが、蒼真を遠ざけてしまった。
取り返しのつかないことを、私はしてしまったのかもしれない。