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盲目な恋

夜が明けても百合さんは帰ってこなかった。

静かな朝は久しぶりだった。

言われた言葉は未だ引っかかっていたが、寂しさを感じているのも事実だった。

 

感情に任せて発言をしてしまったのは僕も同じだ。

 

友だちとの約束を断り、スーツを着て霊媒師を家に招いた。


祓いが終われば二度と百合さんと会うことができなくなるかもしれない。


一時の怒りに任せて行動に出たが、時間が経つごとに後悔の念が大きくなっていった。


「それで、除霊して欲しい場所というのは……」

 

男性の霊媒師が冷蔵庫の前に立つ。

辺りを見回していた。


「この部屋です。ここ数日不可解なことがたくさん起こっていて」


「たとえば?」


「えっと……」

 

美人で年上の女性に彼氏になれと頼まれたり僕のプリンを食べられたり。

そんなことを言ったら男性は激怒するに決まっている。


「変な物音がしたり勝手に電気が点いたり……」

 

思いついたそれらしいことを並べる。

すると男性は首を傾げて左頬を指先で掻いた。


「そうですか」


「もっと詳しく話した方がいいですか?」


「いえ大丈夫です。ただ、幽霊がいる形跡がまったくありませんので」


「本当ですか……?」

 

男性が部屋の隅やら台所やらをウロウロとして天井や隙間や物陰を見る。


まるで子供が亡くしたおもちゃを探しているようだ。

とてもお祓いをするような雰囲気ではない。


「やっぱりこの部屋からは霊気が感じられません」


「そうですか……」


「お金はかかりますけど、一応払っておきますか?」

 

僕が頷くと、男性は部屋に見知らぬ器具を広げてお祓いの準備を始めた。

 

男性が部屋の真ん中で胡坐をかき、向かい合うように僕は正座で座る。


男性はお祓い棒を振って言葉を唱えた。


何を言っているのかさっぱりわからない。


時折携帯端末で時間を確認してお祓いが終わるのを待った。


「お力添えできず申し訳ございません」

 

十分が経過した頃、男性がそっと立ち上がって深々と頭を下げた。

「いえ」

 

男性の必死に頭を下げる様子はとても嘘を吐いているようには見えなかった。


「料金は指定の口座まで振り込みをお願いします」

 

男性はそう言うと、丁寧に頭を下げて家を出ていった。


パタンと音を立てて玄関の扉が閉じる。

相変わらず部屋の中は静かだ。

どこからか風の吹き込む音が聞こえる。


「……気がつかなかった」

 

百合さんと暮らしていたからだろう。

駐車場に出ることができる大きなガラス扉が開いていることに気がつかなかった。

隙間を埋めるように扉を締めて鍵をかけた。

 

椅子に腰をかけて天井を見上げる。


正面に百合さんが座っていないことに違和感を覚えた。


「でも、どういうことだ?」

 

霊のいた形跡がないとはどういうことだろう。


間違いなく僕はこの部屋で百合さんと時間を共にした。


記憶だけではなく、二つ分の空の容器や布団に落ちた長い髪の毛がそれを証明している。

 

携帯端末を開く。


流れてくる内容は昨夜と同じく芸能人や事件に関してのニュースばかりだ。


霊媒師も早速仕事の宣伝をしている。


インプレッション数など、相変わらず集客がうまくいっていないみたいだった。


「……これ」

 

指を止めてニュースの記事を開く。


百合さんが被害を受けた事件の記事だ。


事件から約一週間が経ち、ようやく足取りが掴めたらしい。


犯人は女性。


百合さんの妹で、空き家で行った計画的な殺人だった。


動機は恋人を巡っての痴情のもつれである可能性が高いとされている。


「どういうことだ?」

 

百合さんは犯人を男性と言っていた。


通り魔で、何も知らないうちに命を奪われたと話していたはずだ。


「全然違う」


聞いていた話と何もかも違う。


「黄野小百合……?」

 

サイトに書かれた犯人の名前。

写真も載っている。

現在も逃走しており、犯人の知り合いや関係者を調べても居場所がわからなかったらしい。

百合さんとそっくりの双子で近所に住む人々によく間違われることがあったのだという。


「もしかして」

 

ハッとしたと同時にインターホンが鳴った。


携帯端末の電源を落としてモニターを見る。


画面には、手を振っている百合さんが映っていた。


「ただいま。昨日はごめんね」

 

笑みを浮かべてモニター越しに百合さんが言う。

 

百合さんと交わした会話を思い出す。


『追っているうちは意地とか焦りとか感じるし盲目になるからね。だから少し歩み寄って距離を離す。相手の感情をコントロールするのがポイントだよ』


得意げにそう言っていた。


「そうか」

 

百合さんが僕に恋人ごっこを提案した理由。


どうしてこの部屋に居座っていたのか。


絶対に彼女の存在を話さないでほしいと約束した訳。


すべてが違和感なくパズルのピースのように嵌った。


「いく場所に困っているからもう少しだけ居させて欲しいな」

 

モニター越しに百合さんが呟く。

 

この扉を開けば、僕も事件に加担することになる。

 

そう理解していても、二度と百合さんを失いたくないという気持ちを押し殺すことはできなかった。


「……お帰りなさい、百合さん」

 

鍵を開けて家の扉を開く。

 

ダメだと分かっていても、盲目な恋をしている僕は正常な判断をすることはできなかった。

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