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第2話

 押し開けた扉を手で抑えたまま立ち尽くしている彼には、何の表情もなかった。

待ち合わせしていたことなんかすっかり忘れて、戻って来たら誰か居たみたいな感じ。


「おかえり」


 そう言ったのに返事はなくて、彼は私のいる場所から遠い自分の席で荷物をまとめ始めた。


「話があるって言ったの、覚えてる?」

「覚えてるよ」


 彼はこっちを一切見ることなく、帰り支度をすませる。


「で。話ってなに?」


 冷たい横顔。

友達になれたと思ってたのに、それにすらなれてなかったんだ。

また私は、勝手な勘違いをしてたみたいだ。


「あのスティックね。館山さんの鞄から、取り戻せたの」


 大切にしまっておいたものを、彼に差し出す。

天使のくれた魔法のスティック。

これが刺さった人のことを、彼は好きになる。

それなのに私の両手に乗せて差し出したそれは、彼にはまるで見えていないようだった。


「いらない。美羽音にあげる」

「じゃあ捨てていい?」

「なら俺が捨てる」


 彼はそれを掴むと、教室の窓に向かって腕を振り上げた。


「ちょっと待って! そんな捨て方しないで!」


 彼の腕にしがみつく。

まだ窓の外に投げられてはいない。


「せっかく取り戻せたんだから、そんな乱暴な扱いしないで!」

「このスティックは、誰のものなんだよ」

「坂下くんのだよ! 間違いなく、坂下くんのだから!」

「だったら俺がどうしようと、俺の勝手だろ」

「そうだよ。好きにすればいいじゃない!」


 あなたがこの先誰を好きになろうが、どんな人と恋をしようが、全てこの人の自由だ。


「だけどお願い。人の気持ちを、もてあそぶようなことはしないで。自分の気持ちも、同じように大切にして。こんなものに翻弄されちゃってる自分は、自分でもどうかしてると思う。だけど、気持ちに嘘はつけないって分かったから」


 スティックは彼の手に握られている。

よかった。

形はどうあれ、ちゃんと渡すことは出来たみたい。


「……。ひとつ美羽音に聞いていい?」

「なに?」


 眉一つ動かさない顔が、じっと私を見下ろした。


「これが刺さってさ、本当に効果なかったの?」

「効果は……。あったよ」


 それが刺さった瞬間、世界が一瞬で切り替わった。

初めての感情に、胸が震えた。

それまで何とも思わなかったものが、急に愛おしくて可愛くて怖くて恐ろしいものになった。

大切にしたいのに崩れるのが怖くて、近寄ることも出来ないくらい。


「私は坂下くんが好き」


 これからもずっと、何があっても、この気持ちは永遠に忘れない。


「好きって気持ちが、こんなに大きいって知らなかった。だからこそ、勝手に押しつけていいものでもないよね。私は私の気持ちを大事にするから、坂下くんも大事にして」


 誰かの特別になりたいなんて、どうやってなるのか分からない。

特別にしてくださいってお願いして、なれるものでもないでしょ。

人の気持ちはどうすることも出来ないから、私は自分の気持ちを大事にする。


「好きって信じてもらえなくても、私は好きでいるから。坂下くんが忘れても、私は忘れないでいるね。本当はこんな気持ち、バレずにいれたら一番よかったんだけど。バレちゃったから、ゴメンね」

「いつから俺のこと好きだった? スティックが刺さる前? 刺さった後?」

「それがね、もう私にもよく分からないの。刺さる前からだったような気もするし、そうじゃないような気もしてる。だけど、今は結局好きだと思ってるから、もうどっちでもいいかなって」

「自分でも分からないってこと? 証明できるものは?」

「そんなもの、あるワケないし」


 彼のじっとして動かない目が、私を見つめる。

何を言っても、信じてもらえないのかな。

だけど彼にどう思われようと、もう私の気持ちは揺るがない。

スティックのせいでも、せいじゃなくても、坂下くんが好き。


「それを確かめる方法が、一つだけあるんだけど。試してみていい?」

「え? いいけど、どうやって?」


 彼の手が私の手を取った。

目の前に持ち上げられた自分の手に、彼が何かを振り下ろす。


「えっ!」


 ハートの印がついた、『  を好きになる』スティックが、私の手に突き刺さった。

このスティックが刺さった人のことを、彼は好きになる。


「ちょ、自分で刺してどうすんの!」

「あぁ……。すげーなコレ! うわ~。なんかマジで目がチカチカする! 胸の動悸がヤバい。これ救急車呼んだ方がよくね?」


 坂下くんが自分で刺した。

自分が好きになってしまう相手として、私のことを自分で刺した!


「なにやってんの! 頭おかしいんじゃない?」

「なんだよ美羽音。スティックが刺さった瞬間、実はお前もこんな感じだったの?」


 ほんのりと紅くなった顔で、彼の指がサラリと私の頬を撫でる。

彼の腕が腰に回った。

低い声が耳元でささやく。


「なんだよ。もっと早くちゃんと好きなら、好きって言ってよ」


 誰もいない放課後の教室で、彼はぎゅっと私を抱きしめた。


「こんなことして、ホントに大丈夫だったの? 後悔してない?」

「あのさ。俺がいまどんな状態なのか、一番よく知ってるのはお前なんだけど」


 彼の顔が近づいた。

私は彼の背に腕を回すと、ギュッとしがみつく。

そっと近づいた唇が重なって、私たちは恋に落ちた。




【完】

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