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プリンと秘密とお姉さん

友だちが百合さんに会いに来るのは明日の午後。

まさか三人と休日に会う理由が幽霊の彼女と合わせることになるなど考えもしなかった。

 

明日のことはまだ言えていない。


機会はあったはずなのに、約束を破ったと激怒する百合さんの姿を想像すると口が開かなくなった。

 

上機嫌でプリンを口に運ぶ百合さんを見て後ろめたさを感じた。

悪事を働いた子供が親の表情を窺うような、そんな感情になる。


早く話さなければ。


そう考えるたびに焦りは募っていき目を合わせて会話を交わすこともできなくなった。

 

当日になればどうにかなるかもしれない。


優しい百合さんのことだから許してくれる可能性もある。


そんな卑怯な考えが顔を覗かせた。

無自覚ではあったが、美人で優しい歳上のお姉さんと付き合っているという優越感のようなものが僕の中にはあったのかもしれない。

僕は百合さんに頼ってばかりだ。

約束の一つも守ることができない。


「なんか元気ないね」

 

僕の顔を覗き込んで百合さんが言う。純粋な優しさに罪悪感は増していく。


「そんなことないですよ」


「それにしては静かだし、プリンも減ってないし」

 

百合さんがプリンの容器を指差す。


ひょうたんのような形をしたガラス製の容器に入ったカラメルプリンはあまり減っていない。

値段の張るプリンのはずなのにあまり美味しいと感じられなかった。


「悩みとかあるなら聞くよ。できることなら協力もする」

 

顔を下げたまま視線だけを向ける。


話すべきかどうにかなると信じて隠し通すべきか。


顎の下に手を当てて思考を巡らせた。


「あの……」

 

意を決して口を開く。

 

迷っていても明日になれば百合さんに知られてしまう。

約束を破ったことに変わりはないのだから自分から話した方がマシだろうという結論に至った。


「……明日、友だちに会って欲しいんです」

 

目を見て嘘偽りなく事の顛末を話した。

話を聞いている間、百合さんはただ相槌を打つだけで一言も発さなかった。


「ってことは私のこと話したの?」


「……はい」

 

百合さんの声が少しだけ低くなったのが分かった。


笑顔が崩れていく。その表情を見てとんでもないことをしてしまったのだと察した。


「いや、別に幽霊だとか話してないですよ。ただ会ってくれるだけで––––」


「そう言う訳じゃないでしょ? 約束したよね? 私は幽霊だから人と会えないし面倒ごとになるかもしれないから誰にも話さないでって」


問いかけに小さく頷くと、百合さんは呆れ返った顔をした。

彼女と喧嘩をしているというよりかは父親に説教をされているような感覚だった。


「でも、悔しかったんですよ」


「悔しい?」


「ずっとずっと馬鹿にされてきたから見返してやりたくて……」

 

言い訳だということはわかっている。

百合さんの発言も間違っていない。

それでも上がってくる言葉の数々を止めることはできなかった。


「それとは別の話でしょ? どんな想いをしても約束を破っていい理由にはならない」


「……そうですけど」


「そもそも君がどんな扱いを受けていようが関係ない。いくら彼氏を演じているとはいえ、くだらないことに私を巻き込まないでくれる?」


「くだらないって……」

 

いくら僕に非があるとはいえ、悩んでいたことをくだらないと言われる筋合いはない。

罪悪感でいっぱいだった心の中で小さな怒りの感情が顔を覗かせた。


「くだらないことでしょ。私は誰にも舐められたことない。そうならないように努力をしていたからね。君みたいに逃げなかったもの」


「僕だって意図して逃げたわけじゃないです」

 

正しさなど関係ない。

声のでかい人、囲いの多い人の意見が正しいことになる。


そんな理不尽を何度も経験してきた。


「それに努力が報われるだけ幸せじゃないですか。頑張った分だけ認めてもらえるなんて百合さんは恵まれてる。僕なんて頑張れば頑張るほど馬鹿にされるんですよ」


「今までの努力がぜんぶ報われた訳じゃないわ。死ぬ前の私のことを何も知らないくせに勝手なこと言わないで」

 

百合さんが声を張り上げて言った。

これほどの怒りを露わにした様子は一度も見たことがなかった。


「そんなんだから見下されるし彼女もできないのよ」


「うるさいッ!」

 

沸々と浮かび上がる怒りに任せて僕はテーブルを勢いよく叩いて立ち上がっていた。

プリンの器がぐらりと揺れている。

百合さんは驚いた表情でこちらを見ている。


「……私だって本当は君みたいな冴えない男の彼女になんてなりたくなかった。もっと背が高くて顔が整っていて異性に慣れている人の家の地縛霊になりたかった。だって陰気くさい君と一緒にいても楽しくないもの」


「なら出ていけばいいじゃないですか」


「言われなくても出ていくよ。君と一緒にいると私まで暗くなる」

 

僕を手で押し退けて、百合さんは玄関の扉を開いた。

額に手を当て、顔を顰めて足を踏み出す。

窓から外を見ると、ふらふらとした足取りで離れていく百合さんの姿があった。


「……いく当てもないくせに」

 

地縛霊である以上、この部屋から完全に出ていくことなんてできない。


どうせ帰ってくるに決まっている。

 

椅子に腰をかけて携帯端末でSNSを開いた。

アイドルの写真や偉人の名言を引用した発言などが画面の上から下へと流れていく。

内容は頭に入ってこない。


「……除霊?」

 

ある投稿に目を引かれて手を止める。


男性の霊媒師の発言だ。

仕事がなくて困っているので少しでも心霊現象に悩まされている人は除霊の依頼してほしい、という旨の内容だった。


「そうだ、これだ」

 

投稿主のプロフィールに飛んで依頼用のリンクを踏む。


画面いっぱいに滝の画像が表示された。

『依頼』という文字をタップして住所や名前や電話番号などを投入していく。

 

除霊すれば百合さんに仕返しができるはずだ。

 

仮に帰ってきてもどのみち百合さんとの時間が永遠に続くわけではない。


それに彼女も成仏することを望んでいる。


何も僕が協力しなくたって、この世から消える方法はあるじゃないか。

 

必要事項を入力して送信すると、すぐさま霊媒師からメールが帰ってきた。

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